僕らが触れている世界

日々の生活の中で心に留まったことを、丁寧に、時に面白く、書き綴る、そんな日記を目指して… 現在は、参加している「彩ふ読書会」の記録や、その他参加したイベントの振り返りを中心に、日々の四方山話を書いています。できれば読書ノートなどを充実させていきたいけれど、書けば長くなりそうで、どうしたものか思案中。どうかみなさま寛大な心でお見守りください。

2019年01月

 久しぶりに盛大に寝落ちした。晩ご飯を食べたあと、明日会社に提出する課題をせねばとパソコンに向かったのだが、どうにも事が運ばない。それで暫く休憩しようと、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだら、次の瞬間、1時間半ほどタイムリープしていた。時を駆けるというより、時が欠けたようである。

 まだぼんやりする頭のままで、なんとか課題を仕上げつつ、こんな場合じゃないのにと思う。サポっていた小遣い帳をつけたり、本を読み進めたり、そして、ずっと書けないままになっている幾つかのテーマで記事を書いたり。時は流れていくけれど、やり尽くせなかった物事は流れ去りはしない。恨めしいような、けれども不思議と安心するような、そんな気持ちになって、深い息を1つつく。

 今日はこれが精一杯。

 読書会謎解き部が再び動いた。今度の舞台は谷町九丁目の近くにある大蓮寺というお寺。去る日曜日、このお寺で、お芝居を見ながら謎を解く観客参加型謎解きイベントが開催されたのである。今日の日記では、このイベントの模様、さらに、それに続く生國魂神社参拝ツアーの様子を振り返ることにしよう。

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(この画像は、walker+のイベントページより抜粋した。   
URL→https://www.walkerplus.com/event/ar0727e330634/

 今回参加したのは、ミステリー劇団P.T企画主催の観客参加型ミステリー「白い兎が逃げる」。有栖川有栖氏の同名の作品を原作とする舞台を見ながら、犯人を推理し事件の謎を解く2時間程度のイベントだ。僕ら観客は、英都大学犯罪社会学准教授・火村英生のゼミ生としてフィールドワークにやって来た学生という設定。火村同席のもと警察が進める事情聴取を45分程度観劇、もとい観察し、その内容をもとに、30分で事件の謎を解き、フィールドワークのレポートとして提出する。そして最後に20分程度の解決編を見るのである。

 ちなみに、観劇者総数は79人。実際に79人のゼミがあったら収拾つかなくなると思うし、いくらフィールドワークとはいえこの人数の学生が押し寄せたら警察も被疑者もたまったもんじゃないと思うが、そんな無粋はツッコミはやめておこう。

 さて、我々読書会謎解き部からの参加者は17名であった(ということは、観劇者の実に5分の1以上が読書会メンバーだったということである!)。17名の集団がぞろぞろ動き回るのは、どこにいても目立つ。10時15分に谷町九丁目駅で集合した時、遠目にもそれとわかる集団がいて、僕は何メートルも前から笑ってしまった。それから歩道いっぱいになって大蓮寺を目指し、應典院という建物に入ると、受付ロビーは僕らだけで埋まってしまったものだった。

 会場は、落語の高座のような四角い舞台を雛壇状の客席が三方から囲む形で、僕らは入口から一番遠い一画にダンゴになって座った。最近読書会に来始めたばかりの方もいたので、劇が始まるまでは互いに自己紹介などをし合っていた。

 11時、開演。——登場人物はある劇団のメンバーたち。メンバーの1人をストーカーしていた男が何者かに殺害されたため、リハーサル中に事情聴取を受けている。警察は、男を迷惑がっていた劇団員の中に犯人がいると睨んでいるが、メンバーにはそれぞれアリバイがあった。しかし、様子を見聞きしていた火村准教授は、彼らの中に犯人がいることを見抜く。——ここで前半45分の劇が終わる。それから30分の間に、いま見た劇の内容と、途中で配られた資料をもとに、犯人とトリックを推理していく。レポートは個々人が提出するので、グループで来たものの殆ど言葉もないまま、あーでもないこーでもないと頭を捻る時間が続いた。

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 イベントの性質上ネタバレは厳禁であるが、ここで差し障りない程度に推理の過程を追ってみたい。

