ひじきのごった煮

こんにちは、ひじきです。日々の四方山話を、時に面白く、時に大マジメに書いています。毒にも薬にもならない話ばかりですが、クスッと笑ってくれる人がいたら泣いて喜びます……なあんてオーバーですね。こんな感じで、口から出任せ指から打ち任せでお送りしていますが、よろしければどうぞ。

2019年03月

 昨日、私は誕生日を迎え、26歳になった。

 こういうことは当日に書いた方がいいに決まっている。そうと分かっていながら昨日書かなかったのは、晩酌で飲んだ焼酎が回ってくらッとしてしまったからだ。ではなにゆえ焼酎など飲んだのかといえば、それがお祝いの品だったからだ。

◇     ◇     ◇

 話は4日前、3月21日に遡る。

 春分の日で週の半ばに1日だけ休みがこぽんと挟まっていたこの日、私は非常に多忙であった。午前中に会社の有志チームで大阪城リレーマラソンを走り、午後からは読書会ヅカ部の方々と宝塚大劇場で月組公演を観る。これがその日のスケジュールだった。

 事情を知っているヅカ部の方々からは、ゆめゆめ寝る勿れ、いびきをかいたら覚悟せよと言われていたが、幸い、観劇中目は冴えに冴えていた。大劇場での観劇は2回目だったが、今回は特に、生の迫力はDVDとは比べ物にならないのだということをひしひしと感じた。また、オペラ越しに見るスターの表情が言葉にできないくらい美しくて、「ああ」というため息が何度も漏れかけた。とにかく全てが充実していて、16㎞走った後の疲れなど微塵も感じなかった。

 ともあれ、これだけでも凄い1日だったのだが、その日はこれでは終わらなかった。

 観劇の後、イベント後恒例の飲み会があり、大劇場近くのチェーン店に入った。靴を脱ぎ、後から来るメンバーを待っているうちに、先に行った方々とははぐれてしまった。「このまま奥へ進んでいただいて右手の部屋です」という店員さんの案内に従い、入り組んだ廊下を進んでいく。と、どうやら目指す部屋らしい場所から「フハハハハ」という、メンバーの1人・Hさんの愉快な笑い声が聞こえてきた。
 着座してすぐこの盛り上がりとは。いったい何があったんだ。

 楽しみでもどかしい気持ちを抱えながら個室の引き戸を開ける。

 その瞬間、壁にデカデカとかかる横断幕が目に飛び込んできた。

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「え、うそ、マジ!?」

 私は憚りなく驚きの声をあげた。

 確かに、誕生日を自ら言ったことはある。しかし、まさかこんな席が設けられようとは思ってもみなかった。まして、横断幕で迎えられるなど、誰が予想できようか。

「このお店だと頼めばこういうことしてくれるんです」

 予約を取っていたヅカ部長が説明する。

「それなのにひじきさん、違うお店を紹介してきて」

 そうだった。僕はずっと、近くにある別の居酒屋を推してばかりいたのだ。

「先週入り待ちの時もまだその話してたでしょ」

 そうだっけ。まあでも俺ならやりかねない。

「それでHさんと、ひじきさん天然だなあって話してたんですよ」

 しばし呆然としたのち、私は漸く口を開いた。

「またドッキリですか」

 その反応に、Hさんが手を叩いて笑い出した。私は以前にも、Hさんのドッキリに引っ掛かり、宝塚スターにファンレターを書く集いに連れて行かれたことがあるのだ。大変貴重な経験だったことは言うまでもないし、結局この集いが「ヅカ社実行委員会」立ち上げの契機になったわけでもあるが、一人だけ行程を聞かされていなかったと気付いた時にはまあまあしょげたものだった。

「でも今回はイイコトだからオッケーでしょ」

 部長が言う。その通りだ。

「いやあ、もう、ほんと、ありがとうございます」

 私はぎこちないお礼を繰り返し述べた。とにかくこそばゆくて、たまらなかった。

「この言葉いいでしょう」

 Hさんが横断幕を振り返りながら言った。

「いいですね。嬉しいです。森見登美彦先生のブログから取ってきていただいて」

「お、さすが」

 Hさんはそう言いながら、横断幕の言葉を考えるために、森見登美彦でググったのだと種明かしした。色々調べて言葉を探す予定だったそうだが、登美彦氏のブログに辿り着いた瞬間、「これでええやん」と即決したらしい。

「ありがとうございます」

 私は再び頭を下げた。

 それから始まった飲み会は、これと言って特筆すべきこともない、いつもの楽しくよく笑う飲み会だった。どうしてこの人たちといるとこんなに笑えるのだろうと思いながら、私は笑った。

 そうして場が温まりきった頃だった。

「すみません、これどうしましょうか?」

 不意に個室の戸が開いて、店員さんが透明のボトルを持ってきた。

「ああ、来ましたか」

 Hさんが反応する。それだけで、そのボトルが何なのかおよそ想像がついた。

「ここで飲まれますか?」

「あ、いや、持ち帰りで」

「かしこまりました」

 そんなやり取りの後、私の手に麦焼酎が渡った。

 そのラベルをよく見ると、お酒の銘柄は書かれておらず、代わりに「猪突猛進」と行書体で書かれていた。

「ラベルの大きさから四字熟語がイイかなと思って、ひじきさんっぽい四字熟語について話し合って、じゃあ猪突猛進じゃないってなって」

 確かにぴったりである。驚きと喜びがこみ上げる。

「カタカナ入れても面白かったかもしれないですけどね。『ミーマイ』とか」

 そう続けられて、私はうっかりボトルを落としてしまいそうなくらい笑った。

 それからもう幾つかプレゼントを戴いたのち、私たちは横断幕の前で記念撮影をした。

◇     ◇     ◇

 1年前、25歳の誕生日を迎えた時、私はそれをとても重いものとして受け止めた。どういうわけか知らないが、25歳の誕生日は、20歳のそれよりもずっと重かった。誤解を恐れずに言うが、私はその日「歳を取った」と初めて感じた。

 それに比べれば、今年の誕生日は恐ろしくあっさりしていた。私は未だに自分が26歳になったという自覚がない。そもそも誕生日の何がそこまで大きな意味を帯びるのかさえ、今年の私にはわからない。いまわからないということは、この先1年はきっとわからないのだろう。

 それでも、祝ってくださる方のいる誕生日は、ちょっと特別だった。

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 皆さま、たいへん長引かせてしまい、申し訳ございません。ただ今より、彩ふ読書会レビュー・課題本読書会『宝塚ファンの社会学』、予定外の第三幕を開演いたします。

