僕らが触れている世界

日々の生活の中で心に留まったことを、丁寧に、時に面白く、書き綴る、そんな日記を目指して… 現在は、参加している「彩ふ読書会」の記録や、その他参加したイベントの振り返りを中心に、日々の四方山話を書いています。できれば読書ノートなどを充実させていきたいけれど、書けば長くなりそうで、どうしたものか思案中。どうかみなさま寛大な心でお見守りください。

2018年11月

 そろそろ、溜まっていたネタを書き出していこうと思う。まずは読書の話をしよう。

 去る三連休の間に、『ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~』を読んだ。休みの間とはいえ、遅読の私がたった3日で1冊の本を読み切るのは珍しい。それが可能だったのは、この本が面白く、また読みやすかったからだろうと思う。

 本作は、北鎌倉にある架空の古書店「ビブリア古書堂」を舞台に、持ち込まれた本が呼び込む謎や事件を解決していくミステリーである。ミステリーと言っても、難解なトリックを駆使した殺人事件を解決すると言った類のものではなく、本の書き込みの謎を追ったり、盗られた本を取り返したり、奇妙なお客の抱える事情を明かしたり、そんな謎解きが続く作品だ。先だって同じ本を読んでいた“師匠”によると、このタイプのミステリーは「日常の謎」というジャンルに括られるらしい。

 本作の語り手は、23歳の青年・五浦大輔。就職に失敗し家で「プー輔」と呼ばれる日々を送っていた彼は、ある日、祖母の遺品の『漱石全集』の中に、「夏目漱石 田中嘉雄様へ」という書き込みを発見する。その書き込みの謎を解明すべく、大輔は「ビブリア古書堂」を、さらに、入院中の店長がいる病院を訪ねる。店長・篠川栞子は、病室に本をうず高く積み上げるビブリオマニアで、本の話になると夢中になるが、それ以外のことになると口をきくことができないという変わった女性だった。しかし、大輔はこの「篠川さん」に魅かれていく。彼は本が好きでありながら、自身にもわからぬ理由により、本を読むことができなかった。だから、「篠川さん」の本の話を聴きたいと思ったのだ。一方の篠川栞子も、自分の長話を傾聴してくれる「五浦さん」に魅かれていく。そして彼に、「ビブリア古書堂」で働くことを勧めるのだった。

 かくして古書堂の新人店員になった大輔は、日々、古書を巡る謎や事件に遭遇する。そして、それを栞子に話す。本の話になると途端に人の変わる栞子は、その話から一気に謎を解いてみせる。——これが本作の流れである。

 基本的に、それぞれの謎や事件にまつわる話は独立しているので、個々のエピソードとして楽しめる。しかし、本作の終盤では、それらの話が一気につながり、ある1つの事件の解決へと向かっていく(軽くネタバレかもしれない)。同じラストでは、本を通じて知り合い、本の話をすることを通じて絆を深めてきた大輔と栞子の関係に、重大な変化が生じる(重いネタバレかもしれない)。事件のスリルと人間関係を巡るハラハラが、「先を読みたい」という気持ちを加速させる、そんなラストだ。

 何だか舌足らず、もとい筆足らずな感想になってしまったが、とにかく面白い作品だったことは間違いない。本が好きな人にも、そうでない人にも、オススメしたい。特に、何かを読みあぐねている人にオススメしたいなあと、個人的には思う。



 ここ数日、疲労困憊の余り悶絶すらしていた私だが、漸く回復の兆しが見えてきた。腹痛もだいぶ収まり、お腹の鳴る音まで聞こえてきた。もっとも、胃腸が完全復活したわけではないから、食事量はまだ少なめにしている。したがって、「ぐう」という健康な音と「ゴロゴロ」という不健康な音がお腹の中から同時に響くなどということが起こる。実に困った不協和音である。私としては、早いところ「ゴロゴロ」の元凶を成敗して、ぐうの音も出ないほどぶちのめしてやりたいところだ……あれ、それじゃ「ぐう」の音も出なくなるかい?

