お待たせいたしました。前回に引き続き、112日に開催された京都・彩ふ読書会の振り返りをお送りしたいと思います。前回は午前の部=推し本披露会の様子を振り返りました。今回は午後の部=課題本読書会の模様をご紹介したいと思います。

 課題本読書会は、予め決められた課題本を読んできて、感想などを話し合うタイプの読書会です。毎回1340分ごろに始まり、15時過ぎまで続きます。参加者が多い時は幾つかのグループに分かれて話し合いを行うのですが、今月は参加者が11名と少なかったため、大きなテーブルを1つ作り、全員で話し合いを行いました。

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 今月の課題本は、渡瀬けんさんの『悲しくも笑える左利きの人々』。全人口の10%と言われる左利きの人々が抱える、右利きにはわからない苦労話などを集めたエッセイです。はさみが元々右利き用にできていたというのは有名な話ですが、ほかにも、急須、パソコンのマウス、カメラのシャッター、自動販売機のコインを入れるところなど、意外なものが右利きに合わせてできているようで、左利きの人は苦労が絶えないそうです。一方で、スポーツなどは左利きだと有利なこともあります。そういった“左利きあるある”を集めたこの本は、日々の生活に何気なく潜んでいる問題に気付かせてくれる面白い本でした。

 ちなみに、本書の刊行は10年以上前で、現在書店では入手困難になっています。今回参加した方々は、アマゾンやブックオフで何とかこの本を見つけて買い集ったようでした(なお、一部地域の図書館に所蔵されているという情報もありました)。何を隠そう、アマゾンで売られていた新刊の最後の1冊を購入したのはワタクシでございました。そのため、あるサポーターの方が、アマゾンで新刊が売り切れているので参加を断念したという話を聞き、些か申し訳ない気分にもなるなんてこともありました(どうかご勘弁ください。出たかったんです……)。

 それほど入手が難しいにもかかわらず、なぜ『左利きの人々』が課題本だったのかと申しますと、それはこの本が、昨年末に行われた「彩読京都推し本大賞2019」で3位に輝いた本だったからです。元々は大賞作品を課題本にしようということになっていたのですが、1位になった『わたしの名は赤』は文庫本で上下巻に分かれている大作であり、時間や金銭面での負担が大きい。そして、2位になった『I LOVE YOUの訳し方』は大阪会場で課題本になっている。そのため、3位である『左利きの人々』に白羽の矢が立ったのでした。この経緯については、話し合いの中でも質問に上がりました。以上の通りお答えすると、質問された方は「なるほど」と言ってから、「自分では手に取らないような本だったので、こういう形で読めて良かったです」と話しておられました。

 それでは、話し合いの内容についてもっと色々と見ていくことにしましょう。なお、進行役は僕が担当しました。今回は感想を順番に言っていく時間などを特に設けず、発言したい人は挙手をして話すという、哲学カフェに近い進行スタイルを採りました。発言量にばらつきは出たものの、無理に話さなくてもいい状態に持っていけた分、皆さん自然体で参加しておられたのかなと思っております。

◆「この中に、左利きの方って何人おられます?

 京都サポーターであるBさんのこの質問から、課題本読書会はスタートしました。言われるまで全然気付きませんでしたが、確かに、この本で読書会をするならまず聞いておきたいポイントですよね。

 参加者11人中左利きの方は僅か1名でした。左利きは全体の10%ですから、割合的にはぴったりくらいですね。本のタイトルから、左利きの人が大勢集まるのではないかと予想していた方もいたようですが、そのような展開にはなりませんでした。

 さらに、この方は左利きから右利きに矯正した経験を持ち、ペンや箸などは右でもつため、この本で書かれている苦労話の中には実感の湧かないものもいくつかあるとのことでした。左利きにも程度があるようで、全く左しか使えないという人と、「書くのは右、投打は左」というように場合によって使い分けている人とでは、受け止め方が違うのではないかという話も出ていました。

 ちなみに、自身は左利きではないけれど、家族や知り合いに左利きの人がいるという参加者は何名かいらっしゃいました。そのため、「席を決めるときに、まず自分の場所を決める(腕などの接触を避けるため)」など、本書で紹介されていた幾つかの内容については「わかる」という声が挙がっていました。また、肩凝り予防のためにマウスを左手で使うようになったという方からは、「その時に、種類少ないなあと思ったので、マウスに限らずものを選ぶのは大変だろうなあと思っていた」という話がありました。

◆印象に残った箇所、えっと思った箇所

 話し合いの中で、課題本で印象に残った箇所について訊く機会がありましたので、その前後のやり取りの中から印象に残ったものをご紹介したいと思います。「そうなんだ」と思った箇所だけでなく、「ここは本当にそうなのかなあ」と疑問が寄せられた箇所も幾つかありました。とりあえず、列挙してみましょう。

 ▶左右を混同する人は左利きに多い——本書の126ページにそのような話が出てくるのですが、これについて「確かにそうだと思う」という意見がありました。一方で、「左右混同に利き手は関係あるのだろうか」という意見も出ました。確かに、左に曲がりたいのに「右」と言ってしまったという経験は誰しもあると思います。『左利きの人々』では、左利きの人は左右を逆にして考えるクセがついている(野球やゴルフの教則本を読むときなど)という説明がありましたが、皆さんはどう思われますか?