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 ここまで、①第一幕では、会の概要と、この会の陰で暗躍していた秘密結社「ヅカ社実行委員会」についてご紹介しました。続いて、②第二幕では、テーブルトークのうち、宝塚ファンの社会の仕組みに関する話を取り上げ、詳しく見てきました。今回、第三幕では、残るテーブルトークの内容をざっと見たうえで、『ヅカ社』読書会のフィナーレを飾った一大イベントについて書こうと思います。

 僕の中ではもう前置き書いてる場合じゃないんですが、テーブルトークのメンバーをご紹介しないわけにはいかないので、以下にざっとまとめさせていただきます。

[花組]
 ①僕(進行役も担当)
 ②京都サポーターの男性(最近のブームは哲学カフェです)
 ③リピーターの男性(よく胸キュン小説を紹介されています)
 ④リピーターの女性(読書会ヅカ部2番手に光の速さで躍進した方です)
 ⑤リピーターの男性(とにかく興味関心の幅広い方です)
 ⑥飛び入り参加の女性(現役ファンクラブ会員でもあります)


 それでは早速、本編に入るとしましょう。

◆宝塚ファンの社会と、その他の社会

 宝塚ファンの社会に関する話は前回詳しく取り上げましたが、1つ書き残したことがありました。それは、宝塚ファンの社会の仕組みは、他の社会や集団のどういった部分と似ているだろうかという点です。以下、トークの中で出た意見を順にみていきたいと思います。

 まず、ファン活動の対象である宝塚歌劇団がトップスターを頂点とする序列のはっきりした団体であり、ファンが推しの活躍を待望し活動する中で劇団内の競争に巻き込まれていくという構図は、AKBグループとそのファンの在り方と似ているのではないかという話が出ました。AKBもセンター獲得などを巡る競争がグループ内にあり、ファンはCDを買って総選挙の投票権を得、推しの順位を上げようとしている(はずです)ので、序列と競争がファン活動を活性化させるという点ではよく似ていると思います。

 続いて、ファンクラブが公演中の拍手を仕切っている点について、拍手は歌舞伎や演劇の鑑賞でも見られるものだという話が出ました。これに関連して、お客さんの側が見ている間にタイミングよく同じ行動をとるというのは、演劇だけでなく落語や相撲の興行でもみられることなので、その意味では、宝塚ファンの行動はアイドルファンの行動よりも、伝統芸能ファンのそれに近いのではないかという意見がありました。

 宝塚ファンの間に、ジェンヌさん=生徒を育てる意識があるという点については、ホストにハマる女性のそれに近いという話がありました。また、この「生徒」という呼び方に注目しつつ、育てるべき対象の成長を見守るという意味において、宝塚ファンの意識は高校野球ファンのそれに近いものがあるのではないかという意見が出ました。

 もちろん、これらの中に同じ社会・集団など1つとしてないはずで、似ている点だけでなく違う点も掘り下げてみたら、また1つ面白い話ができたのかもしれません。が、トークの流れはそうはなりませんでした。興味を持った方、検討されてみてはいかがでしょうか。

◆花組、大移動す

 さてここで、今回のテーブルトークで起きた珍事をご紹介しましょう。——考えてみれば、僕ほぼ全てのレポートで何かしらの珍事を紹介しているので、もはや何も珍しくない気さえしますが、まあそれはいいとしましょう。とにかく、毎回フリーダムなことが起きるんです、彩ふ読書会は。

 今回、ファンクラブ活動の経験があるヅカ部長が、実際の活動で使うものや、会員限定の特典などを厳選して持って来られていました。そして、自分のテーブルで独り占めしないように、空いているテーブルにそれらを並べ、トーク中好きに持って行っていいことにしていました。僕は花組の進行役として、トーク前にこのことを説明するよう仰せつかっていました。ところが、いざトークが始まると、場を回すのに夢中になってしまい、うっかり説明を忘れてしまったのです。

 途中でそれに気付いた僕は、トークが落ち着くのを見計らって、「すいません、言い忘れていたことがあるんですけど」と言って、上の話を切り出しました。そして、流れでこう言ってしまったんです。

「と言っても、皆さんそれぞれ気になるものは違うと思いますし、今からあっちのテーブルに行って色々見てみましょうか」

 この僕の提案で、花組6名は一斉に立ち上がり、ファンクラブグッズの置かれたテーブルへそっくり移動してしまいました。読書会史上初めて、トーク中にテーブルごと移動するという事態が起こったのです。さらに、僕らはそのままテーブル周りの椅子に腰かけ、グッズを手に取りながら、当たり前のように話の続きを始めてしまいました。ヅカ部長テーブルの独占を避けるべく共有スペースに置かれたグッズを、逆に僕らが占拠してしまったのです。

 後から聞いた話ですが、ヅカ部長率いる月組は、自分たちの話を進めながらも、なんだなんだといわんばかりにこの事態を見ていたようです。「ああ、みんなで行った!」「そして居座った!!」しかし同時に、「その手があったか!」とも思っていたそうです。実際、僕らが元の席に戻った後、今度は月組の皆さんが大移動していました。

 この時お持ちいただいたグッズには、ファンクラブの会員証や、ファンクラブ活動に参加した時にスタンプを押してもらうスタンプ帳、スターからのメッセージなど、様々なものがありました。僕が一番注目したのは、ファンクラブ会員に届くスターからの年賀状でした。羨ましすぎてしばし見惚れてしまいました。

 ちなみに、ヅカ部長はファンクラブの会員が当日必ず身に付ける「会服」というグッズもお持ちでした。2種類お持ちで、1つは月組の方が身に付け、そしてもう1つは僕がずっと身に付けていました。この関係で、読書会の間僕はずっと首にストールを巻いていて、リピーターからは「ひじきさんどうしたんだ」、そして初参加の方からは「あの人いつもああいうファッションなんだろうか」と思われていたそうです。グッズに話が移ったことで、ストールの話ができたのは、僕にとって救いでした。

◆ヅカトーク

 テーブルトーク振り返りの最後に、途中で出たヅカトークをご紹介したいと思います。と言っても、ファン活動の経験談はこれまでの話の中で大方書き出してしまったので、残っている話はごく僅かなんですが。

「本の中で目線をもらうって出てきたんですけど、本当に合うものなんですか」

 京都サポーターの男性が途中でこんな質問をされました。目線をもらうとは、ステージを見ている観客をスターがまっすぐ見返してくる現象のことで、これによってヅカに落ちる人が後を絶たないと言われています。