 劇開始早々、僕がまず思い返したのは、12月に梅田でまち歩き型謎解きゲームに参加した時の、ある謎解きベテランの金言だった。

「資料は余すところなく使う」

 実を言うと、この金言に従うだけで、怪しい人物は絞られた。とはいえ、これでは、2時間ドラマのテレビ欄を見て、大御所俳優の名前を指差し「こいつが犯人だ!」というのとさほど変わらない。劇の内容をもとに、犯人を特定する手掛かりを見つけなければ、推理としては不完全だ。

 その決め手は、しかし、観劇中に見つかった。ある描写が執拗に掘り下げられていたことがきっかけだった。その時僕はよほど興奮したらしく、劇の内容をメモしている最中だったのだが、気付けばメモ欄に「なるほど」と走り書きしていた。

 ともあれ、あとはトリックを暴くだけである。だが、これが意外に難しかった。頭の中で、名探偵コナンのお馴染みの台詞がこだまする。「間違いない、犯人はあの人だ。けど、いったいどんな手を使ったっていうんだ——?」

 それからは資料とのにらめっこだった。アリバイを崩すことのできる無理のないトリックは何か。時折「あかんなあ」とつぶやきながら、ペンを動かす。10分ほどして、これならいけるというプランが練り上がった。

「わかりましたよ」

 思わず口に出してしまってから後悔した。大見得切ってロクな目に遭った試しがない。下の席から「ええー」という声が上がった。

 隣のメンバーから「謎は全て解けましたか」と尋ねられる。答えをじっちゃんの名に懸けることができなくて、「辻褄は合いました」とだけ答えた。

 ただ、細部の粗はともかく、着眼点に自信はあった——

 レポートを提出して程なく、解答編が始まった。火村准教授の推理を、固唾をのんで見守る。

 犯人、絞り込みの方法、トリックの大筋、全てレポートの通りだった。それぞれ細部には粗や誤りがあったが、要点はバチッと押さえられた。やったと思った。

 劇が終わり、礼する出演者を三方からの喝采が包んだ。

 それから、レポート優秀者への記念品の授与が行われた。イベント特製のお菓子が、火村准教授から直々に渡される。クールで難しい顔をした近付き難い准教授が、にわかに笑みを湛えて優秀者のもとを回り、握手を交わしている。男でも惚れるほどのイケメンである。

 優秀者が順々に呼ばれ、最後の一人の番を迎える。

「ひらがなで、ひじき様」

 呼ばれた。

 火村准教授が間近にやって来る。そして、目を合わせて笑いながらお菓子と握手をくださった。

 めちゃくちゃ嬉しかった。

 会場を後にし、明るい場所に出てから改めてお菓子をみる。袋に赤いハンコを模したシールが貼られていて、「優 犯罪社会学課外授業 2019.01.27 火村」と印字されていた。

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 謎解きイベントの話はこれで終わりなのだけど、折角の機会だからとランチが予定されていた。それまで時間があったので、みんなで生國魂神社へ詣でることになった。もとより、今回の謎解き部は、会場がお寺ということもあり、神社仏閣部とのコラボ企画として進んでいたから、生國魂神社にも自然と足が向いた。

 余談であるが、「白い兎が逃げる」の原作者・有栖川有栖氏の連作短編集『幻坂』に、生國魂神社が登場する話がある。その中で、生國魂神社は、本殿の他にも浄瑠璃の神様をはじめ様々な神様を祀ったお社を持っており、1つの境内であらゆる神を祀らんとする強欲とも合理的ともとれるその様はいかにも大阪的であると評されている(と、僕は記憶している)。翻って我々である。僅か4、5時間のうちに、謎解きをして、神社に詣でて、ランチに赴かんとしている。どうやら、地は争えぬようである。

 もっとも、参拝について言えば、僕らは本殿に詣でるばかりで、その後は各々、御朱印を授かったり、おみくじを引いたり、話に興じていたりした。

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 僕は御朱印を授かった。ここでまたしてもラッキーが訪れる。生國魂神社では1月の間だけ、通常の御朱印とは別に、その年の干支を誂えた特別な御朱印を授けてくださるのだ。僕は通常の御朱印と干支の御朱印を、見開きにセットでしたためてもらった。真ん中に猪の描かれた干支御朱印は、カッコ良くもあり、まあるくもあった。

