気がつけば、平日も折り返しである。先日予告した通り、読書会の振り返りをお送りしよう。

 112日(日)、新年最初の京都・彩ふ読書会が開催された。

 今回から京都の会場は、京都駅から梅小路公園へ向かって歩いて10分ほどのところにある「RentalSpace T7.5」に変わった。観光地ではなく町人地・京都を思わせる路地の細い住宅街の一角に、一見何の変哲もないビルが建っており、年季の入った内科医院を彷彿とさせるような跨ぎ難い玄関がついている。それこそが、新会場の入口である。「自動扉」とあるものの、待てど暮らせど開く気配のないガラス戸を、ガラガラと引いて玄関を上がると、左手に上へ通じる階段がある。登りきると、風景は一変する。机・椅子を好きなようにカスタイマイズできる自由度の高い空間が広がるのだ。壁にはところどころに英語の道路標識や落書きされたレンガ壁のペイントが施されており、その軽やかなウェスタンデザインに、遊び心が程よく刺激される気がした。

 例によって、読書会は、①午前の部=それぞれが好きな本を紹介する「推し本披露会」と、②午後の部=予め決められた課題本を読んで来て感想などを話し合う「課題本読書会」の二部構成である。午後の部の後に、参加者同士の交流の場である「ヒミツキチ」が設けられているのも相変わらずだ。したがって、この振り返りもこれまでと同様に、各部ごとに読書会の模様を伝える形でお送りしようと思う。今回の記事では、午前の部=「推し本披露会」の模様をご紹介しよう。

 推し本披露会は、1040分頃に始まり、12時過ぎまで続く。今回は23名の参加者がおり、4つのグループに分かれて持ってきた本の紹介を行った。ただ、それだけでは同じグループの人の本しか知ることができないため、1145分頃になると、グループでの話し合いを終えて全体発表に入り、持ってきた本のタイトルと簡単な内容を全員に向けて話す。読書会が終わった後も会場はそのまま使えるので、テーブル間を移動しながら色んな本をパラパラとめくったり、違うテーブルの参加者と話し合ったりすることも可能だ。とはいうものの、読書会のメインはグループでの話し合いである。というわけなので、ここからは僕が参加したグループの話をしよう。

 僕が参加したのは、会場の一番奥に席を構えるDグループだった(2020年も、声の大きいひじき氏の席は会場の端で固定されているのである)。メンバーは全部で5名。男性3名、女性2名という構成で、初参加の方が1名いらっしゃった。前々から読書会に興味があり、オリンピックイヤーを迎えたのを機に一念発起して来てくださったそうだ。終始楽しそうにしておられ、あぁいい感じだなあと思っていたところ、帰り際に「また来ます」と声を掛けていただいた。こういうのはサポーター冥利に尽きる……と、それは後の話。

 紹介された本は写真の通りである。それでは、それぞれの本の内容を見ていくことにしよう。

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◆①『村上さんのところ』(村上春樹)

 進行役も担当された大阪サポーターの女性からの推し本です。Amazonなどでみると「著:村上春樹」となっているこちらの本ですが、表紙には「答えるひと:村上春樹」と書かれています。実はこの本、村上春樹さんがある17日の間に寄せられた質問に11つ答えていくという企画に基づき、実際に行われた問答集の一部を収録したものなのです。17日という縛りがあったにもかかわらず、寄せられた質問の数は37千通! 村上春樹さんはその全てに目を通し、その中から3716通を抜粋して本書にまとめ上げたのだそうです。それにしたって凄い量。そのため、この本なんと怒涛の四段組みでレイアウトされています。

 村上春樹さんといえば、常識的なものの見方では測れないような不思議な世界を描く作家として有名ですが、紹介者曰く、この本を読んでいると、めっちゃ普通であたたかい村上春樹に出会えるのだそうです。時に率直に、時にユーモラスに、時に独特の喩えを織り交ぜながら、「人生って何ですか?」「生きてる意味がわかりません」「ドアラとつばくろうの絡みを見てどう思いますか?」「22歳になりますが、一度も人を好きになったことがありません」「ご飯を手掴みで食べている村上さんの夢を見ました」「良い手紙の書き方を教えてください」などなど、様々な質問(?)に村上さんが答えていく。「一度も人を好きになったことがありません」の回答を教えていただいたのですが、めちゃくちゃ素敵でした。今度は自分の目で読んでみたい。

 11つの問答は短いので、気が向いた時にパラパラめくっているだけでも面白い1冊なのだとか。村上春樹作品は殆ど読んだことのない僕ですが、この本には俄然興味が湧きました。

◆②『菜食主義者』(ハン=ガン)

 初参加の男性からの推し本です。タイトルを聞いた時にはベジタリアンの生活を描いたノンフィクションかなあと思いましたが、全然違いました。この本は、韓国の作家ハン=ガンが書いた、植物人間に憧れ少しずつおかしくなっていく女性とその夫との生活を描いた小説です。