 この質問に答えたのは、もちろんこの方、飛び入り参加の女性でした。「タカラヅカに何で落ちたのかって考えてたんですけど、目が合って好きになることは実際ありますし、オペラ越しで目が合うこともあります」さらにこんな話も教えてくださいました。「ジェンヌさんは結構客席を見てるんですね。ただ、下からライトを照らされると、舞台に立っている人は視界が真っ白になってしまうらしいので、客席が見えてるかどうかはわからないんですけど。ファンの方がどのあたりにいるかは事前に聞いてるので、目線を合わせてみてるんだと思います」舞台に立つと客席が見えないのは驚きでした。

 この話の流れで、僕もふと聞きたいことが出てきました。「ヅカって演目によっては客席降りがあるじゃないですか。前にDVDで観て鳥肌立ったんですけど、あれって実際見るとどうなんですか」

 僕の質問に答えてくださったのは、ヅカ部2番手の女性でした。「最近見に行ったショーで客席降りがあったんですけど、もう本当にタッチできるところまでジェンヌさんが降りてきて、私はもう『はあぁ…!!』ってなって固まってしまって、タッチどころじゃなかったです。もうほんと、香水の匂いとかわかるくらい近くて、目の前のおばあちゃんとか普通にタッチしてるんですけど、私できなかったんで、参考になるかどうか」

「いや、とてもよく興奮が伝わってきました」そう答えたのは僕ではなくて、なぜか京都サポーターの男性でした。

◇     ◇     ◇

 15時を5分ほど回ったところで、テーブルトークは終わり、全体発表に移りました。僕は総合司会も担当していて前へ出なければならなかったので、花組の発表者は別の方にお願いしました。

 全体発表を聞いていると、花組も月組もそれぞれ楽しく話ができたようでした。また、ファン活動の比較の話など、同じような話も出ていたようでした。

 さて、この後はいつもなら次回予告や部活動の案内をして読書会終了となるのですが——

「えーただ今回、タカラヅカスペシャルということで、ヅカ部長がどうしてもやりたいことがあるそうです。では、お願いします」

 僕のその振りを合図に、ヅカ部長が立ち上がる。その間に僕は、頼まれていたものを配るため、一度テーブルに戻りました。

「はい。再び登場しました。えっと、今回、タカラヅカを扱った課題本の会ということなので、最後に、ヅカ部のテーマソングでもある『この愛よ永遠に(TAKARAZUKA FOREVER)』を、皆さんで歌いたいと思います」

 その瞬間、読書会でかつて聞いたことのないほど大きく、そして楽しい笑い声が一斉に起こりました。

 そう、これこそ、ヅカ社実行委員会が読書会の最後に仕掛けた一大イベントだったのです。

「では皆さん、いまお手元に渡った袋の中身をご覧ください」

 そう言われて、一同袋の中身を見る。入っていたものは2つ。

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「まず、これなんですけど、これはシャンシャンって言います。ショーのパレードの時にジェンヌさんみんなが持ってる小道具なんですけど、今回は私が作りました」

 それも人数分全部である。元々は実行委員でシャンシャン作りの会を開こうという話だったのですが、部長の愛が昂じて、気付いたら全部でき上がっていたそうです。ちなみに、ヅカオタの日常を描いた『ZUCCA×ZUCA』というマンガの中にシャンシャンの用語解説が出てくるのですが、その最後には「これを手作りするようになったらもう立派な、ガチガチの、最高レベルのヅカオタです」と書かれています。

 もう1つ入っていたものは、「この愛よ永遠に(TAKARAZUKA FOREVER)」の歌詞カードでした。この歌詞カードを見つつ、シャンシャンを振りながら、全員で歌うわけでございます。

 会場中が熱狂する中、その真ん中では、代表のーさんが曲の動画を再生する準備にかかっておりました。身振りはこの動画に合わせることになっていたのです。

 準備が整い、曲がスタート。もちろん、歌える人も歌えない人もいるわけですが、ここまでくればそんなことは問題外、全ては楽しんだもの勝ちでした。

 曲が中盤に差し掛かったところで、ヅカ部長が歩き出しました。それを合図に、他の実行委員も歩き出す。動画の中でスターたちがステージ上を行進するのに合わせて、僕らは参加者全員とハイタッチして回りました。「スター気分でやりましょう!」ヅカ部長の一声で決まったこのハイタッチでしたが、僕はやって本当に良かったと思いました。何しろこのお陰で、僕は会場の熱狂を知ることができたのですから。返ってきたのは決してソフトなハイタッチなんてものじゃありませんでした。言うなれば、ホームランを打った野球選手がベンチに戻ってからチームメイトと交わすような、もうこらえきれんばかりの嬉しさに満ちた力強いハイタッチだったのです。

 曲が終わった時、ヅカ部長は言いました。

「皆さんありがとうございました。夢が叶いました」

 その瞬間、僕は笑いながら興奮の絶頂に達し、こう叫びました。

「僕は今わかりました。彩ふ読書会は、夢が叶う場所です!」

◇     ◇     ◇

 以上で、『ヅカ社』課題本読書会のレポートは終わりになります。

 今回は本当に、ハラハラドキドキの読書会でした。自分たちのやりたいことが上手くいくだろうか。参加された方は皆さんノッてくるだろうか。特に初参加の方は大丈夫だろうか。読書会に来ていきなり読書会らしからぬイベントに巻き込まれて戸惑わないだろうか。しかし、終わってみれば、全ては杞憂でした。全員が笑っていました。

 終了後、何人かの方に話を伺いました。皆さん口をそろえてこう言われました。

「いやー、何かあると思ってたんですけど、全部予想の斜め上できました。めちゃくちゃ楽しかったです」

 なんで何かあると思われていたのかはともかく、いい意味で予想を裏切り面白い会を実現できて、本当に良かったです。

 テーブルトークの方は思った以上に手堅い内容になりましたが、とても濃い話し合いになり、こちらも素晴らしいものになったと思います。参加された皆さま、本当にありがとうございました。

◇     ◇     ◇

 ところで、忘れちゃいけないことが1つあります。読書会の振り返りはまだ終わらないんです。あともう1つ、夕方の部が残っております。

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 皆さま、どうぞお楽しみに!!
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 みなさま、たいへんお待たせいたしました。これより、彩ふ読書会レビュー・課題本読書会『宝塚ファンの社会学』第二幕を開演いたします。

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 前回第一幕は、難産の末、読書会の概要と、今回の課題本読書会を陰で操っていた秘密結社「ヅカ社実行委員会」について説明するところで終わってしまいました。そこで切っておいて言うのもナンですが、話し合いに一切触れないのはどうかしていると思います。というわけで、今回はテーブルトークの中身をたっぷり紹介いたしましょう。

 なお、前回の最後で、第二幕は別の日記を1回挟んでから書くと言いましたが、よくよく振り返ってみると、『ヅカ社』の話をしないと次に進めない事情があったので、先にこちらを書こうと思います。