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 その頃、おみくじ部隊で盛り上がりが起きていた。というのも、生國魂神社のおみくじには、他のところでは見かけない変わったものが幾つかあったからである。その一つが、「凶吉向(きょうきちにむかう)」。今は凶だがこれから運気が好転するというおみくじで、各項目の一言も前向きなものが多いと評判だった。そしてもう一つ、注目を集めたのが「平(へい)」である。吉凶の並びのどこに位置するのかさえわからない全く謎のおみくじだが、引いた方によると、「平」とは即ち「平穏であれ」ということらしい。各項目の一言には、とにかく「気長に待て」とばかり書いてあったそうだ。

 この盛り上がりにつられておみくじを買う人が何人か現れたが、結果は「小吉」「末吉」ばかりで、運気はともかく「ネタにならん」という嘆きがあちこちから漏れた。

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 ランチの会場は上本町のサイゼリヤであった。滞在時間は1時間ほどであったが、その間に、読書会のこと、本のこと、そして、それぞれの趣味のことと、次々に話が進んでいったので、もっと長い時間喋っていたような充実感があった。

 さて、以前何かの記事でも書いたが、基本的には、盛況した食事会ほど語るに値しないものはないと言っていい。しかし、今回は1つだけ書いておかねばならぬことがある。

 皆さんは「沼」というものをご存知だろうか。ある対象に魅了され、心を奪われた者は、必ず「沼」に落ち、そして二度と這い上がることはないという。

 読書会のこれまでを振り返ってみると、最初に出現したのは「ヅカ沼」であった。すなわち、タカラヅカをこよなく愛する者の「沼」である。それは、ヅカ部の部長をして「夢という名の底なし沼」と言わしめるほどまばゆく、輝きの余り目先と足元をくらませ沼に落ちる者は後を絶たない。そして、落ちた者の姿は、気付いた時には見るべくもなくなる。ヅカ沼とは、そのような深淵にして神秘に満ちた沼である。

 そしてこのほど、新たに出現したのが「特撮沼」である。ウルトラマン、仮面ライダー、戦隊もの、ありとあらゆる特撮作品に手を伸ばし、物語を愛し演者を愛でる、これまた愛に溢れた沼である。某公共放送の特撮推しにも後押しされたか、この沼の立てた波風はヅカ沼をも凌駕するほどの勢いで吹き上がり、いまや沼界の勢力図を折半せんという域に達している。

 このところ読書会では、口を開けば沼が開くいっても過言ではないほど、沼が盛況である。たとえその気がなかったとしても、いつの間にか、全ての話題は沼に収斂する。僕にはもはや、読書会そのものが巨大な湿地帯に見えて仕方がない。

 いずれにせよ、数多の話題に花咲かせていたサイゼリヤのランチ会場は、気付いた時には、手前にヅカ沼、奥に特撮沼が出現し、見事二大沼拮抗の様相を呈していた。

 はてさてこんな書き方でよかっただろうか。もちろん、この項の記述には相当の誇張があるし、経験豊富な皆さんは、湿地帯の端で身を細めて揺れている葦の存在を忘れるような真似はしない。事実、とことんハマれる何かを持たずにここまで来てしまった僕のような考えぬ葦が、朽ちることなく沼界の軌跡を追い続けられるのは、初心者にも寛容であり、かつ、魅力あふれるパフォーマンスで好きなものをとことん語る皆さんのお陰である。

 ともあれ、盛況のうちにランチが終わり、第2回謎解き部は解散の運びとなった。

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 いかがだったでしょうか。最後は勢いで書いてしまいましたが、以上、いつも賑やかな読書会の話でございました。

 明日は何を書くでしょうか。わかりませんよ、日記ですから。というわけで、ではまた!