 タイトルの『菜食主義者』は、主人公の女性が肉の臭いを嫌い菜食主義者になっていくところから来ています。女性はそのまま摂食障害になり、さらに「木が話す声が聞こえる」など、おかしなことを言うようになり、夫との会話はどんどん噛み合わなくなっていきます。上でも書いたように、女性は植物人間に憧れているのですが、紹介者曰く、植物人間とは静謐さをたたえた者の象徴なのだそうです。それに対比されているのは肉であり、そこから、ドロドロとした業を背負った生から抜け出したいという作品に込められた思いが読み解けるのではないかと、紹介者は話していました。

 話し合いの中では、男尊女卑の価値観を含め、現在韓国に浸透しているものの見方を問い直そうという意図が込められているのではないかということが話題になりました。勝手なイメージですが、これまで読書会で紹介された本を振り返ってみても、韓国の小説には、時代背景を交え、それらを踏まえながらメッセージを読み取らせようとするものが多いような気がします。日本で言うなら村田沙耶香さんの作品とかが近いのかなあという話も出ていました。

 また、表紙に描かれているタマネギが意味深ですねという話もありました。皮と身の区別がなく、どこまでも剥けるのがタマネギというものですが、そのタマネギとこの本と、どういう関係があるのでしょうか。気になりますね。

◆③『空の上で本当にあった心温まる物語』(三枝理枝子)

 参加3回目の女性からの推し本です。最近仕事が大変で、感動できるものを求めて本屋に行ったところ、泣ける本として紹介されていたので、迷わず買ったとのことでした。

 この本は、ANAの元CAで、現在は若手の指導係を担当している方が、経験や同僚の話などをもとに著した、飛行機の中で本当にあった話を紹介したものです。紹介者は飛行機でよく旅行するもののJALを使うことが多かったそうですが、この本を読み終わった瞬間ANA派に乗り換えたくなったそうです。それは、感動的なエピソードの数々の中から、素敵なサービスが垣間見られるからだといいます。

 例えば、「ぬるい日本茶」というエピソードは、どうしても空腹を我慢できず離陸前にお弁当を食べ始めてしまったお客さんに、CAがぬるい日本茶を渡したという話です。熱々のお茶ではなくぬるいお茶を出したのは、その方が飲みやすいため。離陸前の物を片付けるべきタイミングで逆にお弁当を広げてしまったお客さんを急かすことなく、食事しやすい状況を整えようとしたCAの機転が伺える話です。確かに、このようなサービスが受けられるかもしれないと思うと、ANA派になる気持ちもわかります。ちなみに、この話はお客さんからのお礼の手紙が元になったものとのこと。そのような手紙を送られることも、その手紙を送った人がいることも、凄いことだなあと思いました。

 紹介者によると、これよりもっと感動的で泣けるエピソードも出て来るそうです。また、飛行機好きにはたまらない豆知識も沢山紹介されているとのことでした。具体的にどんなことが書かれていたかを次々に熱っぽく語る紹介者を見ていると、あぁこの人は本当に飛行機が好きなんだなあということが伝わってきました。

◆④『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー)

 わたくし・ひじきの推し本です。推し本で海外の作品を紹介したのは、記憶する限り初めてでした。『そして誰もいなくなった』——タイトルは聞いたことがあるけれど、実際に読んだことはない、という方も案外少なくないかもしれません(僕だって、先月まではその1人でした)。

 謎の招待状により孤島の豪邸に呼び寄せられた、互いに面識のない10人の人間。集められた最初の晩、彼らは謎の声により、過去に犯した“法律では裁けない殺人の罪”を読み上げられる。そしてその直後から、招待客は1人、また1人と、順番に殺されていった。それも、宿泊部屋に掲げられた童謡の歌詞をなぞるようにして——

 クローズドサークル・ミステリーの古典とされる作品だけあり、連続殺人の謎を解くことがこの本の目的に据えられていることは間違いありません。が、僕はそれ以上に、文章から伝わってくる緊迫感や臨場感こそ、この本の魅力だと感じました。自分たちの中に犯人がいるのか、次に殺されるのは自分なのか。言葉では到底言い表せないそんな緊迫感が作品全体を貫いていて、読者をグイグイ引き込んでいく。僕もそうやって作品に魅せられたのだと思います。

 もう1つ注目してほしいポイントは、最後に明らかになる犯人の動機です。たとえ犯人が分かったとしても、この動機を当てられる人はまずいないでしょう。全く共感できない動機ですが、読み終わった後も何か引っかかって忘れられない、そんな印象深い動機です。

 「10人全員死ぬんですか?」という質問が寄せられたのですが、敢えて答えませんでした。ただ1点、「犯人は集められた10人の中にいます」ということだけネタバレしました。僕は全く謎が解けませんでした。もっとも、「あと何ページくらいあるんやろ?」と最後のページを見た瞬間、犯人の名前を見てしまったからというのもありますが。今から読む方へ。何があっても、本文最後の1ページをめくる勿れ。