 さて、テーブルトークの話をするにあたり、読書会の概要と僕のいたテーブルの雰囲気をざっとおさらいしておきましょう。読書会は13時40分に始まり、1時間半程度続きました。参加者は12名で、2つのテーブルに分かれて課題本の感想などを自由に話し合います。今回はヅカ仕様で、テーブルにはそれぞれ「花組」「月組」の名がついておりました。

 僕は花組に入り、進行役も担当しました。組子、もとい参加者は全部で6名。僕のほかにいらっしゃったのは、①午前の部で進行役を担当された京都サポーターの男性、②いつも胸キュン小説をお持ちになる男性、③ヅカ歴4ヶ月で読書会ヅカ部2番手へ躍進した大物女性、④とにかく幅広い興味関心をお持ちの男性、そして、⑤現役でタカラヅカのファンクラブに所属されている飛び入り参加の女性でした。

 テーブルトークでは、『ヅカ社』の中で紹介されていた宝塚ファンのシステムに関する話と、タカラヅカそのものの魅力や実際のファン活動の様子についての話がバランスよく展開しました。特に女性陣が宝塚ファン、わけても飛び入り参加の女性がファンクラブ経験者ということで、僕らの知らない色んなことを話してくださり、とても充実したトークになりました。

 今回は、出た話を順番に振り返るのではなく、幾つかのトピックにまとめて振り返ることにしたいと思います。それでは、参りましょう。

◆「序列」「競争」という仕掛け

 テーブルトークの中で繰り返し話題にのぼったテーマの1つは、宝塚歌劇・宝塚ファン双方のシステムのうちにある序列や競争でした。「全てのタカラジェンヌは序列の中に組み込まれているというのが一番印象に残りました。宝塚は夢の世界だけれど、中にいるととても大変そうだと思いました」(ヅカ部2番手の女性)。
 『ヅカ社』で詳しく説明されていますが、宝塚歌劇にはトップスターを頂点とする序列があります。そして、ファンクラブの側にも、それに従う形で序列が存在しています。その序列が確固たるもので、ファンクラブ同士でも活動にあたってトップスターの会に都度お伺いを立てなければならないなど、『ヅカ社』の記述には驚くことが沢山ありました。

 序列があるということは、その列のトップへ登るための競争もあるということです。そして、劇団内で展開するこの競争に、ファンもまた加わっていくことになります。自分の推しの生徒(ジェンヌさん)が活躍する姿を見たいという思いは、舞台でより輝ける地位=序列の上位へ生徒を押し上げたいという思いに結びつくからです。そのため、ファンの間で、推しの生徒を序列の上位にするための応援競争が展開することになるのです。

 さらに、ファンクラブの内側にも、誰がより応援活動に専念したかを巡る序列・競争が存在します。ここでいう応援活動への専念は、あくまでファンクラブの活動にどこまで貢献したかによって見極められます。貢献度の高いファンには、より良い席のチケットを手に入れられたり、生徒とのツーショットを許されたりという特典が待っている。ゆえに、その数少ない特典を手に入れようという競争が発生するのです。

 あらら、本の要約になってしまいました。今しばらく、序列・競争を巡るトークの様子を見ていくことにしましょう。

◆「序列」「競争」の諸相

 「宝塚ファンの人たちが自分から序列や秩序を作り出しているのが凄いなと思ったんですけど、何を原動力にそこまでやるんですか?」京都サポーターの男性が、トークの序盤でこのような質問をされていました。この方は、上で述べた特典(良い席のチケットなど)が競争を仕掛けるという読みをされたうえで、どうもしっくりこないと思われていたようです。

 この質問に答えたのは、飛び入り参加の女性でした。「私元々舞台が好きなんですけど、舞台の役者さんって、チケットをさばくノルマがあるんですね。いくらチケットをさばけるかによって次の役にも影響があったりするんですけど、それって結構人気に左右されるんです。特定のジェンヌさんを応援してファンクラブに入っていると、その人の名前でチケットを買えるので、それでノルマに反映されるんだと思います」

 この答えからわかるのは、宝塚ファンが競い合って活動するのは、旺盛なファン活動が生徒=ジェンヌさんの応援につながるからだということです。特典の話は確かにおもしろく目を引きますが、そもそもファン活動の根底にあるのは、その人を応援したい、その人の活躍を見たいという気持ちのはず。これは重要なポイントだと思います。

 チケット捌きの話にはもう1つ、僕にとって大きな発見がありました。それは、ファン活動は極めて直接的に生徒の活動支援につながっているということです。『ヅカ社』の中では、ファン人気は劇団の人事に必ずしも影響しないと書かれていたので、僕は正直、積極的なファン活動によって生徒を応援するというのは精神論的な話なのかなと思っていました。しかし、上の話を聞いて、ファン活動は生徒自身の活動や、生徒への劇団の評価に直接的な形で結びつくものだとわかりました。もっとも、こんなことはファンの間では常識のようで、僕は後でヅカ部長に「ちゃんと本読みましたか」と怒られたんですが。

 序列・競争を巡っては、「序列やルールがイヤな人もいるのでは?」(胸キュン小説の男性)という質問もありました。実際そういう人もいて、次第にファンクラブからは遠ざかり一般のファンになるのだと、女性陣から説明がありました。

 また、「序列や競争は、実際のファンクラブ活動の中でそんなにハッキリ見えてるんでしょうか?」(僕)という話もしました。この点についても飛び入り参加の女性からお話があったのですが、「ファン同士の緊張感は確かにありますけど、それを気にしたらファン活動は楽しめないので」とのことでした。実際にファン活動をしている時には、競争心はそれほど表に出るものではないようです。

 以前別の記事で書いた通り、僕は『ヅカ社』読書会の前日にファン活動の1つ「入り待ち」の様子を見に行ったのですが、その際印象に残った光景の1つに、宝塚ファンは動きこそ整然としているけれど、ジェンヌさんが前を通っていても結構平気で雑談しているというものがありました。その光景には、ファンの人たちは決められた活動さえちゃんとしていれば後は結構自由で、むしろ趣味や関心を同じくする人たちと一緒に活動したりおしゃべりしたりすることを楽しんでいるんだなと思わせるものがありました。「競争を気にしたらファン活動は楽しめない」という話を聞きながら、自分が実際に見て感じたことがそれほど間違っていなかったことに気付き、ホッとしました。

◆「相互監視」という仕組み

 今書いた通り、ファン活動は楽しくないと続かないわけですが、一方で、女性の言葉を振り返りますと、ファン同士の間に緊張感が漂っているのも確かなようです。その緊張感は必ずしも競争の産物ではないのかもしれません。僕がこう考えるのは、テーブルトークの中でファン同士の「相互監視」ということが度々話題にのぼっていたからです。

