拝啓。

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 前回に引き続き、1110日に大阪のオックスフォードクラブで行われた彩ふ読書会の午後の部=課題本読書会の様子を振り返っていこうと思う。今回の課題本は、森見登美彦さんの小説『恋文の技術』である。教授の命で能登半島の実験所に送られた大学院生・守田一郎が、京都に住む友だち・先輩・家族などに宛てた手紙で構成された書簡体小説で、その面白さに、腹筋と表情筋を期せずして鍛えてしまうことになるだろうという一作である。

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 この振り返りでは、僕が進行役を務めたテーブルで7人の参加者が話し合った内容を書き綴っている。課題本読書会の進行をする際、僕は付箋を配って、本の感想や気になることなどを書いてもらうようにしている。今回は、黄色と青の付箋を用意し、黄色の付箋には本の感想を、青の付箋には「他の方に訊いてみたいこと」を書いていただいた。そこで、それぞれの方が書いた付箋の内容を辿りながら、どんな話が出たかを思い出しているのである。

 7人中4人分の感想は前回の記事でご紹介したので、そちらもお読みいただいたうえで以下の記事も読んでいただけると幸いである。読書会の概要についても同じ記事に書いているので、ぜひ併せてご覧ください。但し書きが済んだので、こちらは容赦なく書き進めますヨ。



◆京都読書会からの刺客の付箋

・やはり森見登美彦の書くあほ大学生は最高。
・見どころのある少年まみや君との手紙が一番すき「オパイバンザイエ」
・相手によってみせる守田くんがちがうところが面白い。

・好きな森見ワードを聞かせてほしい。「無知無知虫」「オパイバンザイエ」

 後編の最初にご登場いただくのは、京都の読書会の常連で、森見作品の課題本読書会出たさに初めて大阪の読書会に参加された女性の方です。その感想に目をやってみますと、一目瞭然、のっけからアクセル全開でブッ飛ばしてますね。「森見登美彦の書くあほ大学生」って言葉がもう凄い。でも確かに、森見さんは最近京都以外を舞台にしたホラー寄りの小説が増えていますから、彼女のような追っかけファン的には、面白おかしい過去作品を読み返して笑い転げるのは格別楽しいことなのでしょう。

 まみや君という、守田がかつて家庭教師として勉強を教えていた少年との手紙が好きという声は、他の参加者からもたくさん寄せられました。他の相手に対しては己の苦境を暗に訴えその苦しさに耐え兼ねてわけもなく相手を悪く言うという、なんとも見苦しいことを繰り返している守田ですが、まみや君への手紙の中では、先生としてのエラさを保ちつつ、彼に対して優しい言葉をかけています。その様子にほっこりした人が多かったようです。もっとも、「オパイバンザイエ」の出てくるくだりは守田が阿呆すぎてどうしようもありませんがね。

 それにしても、この方はいったい何度「オパイバンザイエ」と書いたら気が済むんでしょう。仕方がないので解説しますが、「オパイバンザイエ」というのは、諸般の事情により京都の研究室でおっぱいの拡大画像を見、「おっぱい万歳」と呟いたところを目撃された守田が、後で言い訳のために使った言葉の1つで、まみや君への手紙の中に登場します。曰く、あれは「オパイバンザイエ」というおっぱいの形をしたクラゲの画像なのだと。もっとも、図書館に行き図鑑を引いて「そんなクラゲはいない」と確かめたまみや君によって、この嘘はあっという間にばれてしまうのですが。……森見ワードの話は盛り上がりましたので、また後でご紹介します。

◆初参加の女性の付箋

・タイトルだけ見るととてもロマンチックに感じたけど、そうでもなかった。
・手紙を通じて守田さんの人柄を感じることができるのが面白かった。守田さんは変わった人だけど、にくめないチャーミングな愛されキャラだと感じた。
・伊吹さんへの手紙にI Love Youを「月がきれいですね」と訳すような奥ゆかしさを感じる。

 続いて、初参加の女性の方の付箋を見てみたいと思います。森見さんの作品を読むのは初めてとおっしゃっていたように記憶していますが、それにしても凄い感想をおぶち込みになったものです。でも確かに、『恋文の技術』という小説にはロマンチックなど欠片もありませんものね。あるのは阿呆とおっぱいばかりです。

 それでもガッカリせずに読めたのだとしたら、ひとえに守田一郎氏の人柄ゆえでしょう。妹に宛てた手紙の中で、「ご指摘通り、これだけの人が文通にこたえてくれるという点においては、たしかに兄も捨てたものではない」と守田は書いていますが、逆にいえば、守田が色んな人から手紙を送られるだけの人なのだということは、妹も認めているということでしょう。

 伊吹さんへの手紙に奥ゆかしさを感じたとは、素敵な感性をお持ちだなあと思います。そういえば、『恋文の技術』は、9月の『あの子は貴族』、10月の『I Love Youの訳し方』に続く、大阪彩ふ読書会・恋愛三部作シリーズの最後を飾る1本として選ばれたんでした。笑い過ぎて忘れてましたが、そういう立ち位置でしたね。