◆⑤『100de名著 カラマーゾフの兄弟』

 色んな読書会をハシゴされている男性からの推し本です。この方は最近古典を読もうと思い立ち、読書メーターで紹介されていた「死ぬまでに読みたい1000冊」にチャレンジされているそうです。紹介いただいた本は、NHKの番組「100de名著」のテキストで、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に挑むにあたり取っ掛かりを得るために読んだものとのことでした(ちなみに、『カラマーゾフの兄弟』は別の読書会の課題本なのだそうです)。

 作品解説を担当しているのは、光文社古典新訳文庫版の訳者としても知られる亀山郁夫さん。宗教的・哲学的に極めて難解な点も数多い本書のポイントを、わかりやすくまとめているので、ガイドとしてとても有難いものになっているといいます。

 が、紹介者曰く、このテキストには1つ大きな問題があるとのこと。『カラマーゾフの兄弟』は、父親殺しの犯人を突き止めるという推理小説の要素も兼ね備えているのですが、テキストではその実行犯があっさり示されているのです。元々ミステリー好きの紹介者は、解説のその箇所を読んだ時、あまりのことにポカンとしてしまったそうです。もっとも、あっさり犯人を明かしてしまうのは、謎解き自体が『カラマーゾフ』の最重要ポイントではないからでしょう。

 僕は中高生の頃に2度『カラマーゾフの兄弟』を読んだことがあります。もっとも、内容が殆ど頭に残っていないため、読んだ小説にはカウントしていません。10年前の僕がこの小説から得たものは、「ムズカシイ話ができるヤツは偉い!」という間違った観念だけでした。やたらと偉ぶったことを言うマシーンに成り果てた僕は、やがて自分のことを〈脳ミソの肥大化した怪物〉と蔑むようになり、そうした自己否定感情のためにますます行動を萎縮させ、皮肉にも観念の世界に閉じこもることになります。僕を暗黒時代へ誘ったものの1つは、間違いなく『カラマーゾフの兄弟』である。これから読もうとする方へ。深く読むべし。そして、くれぐれも道を踏み外す勿れ。

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 以上、Dグループで登場した推し本について紹介しました。それ以外のグループの推し本につきましては、写真でご紹介したいと思います。

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 改めて見てみると、小説から自己啓発本、さらにはマンガまで、本当に様々な本が紹介されたのだなあと思います。中でも注目したいのは、絵本・児童書の多さでしょうか。これまでにも絵本・児童書が紹介されたことは何度もありますが、ここまで多かったのは初めてだと思います。すぐに読めてしまうけれど、深みがあって心に残りやすい。そんな絵本に魅了される方が増えているのかもしれませんね。

 ところで皆さま、写真を見ているうちに何やらハッと目覚めるような視線を感じませんでしたか。そう、1枚目の左上あたりから——

 推し本披露会の全体発表では、時々物凄いインパクトを残していく方がいます。年末の東京会場で「タイツ最高!」とこぶしを突き上げた、自称「彩ふ読書会の谷崎潤一郎」氏など、まだまだ記憶に新しいところです。そして今回、谷崎氏に勝るとも劣らない強烈なインパクトを残していく方が現れました。

 その方は「今日は雑誌を持ってきました」と、ごく自然な言葉でもって全体発表を始めました。持っていたのは『CM NOW』という雑誌。テレビで放送されているCMを中心に取り上げている雑誌で、出演者の写真などが豊富に掲載されています。紹介者は雑誌の概要を淡々と真面目そうに話していて、僕は「そんな雑誌もあるんだなあ」くらいに聞いていました。しかし、次の瞬間でした。

「ちなみに、僕は浜辺美波ちゃんの大ファンなので」

 そう言ったかと思うと、その方はテーブルに伏せていたもう2冊の『CM NOW』をサッと掴み、浜辺美波が3人並んだ見事な扇を広げてみせたのです。当然、会場はドカンと沸きました。あちこちから大きな笑い声が聞こえ、最後には大きな拍手に変わったものでした。ちなみに、フリートークの時間にある人から「毎月この雑誌買ってるんですか?」と訊かれた際、彼は「いや、浜辺美波ちゃんが載ってる月だけです」と即答していました。これぞ熱愛、そして偏愛である。

 この方は昨年の春ごろから京都会場にずっと来てくださっている方ですが、本当に淡々とした真面目な方という印象でした。その彼が突然のブレイクスルー……2020年、オリンピックイヤー、次なる10年の幕開け。今年はどうも、何かある! そんな予感に胸がざわつく、推し本披露会の幕切れでございました。

 というわけで幕も切れましたので、午前の部=推し本披露会の振り返りは以上で締めくくりたいと思います。引き続き、次回は午後の部=課題本読書会の模様をご紹介したいと思います。どうぞお楽しみに。