 …………

 どうやらまだ疲れが残っているようだ。とっとと寝ることにしよう。それでは。
 

 今週初めに僕を襲った疲労はタダモノではなかった。

 月曜日、「不覚」という短い日記を書く少しの時間を挟み、家にいる間中寝続けた僕は、もうこれで疲れはとれるはずだと思っていた。ところが、翌火曜日、身体のしんどさは収まるどころか悪化した。頭痛・腹痛・関節痛のトリプルパンチが僕を襲う。高熱にうなされている時のような身の不自由さに、1日中苦しめられた。どうやら、疲れを癒そうと心身共にやわらげてやった結果、内に蓄積していた疲労がどっと全身を駆け巡ったらしい。逆に言えば、自分でも気づかないうちに、それだけの疲労を溜めていたということだ。

 家に帰った後、僕はすぐさま蒲団に潜り込んだ。そして、痛みに悶えながら、「あー」だ「うー」だと唸り続けた。何か音を立てないとやっていられない気持ちだった。

 今日になって、関節痛は完全になくなり、頭痛も気にならない程度のものになった。けれども、腹痛だけは残ってしまった。どうやら今回の疲労は胃腸に来たらしい。厄介なことである。とにかく、矢鱈と休憩に行く奇妙な若手と見られる後ろめたさと戦いながら、僕は今日も仕事を終えた。そして、家に帰るなりベッドインした。

 今日のところは、これを書くので精一杯である。

 情けない話をせねばならない。

 私は今日、昨日つけそびれた三連休二度目の京都小旅行の記録を書くつもりでいた。長文化は不可避という認識のもと、会社カバンにパソコンを入れ、帰りにカフェで作業する準備まで万端整えていたのだ。

 しかし、そこまでしておきながら、私は疲労に敗れた。

 整骨院に寄った後、真っ直ぐ家に帰り、ベッドで横になる。気付けば夜中だった。

 明日は今月最後の飲み会が控えている。飲み会のあった日に日記を書いたことはない。よし何か書けたとしても、長文を書く余裕はないだろう。昨日の話は、今日書いてしまうべきだったのだ。

 などということをグチグチ言っても仕方がない。もとより、情けないと言ってはみたものの、整骨院で「いつになく身体がカタいですね~」と言われた時点で、今日は休むと決めていた。下手な芝居はやめて、最初から潔く「別日に書きます」と言えたらどんなによかっただろう……などと考えていると、別の意味で情けなくなりそうだからそろそろ打ち止めにしよう。

 余談ながら、いつの間にか書くネタが溜まってきている。上述の小旅行記もさることながら、三連休の間に読み終えた本の話も書きたい。さらに、かれこれ10日以上もの間、「私を変えてくれた本」の精読を怠っている。考えただけで頭がパンクしそうだ。まして、ある日突然大事件が起きたらタイヘンである。ひとまず、平穏な日々よあれあれ——

 11月23日夜、京都・東山へ観月と紅葉狩りに出掛けた。その日のうちに記録をつけたかったのだが、間に合わず1日遅れてしまった。ともあれ、小旅行の記録をつけていこう。

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 今回の小旅行は、1つのツイートに触発され衝動的に決行したものだった。


 僕は歴史に精通しているわけでも古典に明るいわけでもない。けれども、このツイートを見ていると、11月23日に、「望月の歌」一千年目の満月を見たくてたまらないという気になった。そればかりではない。どうせなら、綺麗な景色と共にその月を収めたいという欲まで出てきた。

 そこへ、紅葉狩りがしたいという、まったく別の思惑が結びついた。今年まだ紅葉狩りに行けていないということに、僕は忸怩たる思いを抱えていた。そして思った。もしかしたら、観月目当ての外出は、紅葉狩りの欲求を満たすまたとないチャンスじゃないか。特別な満月の夜に、月と紅葉のツーショットを見に行くなんて、実に素敵なことじゃないか! 僕の欲はみるみる膨れていく。