◆課題本ご無沙汰参戦の男性の付箋

・基本的に何かで想いを伝えるのはキモチワルイ行為。友達・恋人の関係がひつよう。
・何も学ばなくてもよいのです。

・手紙以外での想いの伝え方へのあこがれ。
・自分の文章技術。

 付箋紹介シリーズの最後に、10ヶ月ぶりに課題本読書会に参加された男性の感想を見てみましょう。まず、先ほどから何度も同じことを書いている気がしますが、皆さんズバズバ物申し過ぎです。思いっきり「キモチワルイ」って書いちゃってるじゃないですか。守田君が妹に宛てて「たとえ本質を見抜いても、あからさまにそれを突いてはいけない」と書いていたことを思い出してください。

 もっとも、この男性は、モノで想いを伝えることに憧れる気持ちはわかるという話もされていました。RPGを作ってその展開で女の子に思いを伝えようとする、そんな男の子が出てくるマンガがあるそうです。「ゲームで想いを伝えるのにはすごい憧れがある」そんな話がありました。ちなみに、手紙以外での想いの伝え方に関する話も結構盛り上がったので、また後でご紹介しましょう。

 「何も学ばなくてよいのです」というのは、作中の好きな言葉とのことです。この言葉は守田がまみや君に宛てた最後の手紙に登場します。中学時代の初恋の苦い思い出を書き綴ったあとで、守田はこう続けます。「このお話から何を学ぶべきでしょうか。べつに何も学ばなくていいのです」。この何も学ばなくていいという教訓はとてもいいと、男性ははなしていました。前回の記事の中で、僕は『恋文の技術』について「毒にも薬にもならない」なんてことを書いていましたが(もう少し言葉を選ぶべきでした)、この本には、「何も学ばなくてもよいのです」というメッセージが隠れていたのだなあと、気付かされました。ちなみに、守田がまみや君に宛てた最後の手紙に、僕は不覚にもウルッとしました。この手紙は皆さまにもどうか読んでいただきたい。真面目にそう願います。

◇     ◇     ◇

◆好きな「二つ名」「宛名」「森見ワード」

 さて、ここからは青の付箋に書かれていた「他の参加者に訊いてみたいこと」の中から、実際に話し合った内容を抜粋してご紹介しようと思います。まず、好きな「二つ名」「宛名」「森見ワード」に関する話を振り返ってみましょう。これらは元々別の質問でしたが、似たような要素を持っているので、まとめてご紹介したいと思います。

 お気に入りの二つ名と言われて、僕が真っ先に思い浮かべたのは「唾棄すべきドン・ファン 森見登美彦様」でした(守田が手紙を宛てた相手の中には森見登美彦氏が含まれています)。他にないだろうかと思って本をパラパラめくってみるうちに、僕は宛名よりも、守田が自分の名前につける言葉の方が面白いように感じました。中でも気に入ったのは「無知無知もりた」でした。これは是非とも使いたい。いや、作中に出てきた二つ名・宛名に限らず、『恋文の技術』を読んでいると変な肩書きを名乗りたくなります。これはたぶん皆さんそうでしょう。

 森見ワードの方は、色んな言葉が出てきました。「無知無知虫」「オパイバンザイエ」のほかにも、「ヨーグルトばくだん」「ぶくぶく粽」「マシマロマン」「インドへ逃げるのはよせ」といった言葉が次々に出てきます。中でも面白かったのは、「にくからず思っている」です。守田の言葉によると、「『にくからず思っている』というのは、『すき』をちょっとひかえめにいいあらわしたもの」だそうです。実に回りくどい。でもそれが良いですね。

 他にも色々出ていたような気がしますが、残念ながら思い出すことができません。というのも、この話をしている間、僕らは全員揃って『恋文の技術』を読み返していて、誰かが何かを言えば面白がって笑い合うという状態だったのです。もっとも、それだけ自然に笑いながら課題本読書会が進行したのは、僕にとっても初めてのことで、新鮮であると同時に、とてもいい雰囲気だなあと思ったものでした。

◆憧れの想いの伝え方

 続いて、憧れの想いの伝え方の話をしましょう。面白い意見が2つありました。1つは「ドリカムの歌にあった、あのブレーキランプ点滅させるヤツ」、そしてもう1つは「『耳をすませば』に出てくる、同じ本を借りて図書カードに名前を残すアレ」です。どちらも言われた瞬間「あ~!」の大合唱が起こりましたが、特に後者の話は盛り上がりました。本の後ろに挟まっていた紙の読書カードなんて今はもうありませんから、この方法は永遠の憧れにならざるをえません。そこがまたロマンチックで良いなと思います。それに、あの方法ちゃんと成功してるんですよね。雫は図書カードを見ながら「天沢聖司……どんな人だろう」って呟いていますから。まあ、実際に会った後で(そうとは知らぬ間に)「ヤな奴、ヤな奴」って連呼してましたけど。