 1月の仕事が山場を迎えている。仕事日が少なかったことなどから、1月はずっと山場だったような気もするが、分けても今は最後の大山に挑んでいる感がある。今日を乗り切ればあと2日は多少気分が落ち着く。そう思うと、目に生気が戻る思いがするのだった。

 今日は元々別の話をするつもりでいて、そちらの文章も8割方完成させたのだけれど、あと2割が間に合わなかったので、代わりにこれで。

 今日も今日とて京都の話。前回・前々回に続き、文学フリマ京都探訪記を綴ろうと思います。歌人・なべとびすこさんのブースへ歌集を買いにきたMさん(読書会の大先輩)と僕は、せっかくなのでと、なべとさんにお題を出して即興で短歌を詠んでいただきました。するとそこへ横から刺客が現れて……というところで前回は終わっておりました。今回はこの話の続きから初めて、フリマ探訪を終えるところまで一気に書いていこうと思います。

◆即興短歌合戦

「こちらでも、1つ即興で詠みましょうか」

 そう言ったのは、隣のブースにいた男性作家だった。「え、いいんですか?」と尋ねると、「もちろんです」と返ってくる。

「じゃあ、私はお題・不登校で」

 Mさんはお題を変えなかった。一方僕は、さっきセンター試験をお題にして「重い」とツッコまれたので、

「じゃあ僕は初詣で」

 とお願いした。「おー」という感嘆が返ってきた。

 短歌ができるまでに2、3分ある。その間、Mさんはずっと話をしていた。

「2人はグループで活動されてるんですか?」
「あ、いえ、僕らは別々の出展で。ただ、なべとさんのことは前から知ってました」
「前から短歌作られてたって感じですかね~」
「いや、実は僕結構変わった経歴を持ってまして。中学生の頃から小説とか書いてたんですけど、高校生の時に縁あって川柳に目覚めて。ただ、なんか違うなと思って、ちょっと前から短歌やってるんです」
「へえ~すごいですね」
「いやもう、飽きっぽいというか、どれも中途半端というか」
「いやいや、わかりますよ。私も中学生の頃自分で小説作って回してたんで」

 などなど言っているうちに、短歌が仕上がったようだ。まず、不登校の短歌が、続いて初詣の短歌が、それぞれ一筆箋にしたためられ、僕らの手に渡される。初詣の短歌は次のようなものだった。

  五円玉がないことを気にする人と
  人ごみにいて、僕も気になる
           もりもとa.k.aにゃん

 わかる、めっちゃわかるという一首だった。僕も神社のお賽銭は5円がいい人であるが、事前に用意するのは忘れがちなのだ。「気にする人」にも「気になる僕」にも、親近感が湧く。

 そんなことを思いながら一筆箋を眺めていた時だった。

「よかったら、初詣で詠んだやつがあるので」

 なべとさんからだった。「いいんですか?」と尋ねると、「サービスです」と告げられた。「ありがとうございます!」と喜んでいただく。

  賽銭を投げて祈って目を開ける
  隣で友はまだ祈ってる
          なべとびすこ

 これもわかるなあという一首だった。お祈りの長い人は必ずいる。何をそこまでと思うのだけれど、同時に、自分の不熱心さへの不安も湧き出す。そんな場面を詠んだ一首だと思った。

 それにしても、と僕は思う。初詣という言葉自体は使わずに、参詣の道中やお参りの瞬間を切り取って、こうも鮮やかに表現できるものなのか。

 それから暫く会話を続けた後、僕らは別のブースへ向かうことにした。

◆日常エッセイに弱い男

 前回の記事で書いた通り、文学フリマの日、僕は活字が読みたくないという場違いな気分に苛まれていて、文字数の少ない歌集を中心に買いたい本を絞っていた。しかし、1冊だけ例外があった。「ひとくちギョウザ」さんという方の『おもしろきこともなき よをおもしろく』という本だ。

 この本が気になったのは、Mさんと合流する前、一人で会場を回っていた時である。ブースの前を通った時、POPに書かれた「日常エッセイ集」という言葉に目が釘付けになった。僕はこの言葉に弱い。無条件に弱い。自分が日記書きだから。そうである以上、活字フォビアという目下の艱難を排しても、この本だけは買うと決めていたのだ。

 Mさんに「どうしても買いたい本があるんです」と言い、2人でブースへ向かう。350ページある分厚いエッセイ集が、机の上にドンと積まれている。向こうに座っているのは、肉付きの良い身体がほんわかと丸い男性だった。

「中身拝見してもいいですか?」

 見なくたって買うのに、僕はまずそう言った。

「どうぞどうぞ、ぜひ」

 そう言って勧められるままに、ビニールコーティングされていない1冊を手に取る。そんな僕の横で、Mさんは早速話し込んでいた。さっきからずっとそうだが、この人の相手の懐へ飛び込んでいくスピードは尋常じゃない。

