既に数日前のことになるが、いつものようにYouTubeを開き、面白い動画を探し始めて間もなく、驚くべき朗報が飛び込んできた。僕の大好きな作品であるOVA版『ブラック・ジャック』が、期間限定ながら配信されていたのだ。
『ブラック・ジャック』、言わずと知れた手塚治虫の名作である。そのアニメ化作品といえば、15年ほど前、僕が小学生から中学生になろうという頃に放送されていたテレビ版がよく知られているように思う(少なくとも、僕はこのテレビアニメから『ブラック・ジャック』を知った)。そこから遡ることさらに10年、つまり、僕が生まれたかまだ生まれないかの頃に、テレビシリーズとはまるで違う、そして、原作そのものとも一線を画す、OVAシリーズが制作されている。いま期間限定配信されているのはこのOVA版である。
OVA版の特徴について、ネットではよく「大人向け」「絵が綺麗」「原作とは違うけれど丁寧に作られていて面白い」「ブラック・ジャック先生がカッコいい」「というより色気がヤバい」といった感想が挙がっている。どの感想も確かにその通りだなあと思う。このシリーズは、面白い話がとにかく多い。というより、キャラクター個々の内面が深く掘り下げられているので、そこから考えさせられることが沢山ある。シリーズに共通するテーマは、人間の常識を超えた生命の不思議や数奇な出来事を描くことだと思う。出来事全てに合理的な説明がつく話もあるが、特にシリーズ中盤以降は最後まで観ても謎が残る回が少なくない。初めて観た頃は、その割り切れなさが性に合わないと思ったこともあるが、今になって見返すと、その割り切れないものこそが、この作品をいっそう魅力あるものにしているようにも思う。
「絵が綺麗」という感想もまったく同感である。どこか丸っこい原作の絵とは違い、OVA版の絵は劇画調で、全体的にマンガ的というよりはリアル寄りという印象がある。もっとも、それによってキャラクター造形が端正の整ったものになっているように思う。そして何より、演出がいい。構図、光彩、陰影、背景、そうした様々な要素がすべて相まって、作品全体を美しいものにしている気がする。アニメはとにかく動くものという、どこかで聞きかじっただけの主義に囚われていた僕が、絵で魅せるアニメの良さに気付き、演出技法の粋に目を向けるようになったのは、この作品があったお陰である。僕にとって、OVA版『ブラック・ジャック』が特別なものであるのは、ひとえにこの発見があったからだろう。
さて、今日会社から帰ってきた後、特にやることもなくぼうっとしていた僕は、久しぶりに、このOVAシリーズの中の1話を見てみることにした。第5話「サンメリーダの鴞(ふくろう)」という話である。
休暇を取り、3週間のヨーロッパ旅行に出たブラック・ジャックとピノコは、列車の中でレスリー・ハリスという美男子に出会う(ピノコはここで、先生という想い人がありながら、レスリーに一目惚れする)。レスリーは英国の軍人であるが、孤独に苛まれ精神科医にかかっている身である。さらに、見知らぬ女性と女の子が夢に立ち、その夢を見た直後、背中に突然銃創が現れ出血するという謎の発作に長年苦しめられていた。レスリーの発作の処置に当たったブラック・ジャックは、その際、彼の体に肉眼では確認できないような見事が手術の痕を認める。その名医に会いたい。こうして、治療を望むレスリーと名医を訪ねるブラック・ジャック/ピノコは同じ旅の人となる。そして、レスリーが時折口ずさむ子守唄を頼りに向かったエルガニア共和国サンメリーダ村で、3人は、発作と名医の真相、すなわち、内戦の激戦地であったその村で20年前に行われたある大手術の経緯を、それぞれに知ることになる——
この作品の魅力の1つは、上で述べたように、全く異なる関心をもった別個の人間が旅を同じくし、そして、辿り着いた先で同じ1つの真実に出会うという構成そのものの面白さにあるように思う。別の言い方をすれば、謎の発作とその真相という1つの事象をめぐって、レスリーとブラック・ジャック、さらにはサンメリーダの村の人それぞれのドラマが展開し、かつそれらが物語のクライマックスにおいて交錯することの面白さである。このような作品は、ややもすると、個々の物語が互いを潰し合い単にゴチャゴチャしたような印象を与えかねないように思う。しかし、「サンメリーダの鴞」においては、それらのドラマ全てが、〈常識を超えた生命の軌跡〉という1つのテーマに収斂していくので、作品としてのまとまりもある。また、レスリーが孤独に苛まれているという伏線も最後にきちんと回収されている。
骨格がしっかりしている分、サイドストーリーからも目が離せなくなる。ピノコの淡い恋の物語、内戦から立ち上がり再生しようとするエルガニアの人の物語——人が生きるということは、数々のドラマの折重なりの上を進むことなのだと、この作品は改めて教えてくれる。
そして、それらの物語は、常にハッピーエンドとは限らないということも、この作品は克明に描いている。決して後味のいい話ではないと思う。けれども、それだけに、心に何かの残る話である。
もっとも、ネタバレを恐れるあまり発作と名医の真相を一切伏せたこの感想では、この作品の本当の面白さは幾らも伝わらないように思う。それに、絵や演出のことについても、どう説明したらいいかわからず書くことができなかった。「サンメリーダの鴞」は10月30日まで配信しているようである。気になる方はぜひ見ていただきたい。その他の回も、順次配信しているとのことであるから、面白いと思った方は他の回も見ていただけたらと思う。
