僕らが触れている世界

日々の生活の中で心に留まったことを、丁寧に、時に面白く、書き綴る、そんな日記を目指して… 現在は、参加している「彩ふ読書会」の記録や、その他参加したイベントの振り返りを中心に、日々の四方山話を書いています。できれば読書ノートなどを充実させていきたいけれど、書けば長くなりそうで、どうしたものか思案中。どうかみなさま寛大な心でお見守りください。

2019年04月

 隠遁生活3日目、僕・父・妹の3人は車の運転練習を兼ねて、鳥羽市相差(おうさつ)町にある石神さんへ参詣した。石神さんは、相差町の氏神様を祀る神明神社の境内にあるお社で、海神の娘で神武天皇の母とされている玉依姫命を御祭神としている。相差町は海女のまちで、玉依姫命は海女の守護神として信仰を集め、現在は女性の願いを叶えてくれる神様とされている——ということは、すなわち僕個人とは実に縁遠い神様ということになるが、まあ己の願掛けが叶わぬことなどどうでもいい。石神さんは一度訪れてみたかったし、行くからには身近な方々の健康と面白き日々を願うことにした。

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 駐車場に車を停め、旅館や小さな商店に囲まれた細い道を進んでいくと、青々とした木々に囲まれた慎ましい境内が現れた。決して小さな神社ではないが、ささやかというか慎ましいという表現がしっくりくるように思われる場所であった。曇天であったが、雲は厚くなく、ほのかな光が辺りを包んでいるように感じられた。

 手水舎で手を清めた後、まず神明神社の本殿に詣で、敷地をぐるりと回る。それから本殿を離れ、石神さんのお社に詣でた。石神さんは参拝方法に独特の取り決めがある。専用の紙に名前と願い事を書いてからお社に向かい、参拝の前に賽銭箱の隣の箱にその紙を入れるのだ。あとは二礼二拍手一礼というお馴染みの作法で詣でる。

 僕は先の願いを心の中でそのまま唱え、すっと顔を上げるとお社を後にした。

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 それから御朱印をいただきに行った。御朱印を授かるのは2月に淡嶋神社を訪れて以来である。習字のことはてんでわからないが、やはり見栄えするものだと思った。そして何より、「平成三十一年四月二十九日」という日付が、なんとも貴重に思えて嬉しかった。

 境内にいたのは30分ほどのことで、旅館と商店の並ぶ道を通って再び駐車場へ戻った。海産物を売っている店が多く、海女に伝わる紋章が随所で見られるなど、なるほどここは海女の町なのだという気がした。

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 石神さんから戻ると、朝目が早く覚めてしまった反動で長い昼寝をしてしまい、気付いたら夕方であった。時間が飛ぶように速く過ぎていく。隠遁生活など3、4日もあれば足りると思っていたが、まだまだ隠遁し足りない気がしてならない。あと10日でも足りないかもしれない。

 夕食を摂り、しばしゲームをしたところで、最後に到着した母と下の妹を迎えに出た。帰ってきた後、妹の希望で夜遅くまでカラオケをしていた。僕の時間感覚はじわじわと狂いつつある。

◇     ◇     ◇

※石神さんに関する説明は下記のサイトを参考にしました。
http://www.toba.gr.jp/spot/5061/

 目が覚めると蒲団の中にいた。ずっとそこにいたような気がするし、そうでないような気もする。まさかとは思うが、酔いに任せて喚き散らし、十分お叱りを受けてここに据えられたのだろうか。僕のことだからないとは言えない。

 兎にも角にも、目が覚めてしまったのだから蒲団の外に出ることにする。そういえば風呂に入っていない気がする。確か僕は、妹が風呂から上がるのを待っていた。その時に、待ちきれなくて蒲団にもぐり込んだのだろうか。そんな気もするし、そうでないような気もする。

 時計を見ると朝の5時半だった。日付が変わるまでは起きていたから、睡眠時間は5時間程度。短いが、よく飲んだ日の睡眠時間はこんなものだ。朝になってから風呂だけ浸かってもう一度寝るのも違う気がするし、このまま起きることにしよう。まず日記を書いて、それから本を読んで……

 本?