「ひとくちギョウザさん、っておっしゃるんですね」
「あ、はいそうです」
「ギョウザお好きなんですか」
「そうではなくて……私耳が小さいんで、こうやって丸めると」
「あはは、ホントですね!」

 顔を上げ耳元を見てフフフと笑う。僕はそろそろ、自分がここへ来た理由を話さねばと思った。

「さっきブースの前を通りかかった時に、日常エッセイって言葉に魅かれたんですよ」
「あー、ありがとうございます」
「僕も日記ブログをやっているので」
「そうなんですね」
「あと、こちらの方も毎日ブログ更新されてるんですよ」

 と、僕は話をMさんに振る。

「あの、アメブロでね、読書ブログを書いてまして、時々読書以外のことも書くんですけど」

 そして、行動力の化身Mさんは早速、自分のブログを紹介している。後塵を拝した僕は、「そのブログからリンクで飛べるんで探してみてください」とこっそり言い添えた。

 ところで、僕はずっと気になっていたことがある。

「実は僕何回か大阪・京都の文学フリマ来てるんですけど、お見かけしたことないなと思って」

 すると、

「そうですね。実は今日が初めてです」
「あーそうなんですね」
「創作は中学生の頃からずっとやってたんですけど、本を出すのは初めてで。それでいろんなところで本を売ろうと思って。文学フリマも初めて参加で、今日名古屋から来ました」

 その時僕は心のどこかで、机のこちらとあちらに見た目以上の距離を見ていた。

◆アンバサダー登場

 ひとくちギョウザさんとのやり取りはまだまだ続く。話しているのは主にMさんだ。

「こういうの書く時って、誰かと一緒にやったりとかするんですか?」
「いや、特に誰かとっていうのはないですね」
「そうなんですね。実はなんですけど、私たち京都で読書会やってまして、読書仲間なんですよ。よかったらどうですか」

 明らかに流れが変わったのを感じた。買い手の”好きなもの”への情熱が、売り手のそれを凌駕しにかかっている。

 何を隠そう、Mさん、読書会でサポーターズからアンバサダーの称号を贈られた、読書会最強の宣伝部員なのである。なんだったら、僕が書き損ねただけで、なべとびすこさんにも読書会の宣伝をして、午前中に読書会で貰ったチラシをそのまま渡していたりする。

「あーそうなんですね。読書会、気にはなってるんですけど行けてなくて」
「京都と大阪で毎月やってて、私今日も午前中出てからこっちへ来たんですね。京都には名古屋から来てくださる方もいるんですよ。ですから」
「へーすごいですね。それはちょっと、ぜひ」

 それから暫く「好きな作家さんはいてはるんですか」といった話が続いていたが、突然、Mさんが言った。

「ごめん、まだまだ話足りないと思うんやけど、私そろそろ帰らなくちゃいけなくて」

 それで僕は急いで本を1冊購入した。

◆戦利品

 それから僕らは会場を出て、右手の階段を降りたところにあるロビーに向かった。そして、人のいない場所を見計らって、戦利品の撮影をした。ブロガー歴の長いMさんは、写真映えを意識し、本の配置にもこだわっていた。時間がなくても手は抜けない。でも、その気持ちはよくわかる。

 会場を回っている間、何度か言われたことがある。

「私とひじきさんって、結構似てるとこあると思うんですよ」

 バタバタしながらこだわりぬくところとか、確かにそうだなあと思う。ただ、僕とMさんはやっぱり違う人間で、僕にないものをMさんは沢山持っている。会話のとっかかりの引出しだったり、切り返しの妙だったり、相手を褒める言葉だったり。

 僕はその1つ1つを反芻しながら、自分もこうなりたいなあと思う。と同時に、お陰様で、今日は今までと違う文学フリマ経験ができたなあと思う。作家さんとこんなに話したことはなかったし、僕一人だったら、どんなに興味があっても、即興短歌には手を出していなかったと思う。他愛もない感想を言い合ったり、創作歴を聞いたりするのも楽しかった。