 これまでの記述でも触れているように、宝塚ファンの活動には一定のルールがあり、そのルールに基づく秩序が存在します。その秩序を支える要素の1つとして、ファン同士の相互監視があるのではないか。そう話されていたのは、様々な趣味をお持ちのリピーターの男性でした。

 この話に、皆さんうんうんと頷いていたのですが、特にヅカ部2番手の女性が共感を寄せていたようです。「ファンクラブに入っている人たちには特定のご贔屓さんがいて、勝手なことをやるとその人に迷惑がかかると思っているから、人目を気にして、ファンクラブのルールや秩序に従うようになるんだなと思います」先にみたように、宝塚ファンの活動の根底には生徒を応援しその活躍を見たいという思いがあるはずですが、ここではその思いが、活躍する生徒の足を引っ張ってはいけないという意識に転化し、ファン同士の勝手な行動を抑制する方向に働いているのかもしれません。

 そんな話をしていると、飛び入り参加の女性から驚くような話が飛び出しました。「ファンクラブの代表の方やスタッフさんって、よく来るファンの顔と名前をよく覚えてるんですよ」ある時この方は、大劇場でファンクラブからのチケット受け取りの列に向かっていた際に、「あ、〇〇さんはこの列です」と、名乗りもしないうちに誘導されたというのです。この話を聞いて僕たちは、凄いというべきか怖いというべきか、反応に困ってしまいました。顔と名前まで割れていたら、下手なことはできない。宝塚ファンの社会にはこのような側面もあるようです。

◆ファンがスターを「育てる」

 少し話を変えましょう。『ヅカ社』の感想を話し合っている時に、「ベテランのファンが新人のジェンヌさんに演じ方や歌い方を指導するという話が凄いと思いました」という話が出ました。この話、僕も『ヅカ社』を読んでいてとてもめちゃくちゃ面白いと思ったポイントの1つでした。宝塚ファンは時に、母が娘を育てるように、推しの様子を見守りアドバイスをするというのですから。

 この話を聞きながら、僕は、ファンがジェンヌさんのことを「生徒」と呼んでいることを思い出していました。実際、ジェンヌさんは全員宝塚音楽学校で2年間勉強してから研究生として劇団員になるのですが、劇団員になった後のジェンヌさんのことも、ファンはしばしば「生徒」と呼ぶようです。この呼び方のうちには、生徒は指導し育てる対象であるという意識が込められているような気がします。『ヅカ社』の中でもファンの活動はしばしば育成ゲーム的であるという風に書かれていました。

 もっとも、ファンによる指導的なかかわりの持ち方は人それぞれのようです。話の中で、京都サポーターの男性が「売れてない頃から応援してた子が売れたっていうのは、ファンにとって優越感につながるものなんですかね」と話したのに対し、飛び入り参加の女性が「それもありますけど、中にはジェンヌさんが売れてくると、もう私の知ってるあの子じゃないって言って、また別の新人さんを応援するようになる人もいます」と答える一幕がありました。これもめちゃくちゃ面白い話でした。

 この女性によると、ファンの生徒の追いかけ方は本当に様々で、1人の生徒を新人時代から追いかけ大成するまでを見届ける人もいれば、ひたすら若手を追いかけたがる人や、「勝ち馬に乗りたい人」つまりトップクラスのスターの応援ばかりする人など、色んな人がいるそうです。勝ち馬ファンに至っては、生徒を育てる気はあまりなさそうですね。ともあれ、この女性によると、序列と競争の仕組みがかっちりしているタカラヅカは、このような様々なファンの思惑に応えることができるといいます。これはとても重要なポイントだと、僕は思いました。

◇     ◇     ◇

 テーブルトークはもう少し続くのですが、長くなってきたのでここで一旦話を区切ることにしましょう。

 やってしまいました。宝塚歌劇では長尺ものの演目でも二幕で終わるというのに、僕の読書会レビューは第三幕へ突入してしまいます。これじゃあまったく反則です。

 うう、許してください皆さま。というより、そこあまり気にしないでいてください。

 もっとも、トークの内容も半分以上は振り返れたと思いますので、あとは一気に書き出して、そして怒涛のラストを迎えるのみとなります。次回、今回全く登場しなかった「ヅカ社実行委員会」が再登場、そして、読書会は大団円を迎えるのでございます。どうぞ皆さま、乞うご期待!

 13時40分が近付いてきた。会場には既に、12人の参加者全員が揃っている。

 30分リピートし続けた「すみれの花咲く頃」が鳴り止み、部屋の明かりが落とされる。まだざわつきの残る中、僕はスマホの画面を押した。「ブー」という開演ブザーの音が鳴り響き、程なく止む。それを合図に、ヅカ部長が口を開いた。

「みなさま、本日はサクラカフェ、もといサクラヅカ大劇場へお越しくださりありがとうございます。ただ今より、宮本直美・作、ヅカ社実行委員会・演出、課題本読書会『宝塚ファンの社会学 スターは劇場の外でつくられる』を開演いたします。最後まで存分にお楽しみください」——

◇     ◇     ◇

 というわけで、3月17日に行われた彩ふ読書会@京都の午後の部・課題本読書会の模様を、これから振り返っていこうと思います。いや、この書き出しで「というわけで」ってどういうわけよ、とお思いのそこのあなたよ、案ずるなかれ。これから全てをご説明差し上げましょう。

 改めて、今回の課題本をご紹介しましょう。宮本直美さんの『宝塚ファンの社会学』、通称『ヅカ社』です。

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 いよいよやって参りました。読書会で存分にヅカを語る会。課題本発表の時点から、この会は読書会内部でかなりの注目を集めておりました。ある者は嬉々とし、ある者は畏怖の念に駆られる。ともあれ一同は震撼し、やがて「何かが起こる」という期待で胸を膨らませたのでございます。

 もっとも、『ヅカ社』そのものは宝塚歌劇の魅力をアツく語る本ではありません。自身宝塚ファンであり、ファンクラブの所属歴もある宮本さんが、その経験をもとに、宝塚ファンの活動を詳しく紹介しつつ、ファン活動の秩序や統制が保たれる仕組みについて社会学的な試論を展開した1冊です。つまり、ファンクラブという1つの社会の姿を描くことを目的にした本なので、後で見るように、テーブルトークの中では、その社会の仕組みを巡って色んな議論が交わされています。とはいえ、同時に宝塚歌劇そのものについての話も沢山出たのは確かなことで、読書会は多分にヅカ化されていたといっていいでしょう。