 そこで漸く思い出した。そうだ、僕は妹が風呂に入っている間、リビングの椅子で本を読んでいた。とすると、ここからは想像だが、僕は本を読んでいるうちに寝てしまい、そして、心配とも呆れともつかぬ感情を抱いたであろう妹に寝床へと誘われたのであろう。

 僕は湯船の中で深いため息をついた。

◇     ◇     ◇

 2日続けて寝落ちして、しかも2日続けて日記の初めに寝落ちの話を書く。芸もセンスもあったものではない。が、いまの自分を起点にあれこれ思いを巡らそうとすると、自然こうなるのである。何卒ご容赦願いたい。

◇     ◇     ◇

 夕方になって上の妹が隠遁先へ到着し、晩は宴会となった。盛況した飲み会ほど語るに値しないものはないという鉄則に従えば、この話は書けないということになる。代わりにそれまでの話を書こうとすると、これがまたとりとめもない話になる。

 新聞を買いに出て、戻って朝食を摂る。犬の散歩をして、家に戻って本を読む。昼食の調達に出たところでなぜかスーパーをはしごする羽目になる。遅い昼食のあとは走りに出る。そうすればもう夕方だ。

 怖いくらい贅沢に時間を使っている気がする。それでいいのだけれど。

 さて、そろそろ筆を置いて本を読もう。結局、殆ど寝落ちの話しか書いていないけれど、まあこれもこれでいい。

 移動の疲れで寝落ちしてしまい、目が覚めたら日付が変わっていた——というのは無論あとから気付いたことで、実際には暗い寝床でぼんやり目を覚ましたのであり、リビングに移動したところで初めて時間を知ったのである。

 鞄の上に置き去りにしていたスマホを手に取ると、案の定通知が溜まっている。それらをざっと目で追って、幾つか返事もして、遅い風呂に浸かった。3時間前に沸かした風呂はとっくにぬるくなって、追い焚きして温まった。

 独房から車で5時間、三重の某所に父と来ている。数日かけてここへ家族が集結する。そして、喧騒からかけ離れた束の間の隠遁生活を送る。観光地からもやや外れた場所なので、まさに隠遁生活である。何もないという表現が実にぴったりだ。Wi-Fiすらない。

 だからこそ、この日記がどうなるのかは、気になることの1つであった。

 午前1時、風呂から上がる。兎にも角にも寝るべきだが、テザリングが上手くいくかだけ確かめておくことにした。パソコンを立ち上げ、スマホのインターネット共有をオンにし、接続を試みる。

 上手くいった。

 いつもよりやや速度が遅いが、苛立つほどではない。テザリング様様である。

 それだけ確かめてよしよしと頷いて、早速寝た。

◇     ◇     ◇

 というわけで、昨日の日記の「令和にお会いしましょう」は嘘になった。そして私は「何を言っていたんだあの阿呆は」と笑われることになった。まあそれで一向に構わないのだけれど。

 連休前最後の出勤を終えて家に着いた途端にやって来たのは、解放感ではなくて、疲労だった。

 待ちに待った休みが訪れたのに、気分が晴れないのはどうしてだろう。そんなことをぼんやりと考えてみる。そして、その思考があまりにもぼんやりとしていることに気付いた時、一気に気が緩んだ自分というものを僕は発見したのだった。

 もしかして、この気の緩みが、一切の感情を奪い、疲労だけを招き寄せているのだろうか。そうだとしたら、昨日までの僕に連休を待ち侘びさせていたものは、日々の生活の中で気を立たせていたやり場のない苛立ちということになる。

 もしそれが本当なら、悲しいことだと、僕は思う。

◇     ◇     ◇

 この日記に仕事のことを書くことは、普段あまりない。だから1ヶ月分まとめて振り返るような形になるのだけれど、今月の社会人としての僕は、いいところが一切なかった。今まで考えられなかったようなミスを連日のように起こしていた。