 そして、その膨れた欲に押されるままに、紅葉のライトアップが盛んな京都へ、僕は足を運んだのだった。

◇     ◇     ◇

 23日17時、阪急河原町駅の前から、小旅行はスタートした。人混みに押されながら、鴨川を渡り、八坂神社の前へ出る。そして、突き当たりを左に曲がる。

 最初に訪れたのは、知恩院だった。青蓮院門跡とどちらへ行こうか迷っていたのだが、知恩院の雄大な三門を見るうち、こちらに行こうと思った。

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 中に入ると、ちょうど紅葉が見頃だった。ライトアップも美しく、何枚も写真を撮る。

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 そうこうするうちに、山影に隠れていた月が昇る。
 そして、待っていた瞬間が訪れた。

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 一千年目の望月は、本当に美しい、丸く明るい月だった。
 そして、僕はその月と紅葉とを同時に見ていた。
 この上なく贅沢な気分だった。

◇     ◇     ◇

 知恩院を出たあと、僕は続けて高台寺を目指した。高台寺は、八坂神社を挟んで知恩院とは反対側にある。僕はそこまで歩いて行く。

 高台寺に行くまでの間に、二寧坂を通って八坂の塔を回るという寄り道をした。八坂の塔へ行くには、一度高台寺の前を通り過ぎて、さらに清水の方まで歩かなくてはならない。全くの遠回りだが、いっこうに構わなかった。八坂の塔にのぼる月を撮りたいと思っていたからだ。

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 途中、御陵衛士屯所跡というところを通りかかると、夜限りの絶景スポットになっていて人垣ができていた。

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 ずっと歩いていると、道の上に上がる月が、時折たまらなく美しく見えた。
 そして、八坂の塔が近づいてくる。

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 八坂の塔のふもとは、人びとが足を止めて振り返り、カメラやスマホを向けるスポットになっていた。ともあれ、撮りたかったものを撮ることができ、僕はたいへん満足した。

◇     ◇     ◇

 いよいよ高台寺へ向かう。高台寺は、名前の通り高台の上にある。道から少しのぼったところに広場があって、その広場から山側へ伸びる階段を進むと、境内の入口だった。

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 僕が高台寺に着いたのは、20時半という遅い時間だった。にもかかわらず、境内の入口には行列ができており、中へ入るまでには10分ほど時間がかかった。

 後で知ったことだが、高台寺は池に映る紅葉の姿が京都でも随一を誇るほど美しいらしく、それゆえ人気のスポットになっているそうである。実際、この池のほとりは人で埋め尽くされていて、人が去った場所へ次の人が入るという光景が何度も繰り返されていた。

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 ところで、ここで重大な誤算が発生した。いつの間にか月が随分高く昇っていたのである。辛うじて月と紅葉の写真は収められたが、肉眼では、両者を交互に見る羽目になった。

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 気付いた時には、僕はひたすら紅葉ばかり見ていた。

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◇     ◇     ◇

 高台寺を出た時、時間は22時近くなっていた。この後僕は四条へ戻り、遅い夕食をすき家で済ませた。そして、それを消化する間もないまま、梅田行きの快速急行に飛び乗って帰路に着いた。

◇     ◇     ◇

 以上が11月23日の小旅行の記録である。

 書き出してみて気が付いたのだが、実にツッコミどころの多い旅である。月が見たいのか紅葉が見たいのか、結局のところよくわからないし、それらを見にいったのか写真を撮りに行ったのかも定かではない。欲に押し流されるまま、全てが中途半端に終わったような気がする。そうやって振り返ると、またしても忸怩たる思いが募る。

 とはいえ、夜の京都を歩くのは初めてで心躍ったし、月も紅葉も綺麗だったのは確かだ。もっとああできたはずと思うことはあるが、京都まで行ったのは自分にとって正解だったと思う。といったところで、そろそろこの話は終わりとしよう。

 ところで、明日、僕は三連休2度目となる京都日帰り旅行へ出掛ける。月夜の紅葉狩りは単独行だったが、今度はグループ行動である。しかも、十人ほどのグループに新参者で入り込むという、なかなかにスリリングな展開だ。果たしてどんな旅になるのか、今から楽しみである。

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