 さて、課題本読書会は、冒頭の通り13時40分ごろに始まり、1時間半ほど続きました。参加者は全部で12名で、トークは2つのグループに分かれて行いました。ちなみに、普段の読書会ではそれぞれのグループは「A」「B」という名前なのですが、今回は宝塚仕様で「花組」「月組」でございました。受付の際に「今日は月組でお願いします」と言われて、「ハハハ、あ、今日はそういう……!」といきなり笑われたリピーターもいたので、たぶんウケは良かったんだと思います。

 僕は花組に参加し、進行役も務めさせていただきました。メンバーは他に5名。①午前の部で進行役を務めてくださった京都サポーターの男性、②いつも胸がキュンキュンしそうな小説を紹介してくださる大人しめの男性、③昨年11月の初観劇から光の速さでヅカ沼に沈んだ読書会ヅカ部2番手の女性、④哲学カフェ・ヅカ・特撮・講談ととにかく多彩な関心を持つアグレッシブな男性、そして、⑤『ヅカ社』に惹かれて来たものの間違って午前の部に申し込んでしまい飛び入りで午後の部に参加された初参加の女性、という、書き出してみるからに濃いメンバーでした。

 既に述べた通り、テーブルトークは、宝塚ファンのシステムに関する話と、タカラヅカそのものに関する話を織り交ぜながら進行していきました。飛び入り参加の女性が、なんと現在もファンクラブに入られていて、この方が色々と話してくださったお陰で、ディープで実り多いトークになりました。

 それでは、その内容に話を進めましょう。と、言いたいところなのですが……

◇     ◇     ◇

 どうやら僕は大事なことを言い忘れていたようです。

 そもそも冒頭で書き出した一幕はなんなのか。そして、ヅカ部長の言葉に出てくる「ヅカ社実行委員会」とはいったい何者なのか。

 ざっとご説明いたしましょう。「ヅカ社実行委員会」とは、『ヅカ社』課題本読書会をジャックし、ヅカ化を加速させつつ、とにかく面白く楽しい会の実現を目指す有志の集まりでございます。もっとも、正式にメンバーを集めたわけではなく、飲み会帰りにヅカ社の会でやりたいことを数多妄想していたイツメンが勝手に名乗り、代表を巻き込んで組織したゲリラ的な集まりでございました。さらに言えば、ヅカ化を加速させる会といっても、ヅカ部長以外は観劇回数1回以下の人間ばかりで、実質的には悪ノリ集団に近いものがございました。もうお察しと思いますが、僕はヅカ社実行委員の1人でございます。

 ヅカ社実行委員による当初のヅカ化計画は、それはもう途方もない妄想の数々でございました。貸しカフェにあるロフトへ続く階段を宝塚大劇場の大階段に見立て、ヅカ部長が歌いながら階段を降りてくる一幕を設けるとか。そのために羽根の付いた衣装を用意し、部長にヅカメイクを施すとか。ヅカの開演前の風景を再現すべく、指揮者役を1人つけるとか。その指揮者は、本来舞台より一段下に立っていて頭ぐらいしか見えない人だから、貸しカフェにあるキッチンカウンターの向こうに潜んでもらうことにしようとか。とにかく妄想の限りを尽くし、立っているのが辛くなるほど笑ったところで、我々は漸く落ち着きを取り戻し、現実的な計画を練り始めたものでした。

 当日実現したヅカ化計画は、大きく2つ。そのうちの1つが、冒頭の一幕です。昼休みのうちから「すみれの花咲く頃」を流し続け、午後の部開始と同時にフェードアウトさせる。そして、間髪を入れずに、宝塚大劇場の開幕の場面を再現してみせたのです。場内が暗転し、開演ブザーが鳴り響く。それが止むや、トップスター、すなわちヅカ部長による開演アナウンスが流れ出す。

「みなさま、本日はさくらカフェ、もといサクラヅカ大劇場にお越しくださりありがとうございます。ただ今より、宮本直美・作、ヅカ社実行委員会・演出、課題本読書会『宝塚ファンの社会学 スターは劇場の外でつくられる』を開演いたします。最後まで存分にお楽しみください」

 そして場内が明転し、いつもの読書会が始まったのでございます。

 ヅカ社実行委員会の大仕掛けはもう1つありますが、それは読書会の最後に登場しますので、ひとまず読書会の話に移りましょう。と、言いたいところなのですが……

◇     ◇     ◇

 些か話が長くなってきたので、読書会本編の振り返りは次回に譲ろうと思います。あまりに規格外のことをやり過ぎたがために、レポートまで規格外になってしまいました。読書会のレポートだっていうのに、暗躍していた実行委員の話をして終わりって、そりゃないですよね、そこのあなた。

 何はともあれ、続きをお楽しみに。

 なお、個人的な事情で恐縮ですが、明日春分の日、リレーマラソンと、そしてヅ観劇イベントを控えており、忘れないうちにその記録もざっとつけておきたいので、レポートの続きは次々回になる予定です。引き延ばしまくってすみませんが、悪しからずご了承ください。

 3月17日、京都・北山にある貸カフェにて、今月の彩ふ読書会@京都が開催されました。というわけで、例によって数回にわたり、会の模様を振り返っていきたいと思います。

 今回の読書会は、①午前の部=参加者がそれぞれ好きな本を紹介し合う「推し本披露会」、②午後の部=事前に課題本を読んできて感想などを話し合う「課題本読書会」、③夕方の部=毎回テーマを変えて行う「実験的経験会」の3部構成で行われました。ですので、僕の振り返りも3回を目途に書き進めたいと思います。この記事では、①午前の部=推し本披露会を振り返ることにしましょう。

 推し本披露会は、10時40分に始まり、12時過ぎまで続きました。参加者は全部で21名で、3つのテーブルに分かれて本の紹介を行いました。11時45分ごろから、他のテーブルの人に向けて自分の持ってきた本を紹介する全体発表も行っています。とはいえ、印象深いやり取りが交わされるのはやはりテーブルトークの時間なので、ここからは、僕が参加したテーブルに絞って、どんな本が紹介されたのか、そして、その本を巡ってどんなやり取りがあったのかをご紹介したいと思います。

 僕のいたテーブルには7名の方がいらっしゃいました。①哲学カフェにハマっている京都サポーターの男性、②「本はフィーリングで買ってます」という初参加の女性、③主に推理小説をたしなんでいる参加3回目の男性、④海外文学作品がお好きな初参加の男性、⑤英文学科出身でたまに原著にも挑戦しているという参加3回目の女性、⑥僕、そして、⑦森見登美彦作品と鉄道をこよなく愛する参加2回目の男性(僕にとっては以前からの知り合い)という方々でした。進行役は①の男性サポーターがやってくださったので、僕は気楽に参加し、テキトーに茶々を入れながら、たっぷりメモを取らせていただきました。