 自己管理ができていない。原因はその一言に尽きる。冷静に考えればすぐに分かる。けれど僕は、自分の悪さを見ることを徹底的に避けていた。ただ、日々何かをやらかして、一人勝手に居づらくなって、そして、逃げ出したくなっていた。逃げたいという気持ちだけで、日々を乗り切っていた。

◇     ◇     ◇

 でも、きっとそれはいけない考え方だったんだと思う。

◇     ◇     ◇

 生きていくうえで目標なるものが必要なのかということは、簡単には解けない1つの大きな問いだと思う。ただ、いまの僕についていえば、目標は必要不可欠だ。目標なくして、立て直しを図ることはできない。そのことに漸く気が付いた。

 連休が始まる。やりたいことは幾つかある。どうせなら楽しい連休にしたいとも思う。けれども、その中に、自分をゆっくり反省する時間も必要なのだろうと、いまの僕は思う。

◇     ◇     ◇

 えらい暗い話してすみませんでした。連休の方もそうでない方も、気の荒れることのないゴールデンウィークをお迎えください。よもや、矛先不詳の呪詛など唱える勿れ。

 なおお知らせがございます。これから数日家族で旅行に出掛けるのですが、その間日記の更新が途絶えるかもしれません。そうだとしたら、次は令和にお会いしましょう。明日またひょっこり現れたら、「何を言っていたんだあの阿呆は」と笑い飛ばしてください。

 今週に入ってからずっと、日曜日に開かれた彩ふ読書会@京都の振り返りを書いてきました。前回の記事で午後の部・課題本読書会の振り返りが完結し、読書会本編の話はこれで終了しました。が、僕らの読書会ホリデーにはまだまだ続きがございます。ということで、今回も読書会の話を続けたいと思います。名付けて、ヒミツキチ編です。

 京都の彩ふ読書会は、先月まで、①午前の部=推し本披露会、②午後の部=課題本読書会に加え、③夕方の部=実験的経験会が開かれるという三部構成になっていました。しかし、読書会を1日に三部こなすのは大変だということから、今月から夕方の部は廃止に。代わりに誕生したのが、引き続き会場を借りて、メンバー有志が話に花を咲かせたり、気になることをして遊んだりする時間、その名もズバリ、「ヒミツキチ・オブ・サクラカフェ」でした。

 ではこれから、第1回ヒミツキチの中をちょっと覗いてみることにしましょう。と言っても、これから見るように僕は荷物を置いてひとり出掛けてしまうので、本当にチラッと覗くことしかできないんですが——

◇     ◇     ◇

 ヒミツキチの時間が始まる前から、SAKURA CAFEに残った人たちは大小様々な車座をつくってめいめいの話に興じていました。今や読書会では当然の事であるヅカトークをする人たちがいたり、初参加の学生さんの就活話を聴いている人がいたり。

 僕をはじめとする男性陣は、カフェの奥の方に椅子を持ち寄って輪を作り、哲学カフェの話をしていました。哲学カフェ部長のCさんが今後の活動予定などについて話していたところ、参加2回目の男性が「哲学カフェってどんなものですか?」と興味を示し、話が発展、そこへいつの間にか大勢の人が集まっていたのでした。

 実は僕も、哲学カフェでどんなテーマを話し合ったら面白いだろうということを考えていたので、車座に積極的に入り込んでいきました。Cさんとは前から「かわいい」をテーマにしたらどうでしょうと言って盛り上がっていたのですが、他にも何かないだろうかと考える。すると、今月から大阪サポーターに移った男性が、「やばいって言葉気になりませんか」と話し出す。「とにかく汎用性が高いじゃないですか。なんでもやばいって言えてしまう。やばいはすごいですよ」と、そのうち「やばいはやばい」と口を滑らせそうな勢いで話すのが可笑しくてなりませんでした。