 そんな話を一通りしたところで、「でもやっぱり会って直接かなあ」というところへ、僕らの話は向かいます。すると、最初にこの質問をしていた男性から、「男の側には失敗したらどうしようっていう思いがあるから、直接はそれなりにハードルが高いんです」という話がありました。これはめちゃくちゃわかります。僕の周りを見渡しても、1回で成功したパターンはむしろ珍しいくらいです。それならそうと思えばいいだけなのかもしれませんが、それでも二の足は踏んでしまいますよね。

 ところで、いまふと思い出したんですが、昔誰かからこう言われたことがあります。「受けるかどうかは別にして、好きだと言われてイヤな気分になる女性はいない」これは本当なんでしょうか。

◆キャラクターの掘り下げ……はやめて、好きなキャラクターの話

 グループでの話し合いの振り返りの最後に、キャラクターに関する話を見ておきたいと思います。性格を掘り下げるだけの時間が取れなかったので、代わりに好きなキャラクターは誰かという話をしてみました。

 真っ先に名前が挙がったのは「大塚緋沙子さん」でした。本の感想を尋ねていた時はまみや君への手紙に話題が集中したのに、キャラクターの話を始めるとまず出てくるのが「悪のグローバルスタンダード」大塚緋沙子大王なのは面白いですね。確かに、守田をいじめ甲斐のある奴と見込んで、いたずらの限りを尽くす大塚さんは、作品の中でイイ味を出しているなあと思います。ただ、冷静に考えてみるとやっていることが無茶苦茶なんですよね。伊吹さんに彼氏ができたというウソの情報を流したとか、守田が研究で使っているパソコンを隠したとか、それはまあいいとしましょう。鴨川を泳いで渡れはあまりにひどい。現実には居てくれるな、居てもいいから現れてくれるなと、僕は願うものです。

 その他、「妹」「小松崎君」という名前が挙がりました。守田が手紙を送っていた親友・小松崎は確かにめちゃくちゃイイ奴だと思います。守田よりずっとイイ。優しくて、そして繊細で、可愛らしい男子学生なのだろうと思います。僕の推しキャラも小松崎でした。

◆全体発表

 最後の最後に、全体発表の模様を簡単に振り返ってみたいと思います。「命名が面白い」「手紙によって守田君のキャラクターが変わるのがいい」「相手との関係性が見えるのが楽しい」といった意見は、僕らのグループも含め、あらゆるグループで共通して出ていたようでした。それ以外で面白かった意見を幾つか挙げてみましょう。

 まず、「手紙を書くということは住所を知っているということで、それはラインで友だちになっているというのとは違う特別な関係なんだろうなあと思った」という意見がありました。これはなるほどと思いました。もっとも、自分自身を顧みた時、相手との関係の深さと連絡手段との間にはそれほど関係がないような気もします。結局それは、その人と会った当時お互いが主に使っていた連絡手段が何かに依るんだろうなと。それでいくと、守田がメールを使わなかったのは不思議な気がします。その意味でいうと、風船で恋文を飛ばした相手と文通したという中学時代の初恋のエピソードは、作品を成り立たせるうえで重要な伏線なのでしょうね。

 次に、「真剣に『おっぱい万歳』と叫んでいれば、怪しいヤツ感は出ないのでは」という話がありました。何を真剣に話し合ったのかよくわかりませんが、勢いで理屈を吹き飛ばすのは常套手段だと思います。

 最後に、「この話の教訓として、物事をやって見返りを求めるな、というのがあるのかなと思いました」という意見がありました。これは僕らのグループで出た「何も学ばなくてもよいのです」の話に通じるものだと思います。繰り返しになりますが、『恋文の技術』から教訓を得ている人が少なからずいたのは、同作を毒にも薬にもならないエンタメだと思って読んでいた僕にとっては、意外であり、また、新鮮でした。本の読み方は幾つもあるのだということに、改めて気付かされたものでした。

◇     ◇     ◇

 といったところで、『恋文の技術』課題本読書会の振り返りを締めくくろうと思います。途中でも書きましたが、今回の読書会はとにかくよく笑う会でした。それが非常に印象的でした。

 読書会が終わった後で、課題本を選んだ大阪サポーターの方が「これで本当に良かったのかなあ」と話していましたが、僕は本当に良かったと思います。いつもいつも、大真面目に議論して実のあることを掴もうと躍起になる必要はないし、愛の告白を読み合ったり寸劇会を催したりと弾けに弾けて回る必要もない。ただただみんなで大笑いする会があったっていいじゃないか。僕はそう思います。何が言いたいかというと、それだけ楽しかったということです。ありがとうございました。

 さて、読書会のレポートですが、折角なのであと1回、「ヒミツキチ」編を書いて完結ということにしたいと思います。皆さま、引き続きお楽しみください。

怱々頓首
楽しい時間の住人 ひじき
退屈な時間をお過ごしかもしれない皆様方へ