 それでは、本の紹介に話を進めましょう。

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◆①角幡雄介『極夜行』

 進行役を担当された京都サポーターの男性の推し本。本屋大賞とYahoo!ニュースが共催するノンフィクション本大賞で見事大賞に輝いた、角幡さん自身の探検記です。

 探検の舞台はグリーンランドの北緯80度ライン。ここでは「極夜」すなわち一日中太陽が昇らないという現象が4か月近くも続きます。そんな暗闇の中で探検すると何が起こるのか。そして、4か月ぶりに太陽を見た時、人は何を思うのか。そんな好奇心を胸に、角幡さんは探検に出掛けます。

 もちろん、事前準備は入念にしていたそうです。それも4年もかけて! 自分が進むべき道を確認し、行く先々に備蓄テントを張っておく。それでも、探検は苦難の連続。初日から激しいブリザードに遭い、六分儀という測定具を飛ばされてしまったり、備蓄テントが熊に襲われて残骸と化していたり。しかし、角幡さんは星明りと、道を確認した時の足の感覚を頼りに、先へ先へと進んでいく——

 想像を絶する世界の話が次から次へと飛び出すので、ただただ圧倒されてしまいましたが、とにかく内容が気になる1冊でした。紹介された男性曰く、命の危険と隣り合わせの経験をしているとは思えないほど文章が軽妙で、それも魅力的とのこと。これはぜひ手に取ってみたいですね。

◆②ヤマザキマリ『国境のない生き方』

 初参加の女性の推し本です。曰く「人生を変えてくれた本」とのことで、一発目からエース登場といった感じでした。

 トークが始まってまず面白かったのが、この本との出会いのエピソード。女性がこの本を買われたのは、池袋にある梟書茶房という本屋兼カフェだったそうですが、この本屋では、売られている全ての本にカバーが掛けられていて、タイトルや装丁がわからないようになっているというのです。そして代わりに、それぞれの本の中身を紹介したカードがカバーに付されていて、お客さんはそのカードを頼りに、姿の見えない本を選ぶのだとか。まさにフィーリング買いの極致。その結果人生を変えてくれる本に巡り合えるなんて、ラッキーなことですよね。

 本の話に進みましょう。『国境のない生き方』は、『テルマエ・ロマエ』などの作品で知られるヤマザキマリさんのエッセイ集。中学生の時から1人で海外に行くようになり、今もイタリアに住まれているヤマザキさんの考えに触れていると、日本人の凝り固まった考え方がほぐれていったと、紹介された女性は言います。印象に残った言葉は、「言わなくてもわかってくれるなんてありえない」。察する力を重んじる文化は日本特有のもので、世界的に見ればナンセンス。意見をぶつけ合い教養を積んで経験を豊かにしてはどうか、という話に、テーブルにいた他の方々も「うんうん」と頷いていました。

 持ち時間も終わりが近付いた頃になって、紹介された女性は「色んな人の考え方を知りたいと思っているので、ヤマザキさんの考えをよく知ることのできるこの本はとても良かったです」とおっしゃっていました。そこで僕がふと「なんだか哲学カフェぽいですね」というと、哲学カフェにハマっている進行役が突然「ありがとうございます」と頭を下げられていました。何のお礼だったんでしょう。いや、気持ちはわかるんですけどね。

◆③北村薫『月の砂漠をさばさばと』

 推理小説好きの男性からの推し本です。北村薫さんは日常の謎系と呼ばれるタイプの推理小説を得意とする方だそうですが、この本は推理小説ではなく、9歳のさきちゃんと、そのお母さんの日常を綴った短編集だそうです。ふと、2週間前の大阪の読書会で『さきちゃんたちの夜』という、さきちゃんを主人公にした短編集が紹介されていたのを思い出しました。それに続けてこの本。読書会は今、空前のさきちゃんブームを迎えているのでしょうか。

 閑話休題。紹介された男性曰く、北村薫さんの作品の面白さは、作者と登場人物がイコールなんじゃないかと思えるくらいリアルな描写にあるそうで、この本でも、小さい子どもをもつお母さんのリアルがよく描かれているそうです。小学生の連絡帳、自転車の練習、そんな生活の中の些細なアイテムが丁寧に描かれていて、懐かしさすら覚えるとのことでした。ちなみに、この本は文庫ですがカラーの挿絵入り。挿絵もほのぼのとした懐かしい感じのするものでした。

 しかし、この本はただほのぼのとした作品というわけではなく、日常生活に潜む影の側面もその中に描き込まれていると男性は言います。さきちゃんにはお父さんがいません。彼女はそのことをずっと気にしていますが、お母さんの前では口をつぐみます。しかし、寝る前に絵本を読んでもらっていて、出てくるキャラクターの名字が途中で変わるシーンがくると、さきちゃんはドキリとしてしまうのだそうです。絵本の設定が気になるという話はさておき、日常に潜む影を直接書かず、文字通り影として描くことにより引き立たせるというのは凄い描写法だと、僕は思いました。

◆④ウンベルト・エーコ『前日島』

 初参加の男性からの推し本です。海外文学がお好きとのことでしたが、いきなりビッグネーム、しかもとても分厚い本をお持ちになられていました。職業柄そもそも読書量は多いとのことでしたが、やはり厚くて大きな本は存在感が凄まじいですね。

 エーコの作品は、エーコ自身と思われる人物が作中で手にした日記や手記をもとに話が進む「文中文」と呼ばれる形式のものが多いそうで、『前日島』もそのような作品の1つだといいます。この本では、手記の中の人物は17世紀ヨーロッパの人で、日付変更線の近くで船の難破に遭い、助かりたくても泳げないので近くの島(前日島)へ行けないといいながら文章をしたためているそうです。しかし、船中で回想を進めるうち、書き手の思考はだんだん凝り固まっていき、妄想や怪しい理屈に希望を見出すようになります。実在しない人を恨んだり、天動説に傾倒したり、不思議な粉のことを信じたり。その傾倒ぶりが面白いのだと、紹介された男性は話しておられました。

 「その怪しい理屈っていうのは、読んでて納得できるものなんですか」と尋ねてみると、「いやもうガバガバです」とあっさり返ってきました。もっとも、それに続けて、「僕らにとっては到底信じがたい論理でも、手記の書き手にとってはリアリティがあるのかもしれないとか考えるんです」と話しておられたのは印象的でした。文中文という表現形式の1つのポイントは、客観性が担保されず何が真実かがカッコに入れられることにあるという話もありましたが、だからこそ、〈その人にとっての真実〉をどう掬い上げればいいのかを考えるきっかけになるのかなと、僕は思いました。