 汎用性の高い言葉つながりで、「『エモい』っていう言葉気になりますよね」という話をしてみました。「ああ、エモいねぇ」「あの有名人が使ってるヤツですね」と暫く盛り上がったものの、「年配の人はわからないんじゃないですか」という話に落ち着き、哲学カフェ「エモい」を仕掛ける案はふわっと消えていきました。「そういえば『青い鳥』に“はぶられる”っていう表現が普通に出てきてるの面白かったです」と、Cさんが新しい言葉つながりでトークを続けていました。

 そうやって話していた皆さまも、16時が近付く頃、順々に会場を後にしていきました。残ったのは5名ほど。そしてここから、ヒミツキチは本格的に始まるのです。

◇     ◇     ◇

 今回のヒミツキチのテーマは「人狼」でした。いま、一部のメンバーの間で、人狼をはじめ様々なゲームをやってみたいという話が盛んに出ているのです。

 きっかけは、3月の園田哲学バーの帰りに、今度新たにサポーターになった男性が「最近人狼が気になってるんですよね」と話したことだったように思います。以来、「実は僕も/私も気になってて」という人が次々に名乗りを上げるようになりました。その波が最初に形となって現れたのは、3月の末に開かれたお花見だったように思います。僕は出張で行けなかったのですが、この日集まったメンバーがそれぞれにカードゲームを持ち寄っていたことを、後からLINEで知りました。もっとも、お花見が敢行された日は、寒いうえに風が強いという、屋外でカードゲームをするには実に不向きな日だったようです。主催者だったCさん曰く、「人狼でカード並べるじゃないですか。で目を閉じて開けたら、カードが全部飛んでるんですよね」とのこと。

 何はともあれ、ヒミツキチに残った人たちは人狼を始めようとしていました。と言っても、人狼がやりたい人の集まりですから、そもそもちゃんとやり方がわかる人がいない。ルールブックを見ながらあーでもないこーでもないという所から、ヒミツキチはスタートしました。

 と、ここで、僕はヒミツキチから抜け出します。一乗寺の方に気になる本屋さんがあったので、そこまで散歩に行こうと思ったのです。SAKURA CAFEを拠点にし、いる人をアテに荷物を置いて外へ出る、そんな気儘なことをやってみたいという憧れもあったのだろうと思います。

 財布とスマホだけを持ち、鞄代わりに上着を持つ。それ以外のものを椅子に置いたまま、「ちょっと出掛けてきます」と言って、僕はカフェをあとにしました。

◇     ◇     ◇

 もう何度も通っているのに、会場の周りには知らないことが沢山ありました。

 カフェに面した大通りを南へ数歩歩くと信号があり、交差する道に挟まれて疎水が流れていました。緩やかに弧を描きながら東へ伸びる疎水の道を、僕はゆっくり歩いて行きました。すっかり葉を茂らせている桜や、若葉のまぶしい楓を見ていると、静かで落ち着いた心地がしました。木の下を覆う植え込みに目をやると、久しく見ていなかったカラスノエンドウが群生していたり、1本だけ咲く赤いチューリップに出会ったりといった発見もありました。

 疎水が果てるところまで辿り着くと、道に直行するように高野川が流れていました。出町柳の駅前で鴨川に合流する川です。僕の目指す本屋はこの川を渡ってさらに進んだ先にありました。

 歩行者用の橋に着くまで、河川敷に降りて歩くことにしました。道から階段を降りていくと、脇に広がる土手の斜面が、芝生の緑ではなく、ほんのり黄色で覆われていることに気が付きました。よく見てみると、小さな花がウワッと一帯に咲いているのでした。

 僕はどういうわけか、その花に見惚れてしまいました。そして、身をかがめ、なお、黄色い花が一斉に咲く様子を眺めていました。目線を近づけたからでしょう、花が1本1本咲いていることや、草にそれぞれ形があることがありありと伝わってきました。