 ▶テレビゲームのコントローラーのくだりはこじつけ?——本書175ページに、テレビゲームのコントローラーは左利きに不利にできているという話が出てくるのですが、自己紹介で「本を読む以外はひたすらゲームしてます」と語るほどゲーム狂の参加者から、「ここはこじつけだと思う」という意見が出ました。ゲームによっては(例えばテトリスなどは)コントローラーの左側のボタンしか使わないので、むしろ右利きに不利だというのです。これについては、別の参加者から「通常の動作では問題はないけれど、利き手じゃないほうだと連打がしんどい。操作性に差は出る」という話がありました。なお、ゲーム禁止家庭に育ったレッドデータアニマル・ひじき氏は、この話の間珍しく黙りこくっていました。

 ▶人間は左回転が得意という話は疑わしい——本書180ページに、人間は左側に回るのが得意な生き物という話が出てくるのですが、これに対し、ダンス講師をされているという参加者から疑問の声が挙がりました。「バレエは右・左の動作を均等にやりますし、ダンスは右利きが右回り、左利きが左回りで回転の向きが違うんです」すると別の方から、「これは利き目が関係しているんじゃないでしょうか」という声が挙がりました。人は左右の目の片方を無意識によく使うようになっていて、細い筒状の物で目標物を覗き込もうとしたときに、ちゃんと見たいものが見えるかどうかで、利き目を見分けることができます。なんて話が出たので、じゃあ利き目を調べてみようという流れになりました。まあそれはいいんですが、その結果みんなが一斉に僕を覗いてきたのには困りました。

 ▶スポーツは左利きが有利——本書では教則本を読むときに左右を反転させないといけないので、スポーツは全般的に左利きに不利ということになっているのですが、一般にはスポーツは左利きの方が有利と言われています(「むしろ左利きが羨ましい」という方もいました)。特に対面するスポーツでは、利き手が逆だと有利なことが多いようです。にもかかわらず、スポーツは卓球以外左利きに不利という話になっているのはなぜか。そこから、作者運動音痴説が浮上しましたが、勝手な想像はやめておこうと思います。

 ▶ガスコンロの章は文章として完成度が高い——最後に、僕が印象に残った箇所を紹介しようと思います。29ページにガスコンロの話が出てきます。つまみや蛇口など、何かを回転させる動作に関する話が『左利きの人々』にはよく出てくるのですが、ガスコンロを点火させる動きは左利きの方が得意なのだそうです(手首の動かし方と関係があるらしい)。しかし逆に、コンロの火を消す動作は苦手ということになります。ガスコンロの章は、この本の中で初めて左利きに有利な動作が登場する記念すべき箇所で、僕は読んだ時「おおよかった」と思ったのですが、その直後に「消火は苦手なので、万一の事故の際には左利きが逃げ遅れる」というバッドエンドが到来。持ち上げて落とす展開で、思わず悲しい笑いが漏れてしまいました。ともあれ僕は、この文章の巧みさについて力説したのですが、残念ながら話は盛り上がりませんでした。

◆矯正すべきもの?~利き手と方言~

 ところで、僕にはもう1つ、本書の中で印象に残った話がありました。それは、昔は左利きに対する風当たりが今より厳しく、特にペンと箸は必ずと言っていいほど右手使いに変えるようしつけられていたというものです(p.53-54)。当時はそういうものだったとなんとなく知ってはいたものの、こうして改めて読むと、生まれ持ったものを否定される理不尽さにモヤモヤとしてしまいますね。

 それと同時に、ふと思い出したことがありました。学生時代にゼミの飲み会で、方言を使わないように親や祖父母からしつけられてきたと話している同期がいたことです。僕だって関西弁丸出しの世界に育ってきたわけですが、それを直せと言われたことは一度もありませんでしたし、むしろ関西弁が喋れるのはステータスだくらいに思っていましたから、方言を直せとしつけられること、それも多様性やら地域の個性やらが叫ばれて久しいこのご時世にそんな指導が入るなんてことは、当時の僕にとって信じられないことでした。その思いは今でも変わらないと感じます。

 方言の話を切り出したところ、それから暫く利き手そっちのけで方言の話で盛り上がりました。病院など特定の場所では関西弁は今でも嫌われるという話を身内の経験談として語ってくれた方もいましたし、関西以外の多くの地方出身者は確かに標準語で喋れるように教育されてきているという話も出ました。また、関西の中でも発音に地域差があるため、訛りを直し語尾を「や」にするくらいに改めている人もいるのではないか、という話もありました。