◆⑤中野京子『橋をめぐる物語』

 参加3回目の女性からの推し本です。英語原著……ではなく、『怖い絵』シリーズで知られる中野京子さんの本でした。

 中野京子さん、『怖い絵』シリーズの印象が強いため美術系の人だと思っていたのですが、実際には歴史学者なのだそうです。『橋をめぐる物語』は、表紙こそ西洋画ですが、中は世界各地の色んな橋にまつわる解説なのだそうです。世の中には、イワク付きの橋や怖い歴史をもつ橋もある。流刑に向かう罪人が通った橋、途中で切れている橋、なぜか犬がよく自殺する橋——そんな様々な橋について、豊富な歴史の知識をもとに話が展開するそうです。「普段橋って何気なく見たり使ったりしてるけど、実はそこには知らない歴史があるかもしれないって思うと、面白いなって思いました」と、紹介された女性は話されていました。

 橋の紹介以外にも、本の中では、橋は人生の交差やあの世とこの世の境目などのモチーフに用いられるという話や、ヨーロッパ特有の宗教観に関する話などが興味深く展開されると言います。特に宗教観の話は、海外文学を理解するための助けになるので、文学入門としてもこの本は使えるとのことでした。

 一通り話が終わったあと、皆さんで本をパラパラとめくっていたのですが、そこでなんと、中野京子さんのサインが見つかり、「すごい」と注目が集まりました。また、ある参加者から、「この本文庫版で読んだんですけど、そっちだとタイトルが『怖い橋の物語』になってるんですよね。怖い話だけじゃないのに」という紹介もありました。やっぱり、中野京子さん=怖い〇〇の人というイメージがしっかりついてしまっているみたいですね。

◆⑥いとうせいこう『想像ラジオ』

 僕の推し本です。東日本大震災を扱った作品として以前からよく名前をきいていたので、この機会に読んで紹介いたしました。

 この本は全5章構成で、①津波で流され、高い木の上にあおむけに引っ掛かったまま、想像力を電波にしたラジオで声を届けようとするDJアークの物語と、②高い木の上に引っ掛かった人から声がするという噂を被災地で聞き、その声を聴こうとするけれど聴けないでいる作家Sの物語が交互に展開します。それぞれの物語も読み応えがあるのですが、それ以上に、2つの物語全体を通して問われる、「私たちは死者の声を聴くことができるのか」というテーマが心に刺さる作品でした。

 このテーマは第2章で特に強く打ち出されるのですが、そこではボランティアする若者同士のやり取りを通じて、この問いが掘り下げられています。リーダー核の若者は、「遺体はしゃべりませんよ。そんなのは非科学的な感傷じゃないですか」「そういう場所に俺ら無関係な者が土足で入り込むべきじゃない」「亡くなった人のコトバが聴こえるかどうかなんて、俺からすれば甘すぎるし、死者を侮辱してる」と言い続けます。それに対し、普段無口にしている若者がこう返すのです。「他人の不幸を妄想の刺激剤にして、しかもその妄想にふけることで鎮魂してみせた気分になって満足するんだとしたら、それは他人を自分のために利用してると思う」けれども、「亡くなった人の悔しさや恐ろしさや心残りやらに耳を傾けようとしないならば、ウチらの行動はうすっぺらいもんになってしまうんじゃないか」——

 僕もまだまだ印象に残った箇所を紹介するので精一杯ですが、考え出すきっかけとして、この引用を書き記しておこうと思います。

◆⑦前野ひろみち『ランボー怒りの改新』

 参加2回目の男性からの推し本です。「『想像ラジオ』の後にちょっとやりにくいんですが」という言葉から始まったこの推し本紹介、確かに最後にすげえのが来たという感じでした。

「大和政権がベトナム戦争を引き起こした」

 内容紹介の最初に飛び出したこの一言で、テーブルは混乱の渦に叩き落されます。そんなわけね―じゃねーか。なんで大和の時代に爆撃機が空を飛ぶんだ。てかそもそも時代設定どうなってんだ。

 「すいません、私そもそもランボーの映画が全然わからなくて」という声が次々にあがる中、「大丈夫です、僕もわかりません」と言いながら男性が話を進めるので、場内はますます混乱。「大化の改新あたりに詳しくないと読めないですか」「そんなことないです。むしろ詳しいと史実と違うのが気になって読めなくなるかと」俺たちはどうしたらいいんだ。そう思っているところへ、本を手に取り中に目をやっていた進行役が一言。「これ面白いわ」そして全員ポカン。——漸く掴んだ断片を頼りに紹介しますと、この本は、戦争映画『ランボー』シリーズの登場人物が、7世紀の日本にいて大化の改新に関わった、という設定の下に繰り広げられる妄想全開破天荒ファンタジーのようです。というかそれ以上紹介のしようがねえ。

 ちなみに、前野ひろみちさんの本は後にも先にもこれ1冊きりらしいのですが、それにしては不可解な点があると紹介された男性は言います。その不可解な点とは、森見登美彦氏が解説を書いていること、氏の盟友・万城目学氏が絶賛していること、そして、そもそもの文体が氏によく似ていて、発表当初から「夜が短くなりそうな本だ」と囁かれていたらしいこと——果たして、前野ひろみちとは何者なのか。残念ながらこのミステリー、未だ解決を見ないようです。

◇     ◇     ◇

 というわけで、なんだかもうグチャグチャしてしまってますが、推し本の紹介は以上になります。個人的には、『極夜行』がとてもビビッときたのと、初参加のお2人がやり取りにどんどん入って来られていたのが特に印象的でした。

 全体発表の後で他のテーブルも回らせていただきました。あるテーブルでは、食事や生活をテーマにした本が多く集まり、ほっこりするような話が続いたと伺いました。そのテーブルの推し本の中に『生協の白石さん』がありまして、実は僕この時初めて手に取ったのですが、本文のレイアウトも含めてとても面白く、読んでみたいと思いました。

 また別のテーブルでは、初参加の方に話を伺うことができました。「読書会って初めてで、どんなのだろうと思って来たんですけど、思った以上にアットホームでとても楽しめました」とのこと。自然と頭が下がりました。ちなみにこの方が持ってこられたのは三島由紀夫さんの『文章読本』だったのですが、僕がそのテーブルに居りますと、「三島、三島~」と言いながらどこからともなくやって来る文学青年が2人おりました。似た面持ち、似た服装の2人が並んでカニ歩きで三島に引き寄せられていくので、あとちょっとで吹き出すところでした。とりあえず、僕はこのお2人を後で“兄弟”と呼ばせていただきました。

 そんなアフターをご紹介したところで、午前の部の振り返りを締めたいと思います。次回は午後の部・課題本読書会の模様をお届けします。お楽しみに。

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