 ふと、もし僕が小人だったら、この草花の下を歩いて回るのだろうかという想像が頭をよぎりました。推し本披露会で小人の家族が出てくる本が紹介されていたからでしょう。そうでなければ、幾ら僕でもそんなメルヘンチックな妄想を思い付くことはありませんから。ともあれ僕は、いま自分が上から見ている茂みの下を、深い森を駆けるように動いて回る小人のことを想像していました。それからまた歩き出した時、なんだか自分の上にも大きな植物が伸びていて影ができているような気がしました。どうしてそこまで妄想が発展したのか、自分でも不思議なくらいです。実際のところは、西日が容赦なく首筋に差していたのですから。

◇     ◇     ◇

 目指していた恵文社という本屋は、高野川を渡って、住宅街の中を暫く進んだ場所にありました。遊び心に溢れる店を何となく想像していたのですが、実際の恵文社は、とても落ち着いた空間でした。独自の基準で集めているのだろう本の中には、大型の書店でも見かけないものや、どこで集めたのかわからないような古い文庫本もあって驚きました。書架の並びが分かりづらいことが、却って目的外の本との出会いを促しているようで、そうやって寄り道するのが楽しい本屋でした。

 僕はここへ本屋さんに関する本を買いに来ていたのですが、なかなか目的の本に辿り着かないまま、30分も40分も徒に過ごしてしまいました。街で17時の音楽が鳴り止って暫く、漸く目的の本を見つけた僕は、恵文社を後にし、急いでもと来た道を引き返しました。

◇     ◇     ◇

 カフェに戻ったのは、もうヒミツキチの時間も終わろうという頃でした。玄関の戸をスライドさせると、ちょうどゲームが終わったところだったらしく、メンバーは真ん中のテーブルで顔を上げて談笑していました。午前の部の後、水族館へ行くといっていたメンバーが、戻ってきて輪に加わっていました。初参加の方の姿もありました。

「おかえりなさい。どうでした?」

 そう声を掛けられて、僕はとても満ち足りた気分になりました。

「良かったですよ」

◇     ◇     ◇

 ここで時間が来てしまい、僕らはヒミツキチを後にします。しかし、一部のメンバーはその後、駅前のロイヤルホストに入って、カードゲームの続きを楽しみました。当初の目的を達成した僕も、にわかにカードゲームがしたくなって、ロイホへついて行きました。

 ここでやったのは人狼ではなく、「犯人は踊る」というゲームでした。犯人のカードを持っている1人を当てるゲームで、それぞれのカードに書かれた指示に従って手持ちのカードを交換したり、隣の人から貰ったりします。ネットでは、ババ抜きと人狼のエッセンスをミックスさせたようなゲームだと書かれていました。

 やってみると、めちゃくちゃ面白いゲームでした。要領が掴めるようになってくると、誰が何のカードを持っているかということが推測できるようになったり、逆に周りにカードを読まれるのを見越して出し方を工夫するようになったりするので、ゲームはどんどん高度化していきます。それでも、元々手持が4枚しかないので、勝負は簡単についてしまう。その手軽さと面白さに病みつきになった僕らは、帰るタイミングを何度も何度も逃してしまいました。「時間で切らないとまずいですね」と言って最後のゲームを切り上げたのは21時で、ロイホに入ってからはたっぷり2時間半が経過していました。

 こうして、大人の休日(やっていることはむしろ学生的だけれど)を満喫したところで、長い1日が幕を下ろしたのでありました。

◇     ◇     ◇

 ヒミツキチの様子を振り返って参りました。いかがだったでしょうか。

 中にいた人としては、大人になってからもこんなに遊び心に満ちた休日が送れるのだということが、嬉しくてなりませんでした。もう今から、次はどんな展開が待ち受けているのだろうと楽しみでなりません。僕自身のやりたいことも、考えてみようと思います。

 以上をもって、午前の部の振り返り以来全部で4回にわたった彩ふ読書会@京都の記録を締めたいと思います。ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

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