 方言の話は結構盛り上がり、読書会後のアフタートークでも言葉の話が続きました。余談ですが、その話はだんだん我が家でしか通じない独特の言葉などの話につながっていきました。「私の祖母は一度、ひじきのことをメェと言っていた」「ソーセージのことをポーと言うのはどこの家でも同じだと思っていた」など、珍発言続出でとても面白かったです。また、じゃんけんの掛け声が地域や時代によって違うという話もあって、こちらも楽しめました。

 ともあれ、矯正させられるものつながりで、話は利き手から方言へと飛んでいきました。再び利き手の話に戻ってきたところで、ある参加者から、「直すという表現は好きではないけれど、子どもができる時にもし左利きだったらどうしようっていうのは割と悩んだ」という話がありました。矯正の風潮が収まった今もなお、左利きを待ち受ける環境には厳しいものがあるのかもしれないということを、改めて感じる発言でした。

◆結果的に、ユニバーサルデザインに向かっていければ

 矯正が話題になる一方で、こんな話もありました。「でも、だんだん右利き左利きの差はなくなってきてますよね。左利き用のはさみもそうですけど、他にも、ガスコンロはつまみじゃなくてボタンを押せばいいだけになってますし、あと計量カップの目盛りが読みづらいって話がありましたけど、最近数字が上から読める計量カップっていうのが出ていて、この本で言われてることがだんだん気にならなくなってるのかなあって」

 最初にも書いた通り、『左利きの人々』が刊行されたのは2009年です。それから10年の間に、左利きを巡る情勢は変わってきているのかもしれません。それらは必ずしも、左利きの人たちのことを考えた変化ではないかもしれません。しかし、様々な変化が結果的に誰に対しても優しいデザインを実現していくのであれば、それは望ましいことに違いないと、僕は思います。

 社会の中で少数派と呼ばれる人たちにアプローチしていく際、大きく2つの方法が考えられるということが、話し合いから見えてきました。1つ目の方法は、個別対応を図るというものです。左利き用にデザインをカスタマイズするのもそうですし、例えば障がいのある方にその障がいの程度に応じて必要なサポートをするというのもそうでしょう。もちろん、それらが必要になる場面も出てくるわけですが、それには手間がかかりますし、殊にモノの次元で考えると、商業主義が幅をきかせる社会の中では、需要の少ないものはなかなか生み出されないという問題を抱えることになります。

 2つ目の方法は、誰もが困らないようなモノや環境を生み出していくこと、いわゆるユニバーサルデザインを目指すことです。『左利きの人々』の中でも、「公共の乗り物や施設などは、もう少し左手を使う人への配慮があってもいいと思う」ということが書かれていました(p.103)。特急列車などにあるトレイのくぼみ(お茶などを置くところ)を左右両側につけるとか、自動改札のシステムを高速道路のETCレーンさながらのものに変えていくとか、右にしか付いていないものを減らして別のものに置き換える手立てはあるだろうということです。また別の事例になりますが、ある参加者からは、職場に知的障がいのある方や外国人労働者が増えてきたので、社内の注意書きや看板の全ての漢字にふりがなをつけるようにしたという事例紹介がありました。ささやかなことかもしれませんが、誰に対しても優しいデザインを目指すというのはそういうことなのかもしれません。

 ふと、障がいの社会モデルという考え方があるのを思い出しました。障がいは個人が抱えているものではなく、環境的要因により生み出されるものであるという考え方です。20世紀の後半にこの考え方が登場したことにより、世の中にあるバリアをなくそうという動きは加速したと聞いています。学生時代に何度も耳にする機会のあった考え方なのですが、僕は未だに、個人の特性というものの見方に縛られがちです。環境を見つめるという視点をいかにして持つか。課題本読書会の最後に、大きな問いが投げ掛けられたように思いました。

              ◇     ◇     ◇

 といったところで、『左利きの人々』課題本読書会の振り返りを締めくくりたいと思います。“左利きあるある”の話から始まった今回の課題本読書会は、最終的に、矯正の問題やユニバーサルデザインの話といった、大きな話題を扱うところに辿り着きました。話が広かった分、教科書的なまとめで終わってしまった話題もあったかもしれませんが、本の内容などを踏まえつつ、具体例を交えて話ができたのは良かったように思います。また、左利きは普段マイノリティとして意識することがないテーマだったので、身近だけれど気付けない問題を見つめるきっかけにもなるのかなと思いました。

 以上で、午前の部・午後の部の振り返りは終了ということになります。が、次回も引き続き、メンバー同士の交流の時間「ヒミツキチ」の様子をご紹介したいと思います。あっという間に次の週末が来てしまいましたね。実を言うと、ワタクシ最近肩凝りが激しくて集中が切れやすいんです……長く書いていられないのに話が長いというのは因果なものですな。まあ、ぼやいても仕方ありません。皆さま、最後までどうぞお付き合いください。