もちろん、僕は手塚プロダクションの回し者でもなんでもない。ただ一介の、自分の好きなものをひたすら推したいだけの、そして、そういう時に限ってどうにも筆下手になってしまう、どうしようもない阿呆である。
『ブラック・ジャック』、言わずと知れた手塚治虫の名作である。そのアニメ化作品といえば、15年ほど前、僕が小学生から中学生になろうという頃に放送されていたテレビ版がよく知られているように思う(少なくとも、僕はこのテレビアニメから『ブラック・ジャック』を知った)。そこから遡ることさらに10年、つまり、僕が生まれたかまだ生まれないかの頃に、テレビシリーズとはまるで違う、そして、原作そのものとも一線を画す、OVAシリーズが制作されている。いま期間限定配信されているのはこのOVA版である。
OVA版の特徴について、ネットではよく「大人向け」「絵が綺麗」「原作とは違うけれど丁寧に作られていて面白い」「ブラック・ジャック先生がカッコいい」「というより色気がヤバい」といった感想が挙がっている。どの感想も確かにその通りだなあと思う。このシリーズは、面白い話がとにかく多い。というより、キャラクター個々の内面が深く掘り下げられているので、そこから考えさせられることが沢山ある。シリーズに共通するテーマは、人間の常識を超えた生命の不思議や数奇な出来事を描くことだと思う。出来事全てに合理的な説明がつく話もあるが、特にシリーズ中盤以降は最後まで観ても謎が残る回が少なくない。初めて観た頃は、その割り切れなさが性に合わないと思ったこともあるが、今になって見返すと、その割り切れないものこそが、この作品をいっそう魅力あるものにしているようにも思う。
「絵が綺麗」という感想もまったく同感である。どこか丸っこい原作の絵とは違い、OVA版の絵は劇画調で、全体的にマンガ的というよりはリアル寄りという印象がある。もっとも、それによってキャラクター造形が端正の整ったものになっているように思う。そして何より、演出がいい。構図、光彩、陰影、背景、そうした様々な要素がすべて相まって、作品全体を美しいものにしている気がする。アニメはとにかく動くものという、どこかで聞きかじっただけの主義に囚われていた僕が、絵で魅せるアニメの良さに気付き、演出技法の粋に目を向けるようになったのは、この作品があったお陰である。僕にとって、OVA版『ブラック・ジャック』が特別なものであるのは、ひとえにこの発見があったからだろう。
さて、今日会社から帰ってきた後、特にやることもなくぼうっとしていた僕は、久しぶりに、このOVAシリーズの中の1話を見てみることにした。第5話「サンメリーダの鴞(ふくろう)」という話である。
休暇を取り、3週間のヨーロッパ旅行に出たブラック・ジャックとピノコは、列車の中でレスリー・ハリスという美男子に出会う(ピノコはここで、先生という想い人がありながら、レスリーに一目惚れする)。レスリーは英国の軍人であるが、孤独に苛まれ精神科医にかかっている身である。さらに、見知らぬ女性と女の子が夢に立ち、その夢を見た直後、背中に突然銃創が現れ出血するという謎の発作に長年苦しめられていた。レスリーの発作の処置に当たったブラック・ジャックは、その際、彼の体に肉眼では確認できないような見事が手術の痕を認める。その名医に会いたい。こうして、治療を望むレスリーと名医を訪ねるブラック・ジャック/ピノコは同じ旅の人となる。そして、レスリーが時折口ずさむ子守唄を頼りに向かったエルガニア共和国サンメリーダ村で、3人は、発作と名医の真相、すなわち、内戦の激戦地であったその村で20年前に行われたある大手術の経緯を、それぞれに知ることになる——
この作品の魅力の1つは、上で述べたように、全く異なる関心をもった別個の人間が旅を同じくし、そして、辿り着いた先で同じ1つの真実に出会うという構成そのものの面白さにあるように思う。別の言い方をすれば、謎の発作とその真相という1つの事象をめぐって、レスリーとブラック・ジャック、さらにはサンメリーダの村の人それぞれのドラマが展開し、かつそれらが物語のクライマックスにおいて交錯することの面白さである。このような作品は、ややもすると、個々の物語が互いを潰し合い単にゴチャゴチャしたような印象を与えかねないように思う。しかし、「サンメリーダの鴞」においては、それらのドラマ全てが、〈常識を超えた生命の軌跡〉という1つのテーマに収斂していくので、作品としてのまとまりもある。また、レスリーが孤独に苛まれているという伏線も最後にきちんと回収されている。
骨格がしっかりしている分、サイドストーリーからも目が離せなくなる。ピノコの淡い恋の物語、内戦から立ち上がり再生しようとするエルガニアの人の物語——人が生きるということは、数々のドラマの折重なりの上を進むことなのだと、この作品は改めて教えてくれる。
そして、それらの物語は、常にハッピーエンドとは限らないということも、この作品は克明に描いている。決して後味のいい話ではないと思う。けれども、それだけに、心に何かの残る話である。
もっとも、ネタバレを恐れるあまり発作と名医の真相を一切伏せたこの感想では、この作品の本当の面白さは幾らも伝わらないように思う。それに、絵や演出のことについても、どう説明したらいいかわからず書くことができなかった。「サンメリーダの鴞」は10月30日まで配信しているようである。気になる方はぜひ見ていただきたい。その他の回も、順次配信しているとのことであるから、面白いと思った方は他の回も見ていただけたらと思う。
もちろん、僕は手塚プロダクションの回し者でもなんでもない。ただ一介の、自分の好きなものをひたすら推したいだけの、そして、そういう時に限ってどうにも筆下手になってしまう、どうしようもない阿呆である。