「秋に大阪でもあるんですよね」とMさんが言う。

「あります。9月8日に」僕は答えながら、待ち遠しくてやってられないと思った。

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◆それから

 Mさんが帰った後、僕はもう1冊欲しかった本を思い出して買いに行った。それは、『OL・アラサー・山頭火』という実に尖ったタイトルの自由律俳句集だった。見本誌コーナーでパラパラめくってみて、何かグッとくるものを感じたのがきっかけだった。

 ブースを見つけて探しに行く。15時を回った会場では撤収準備が始まりつつあったが、このブースではまだ買うことができた。ただ、「ありがとうございます」という以上の言葉は交わさなかった。

 それから僕はもう一度、ひとくちギョウザさんのブースへ向かった。長話のお礼をしつつ、読書会のホームページを伝えた。最後に、「読むの遅いんでずっと後になると思うんですけど、感想送ります」と言う。「ああもうゼンゼン。お待ちしています」。

 そうして僕は会場を後にした。

◇     ◇     ◇

 といったところで、文学フリマ京都の記録を締めようと思います。長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。

 前回に引き続き、1月20日に訪れた文学フリマ京都の話を書いていこうと思う(文学フリマについては前回の記事をご覧ください)。文学フリマの探訪はこれで4度目であるが、今回、読書会の大先輩・Mさんが駆けつけてくださり、初めて、誰かと一緒にフリマを堪能することができた。Mさんのパワーで、自分一人ではためらっていたであろうことにも挑戦でき、フリマの新たな楽しみ方を開拓できたように思う。その詳細を、これからじっくり書いていくとしよう。

◆今日は歌集の気分です

 Mさんが来られたのは14時前のことだった。みやこめっせの入口へ向かうと、Mさんはショーケースに収められた工芸品を撮っていた。撮影が終わったところで挨拶を交わし、会場である第2展示室へ向かう。パンフレットを受け取って、部屋の中へ入ると、405のブースがズラリと待ち構えていた。何度見ても、熱気溢れる光景である。

「なんか懐かしい。私昔よくコミケとか行ってたんですよ」

 通路を進み始めてほどなく、Mさんが言う。Mさんは僕に負けず劣らずよく話す方で、おまけに頭の回転が早いので、次から次へと話題が飛び出してくる。コミケの話は、いつの間にか、中高生の頃自作の小説をノートに書いて回していたという話になっており、さらには、同じクラスの男子にその小説の内容にケチをつけられて激怒した話に繋がっていた。Mさんは今も、非常に熱の入ったブログを書く方である。一連の話に耳を傾けていると、その原点が見えるようで楽しかった。

 あまり寄り道をせず、会場をまっすぐ奥まで進んだ後、見本誌コーナーへ向かう。気になる本を探すなら、やはりここが一番だ。

「なんかオススメあります?」

 そう尋ねられて、

「今日は歌集が気になってるんですよね」

 と答えた。実を言うと、この日僕は調子が上がらなくて、事前に見本誌をパラパラとめくりながら、「あー活字読みたくねえ」と、何しにここへ来たと言いたくなるような感想を抱いていた。そんな僕でも落ち着いて読めたのが歌集だった。普段本屋で歌集を手に取ることはないのだけれど、ここでは違った。いざ読んでみると、1つ1つの歌の中に情景や書き手の思いがギュッと詰まっていて、文字は少ないが読みごたえはむしろ十二分だった。

 既に気になる歌集も絞っていたので、それをMさんに紹介する。と、Mさんはその隣にある本を指して、「これも気になる!」と言った。『百人一首で京都を歩く』という本だった。

「あ、それ、僕去年買いましたよ」

 覚えている。参考文献一覧を見た時、量の多さに作り手の熱意を感じて、絶対に買うと決めた本だ。そのことを話すと、Mさんは買う決意を固めたらしかった。最初に向かうブースが決まった。

◆Mさん、作家さんと話す

 『百人一首で京都を歩く』を売っているブースは、会場を一巡した時に一度見ていた。だいたいこの辺という記憶を頼りに向かうと、すぐに見つかった。ブースには、ふんわり豊かな白髪が美しい小柄な女性が腰かけていた。去年と同じ作家さんだ。

「1冊ください」

 Mさんはブースの前に立つと、はきはきと申し出た。

「ありがとうございます」

 作家さんはそう言って、ゆったりと頭を下げ、本を差し出した。その本を受け取りながら、Mさんは言葉を続ける。

「皆さんは普段から何か活動とかされてるんですか。先生を呼んで話を聞いたりとか」

「あの、私たちは京都で勉強会を開いたり、それから、京都には百人一首ゆかりの場所がいくつもあるので、実際に回ってたりします」

「そうなんですね! 私あの、娘がいま百人一首勉強してるので、家で一緒に読もうかなと思います」

「ああ、それは、ありがとうございます」

 何か買うわけではないからと、遠慮がちに突っ立っている僕の横で、あれよあれよという間にそんな会話が展開していて、ビックリしてしまった。

 これは後でわかったことなのだけれど——Mさんは「こういう場では相手や作品への思いを率直に語った方がいい」という考えをもっていて、その考えの通りに振舞っていたらしい。そういえば、このブログにも時々Mさんからコメントが寄せられる。いいものをいいとハッキリ伝える。それが自然にできるMさんはやっぱりすごいと思いながら、僕はやっぱり突っ立っていた。

◆即興短歌にムチャブリする

 百人一首のブースを離れたあと、僕らは次に、見本誌コーナーで気になると話し合った歌集を買いに行くことにした。この歌集を扱っているブースにはもう1つ気になることがあった。

「Mさん来る前にちらっと見てきたんですけど、数百円で、即興で創作しますっていうのをやってるみたいなんですよ」

「それすごいですね! 作ってもらうんですか?」

「せっかくなので」

 といったことを話しているうちに、ブースに着いた。作家さんは「なべとびすこ」さんという方で、「#tanka」という文字の入った黒のパーカーが印象的だった。

 探していた歌集は『ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる』という。一発で目を惹くタイトルである。表題作の短歌も哀愁が漂っていて印象深い。

  ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる町 でもふるさとを他に知らない

 歌集を買っている間に、Mさんは色々話し込んでいた。

「短歌詠もうって、昔から思われてたんですか」

「いや、社会人になってから思い始めて。穂村弘さんの歌集とかが好きで」

「そうなんですね。——何か目指してるものとかあるんですか?

「——めっちゃ売れたいです!」

「いいですね! そういうこと言える人好き!」

 そんな話を暫くしたところで、話題は即興創作に移った。

「なんかあれですよね、その場で短歌を詠んでくれるっていう」

「あ、はい、やりますよ」

「折角なので、お願いしていいですか?」

「もちろんです。ありがとうございます」

 それからMさんは一瞬ためらいがちに、「難しいお題でもいいですか」と断った。「何でもいいですよ」となべとさんが寛大に応える。

「では、不登校で」

 本当に凄いお題を持ってきたものだと僕は思った。

 が、続いて即興短歌を頼んだ僕も、Mさんのテーマ設定につられてしまった。

「じゃあ僕はセンター試験で」

 即座にMさんからツッコミが入った。

「ちょっと! もっと軽いお題はないの!?」

「いや、その……妹がちょうど受けてたんで」

 もっとも、妹のセンターは1日だけで終わったらしかった。応援メッセージを送り損ねたことを後悔し、土曜日になって電話したら、これからマンガを買いに行くと言ってあっさり電話を切られてしまった。まあ、おそらく、試験は上手くいったのだろう。

 そうこうしているうちに、短歌ができた。お題を言われてから2、3分でできるらしい。驚くべき早業である。なべとさんは、即興でできた短歌を短冊に清書して渡してくださった。右上には、僕の名前が添えられていた。

  ひじきさま
  雪は降る 何年経っても白く降る
  センター試験の日を忘れても
           なべとびすこ

 正直言って、その場では解しえなかった短歌だった。が、今になって漸く、センター試験の記憶が何度もリフレインされる様子を詠んだ歌なのだと気づく。白い雪が降るという表現が、そのリフレインに情景を添える。重さ、冷たさ、美しさ、その全てが一堂に会する情景を。それはともかく——

「ありがとうございます」

 そう言った時だった。

「こちらでも、1つ即興で詠みましょうか」

 そう言って名乗りを上げたのは、隣のブースにいた方だった。

◇     ◇     ◇

 そろそろ一旦区切りましょう。次回、一気に最後まで書き上げようと思います。

 なお、Mさんに贈られた短歌は前回の記事に貼ったリンクの中で紹介されています。

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