僕らが触れている世界

日々の生活の中で心に留まったことを、丁寧に、時に面白く、書き綴る、そんな日記を目指して… 現在は、参加している「彩ふ読書会」の記録や、その他参加したイベントの振り返りを中心に、日々の四方山話を書いています。できれば読書ノートなどを充実させていきたいけれど、書けば長くなりそうで、どうしたものか思案中。どうかみなさま寛大な心でお見守りください。

2018年10月

 眠い。どうしようもなく眠い。

 これは寝不足だ。そうに違いない。

 考えてもみてほしい。それまでいかなる生真面目な表現行為もしたことのない野郎が、いきなり毎日夜遅くに日記をつけだしたのである。つけの1つくらい回ることだってあるだろう。

 よって、本日の日記これにて終了。

 どうでもいいが、来月は飲み会の多い月になりそうである。

 あ~、昨日ランチで食ったカニクリームコロッケは本当に美味かった!!

 私が突然そう叫びたくなったのは、定時を回って間もない会社事務所の自分の席でのことだった。いきなりどうしたなどと訊かれても困る。私だって何が起こったのか未だにわからないのだから。まあ確かに、梅田の自由亭のカニクリームコロッケは美味かったけれども。

 さて、こんな叫び声をあげかけた私にとって今日がどんな1日だったかということなど、つぶさに説明する必要もあるまい。

 先週金曜日の時点で、私は今日すべき仕事をやり遂げられるか不安を抱いていた。その不安に発破をかけられたお陰で、やりたかった仕事は無事やりおおせた。しかし、その代償として、新たに発生した仕事が疎かになった。夕方に至って、我ながら情けないばかりの確認不足が相次ぎ、申し訳なさで胃も心も縮み上がりそうであった。

 「君はとかく視野が狭いから」会社に入って何度も言われた言葉が耳の奥でこだまし、改めて1日を振り返る。端から見えていたものだけが見えていて、新たに見るべきだったものは視野の外にあった。なるほど、あれはこういうことかと、私は思った。

 ところで、カニクリームコロッケのことをあまりに強く思い過ぎたせいで、私は晩にコロッケが食べたくなった。会社帰り、スーパーに立ち寄り、すぐさま総菜コーナーに向かう。ところが、こういう日に限ってコロッケは売り切れであった。他に食べたいものを考えたが、思いつかない。結局、夕食は納豆ご飯になった。

 この週末にやり終えたいと思っていたことが1つある。10月8日に京都を訪れた時の紀行文を書き上げることだ。今日夕方17時前、大阪駅と北新地駅を結ぶビル街の地下飲食店街にあるセルフカフェの一画で、私はそれを書き終えた。

 3週間も前の紀行文にこだわっていたのにはちょっとした事情がある。1ヶ月前、私は会社の先輩からあるお題を出された。

「銀木犀をテーマに何か1本書いてほしい」

 この珍妙なお題が出るまでの経緯は長くなるので割愛しよう。私は当初「無理ですって!」とゴネていたのだが、いつの間にかやる気になっていた。しかし、1本書いてほしいと言われても、私には想像力がないから物語は書けない。そこで考え付いたのが、銀木犀を見に出かけ、その一部始終を紀行文に書き起こすという方法だった。果たして私は京都府立植物園を目的地に据え小旅行に出掛けた。それから3週間、随分時間が経ってしまったが、何とか紀行文は完成した。

 さて、今日の日記では元々、この紀行文を書き進めるべく敢行したカフェ巡りの模様を綴る予定であった。家にいては作文が捗らないと判断した私は、朝のうちから大阪まで出掛けた。そして、洋風ランチの昼食を挟みつつ、カフェを2軒回って紀行文を書き上げた。それぞれのカフェはどんな風だったか、紀行文を書いている時どんなことを考えていたのか。そんなあれこれを家に帰って書くことを、私は予め想像していた。

 ところが、家に帰ってしまうと、私は元の怠け者に成り果てた。昼間に6千字も書いたじゃないか、もう今日は何も書かなくてもいいだろうと、日記さえ投げ出してしまいそうであった。それではいかんと気を持ち直して、いまやっとこれを書いているという次第である。

 おっと、6千字書いたくらいで驚くなかれ。今回の紀行文は全部で1万5千字ある。

 先輩聞こえていますか。全部で1万5千字ですから覚悟して読んでくださいよ。

 幻のカフェ探訪紀行は、ある時突然回想録のような形で浮上するかもしれないし、このまま消滅してしまうかもしれない。まああまり期待はできない。無情にも時は過ぎる。これが日記である以上、時の流れには抗えないのである。

 今日という日を振り返ってみるに、本当に何もない1日だったなあと思う。

 もちろん、細かいことを言い出せば、本を100ページくらい読んだとか、家の周りを15分ほど走ったとか、それくらいのことはあった。けれども、ほとんどの時間何のあてもなくネットをパラパラと見続け、特に目新しい発見もないままに1日が過ぎた時、真っ先に感じるのは、「何もなかったなあ」ということである。

 こういう日を振り返る時、僕はいつも2つの思いの間で引き裂かれる。1つは、時間を無駄にしてしまったという思いであり、もう1つは、そういう日があってもいいじゃないという思いである。もっとも、最終的には、心身の健康を保つため、後者の思いを採択することが多い。むろん今日とて例外ではない。

 しかし、今日のところはいいとして、明日もこうなってはまずい。土日のうちにやると決めたことが1つあるのだが、今日結局それには一切手をつけなかった。したがって、明日は今日の分も奮闘しなければならない。よし、静かで落ち着くカフェを探して出掛けるとしよう。

「今週は何事もなく終わった?」

 帰りのロッカールームの中、スーツに着替え終わったところで、先輩からそう尋ねられた。先輩は今週出張に出ていて、事務所の様子は知らないのである。

「そうですね」と私は答えた。
「上司に怒られることもなく?」と先輩がちょっと笑いながら尋ねる。
「はい、おかげさまで」

 私は苦笑いであった。今週は確かにつつがなく終わった。が……

「ちょっと週明けバタつきそうなんで心配なんですよね」
「そうなん?」
「今日作りたかったデータが全然できなくて」
「まあ何とかなるやろ」

 私たちはそのままロッカールームを出る。会話はなお続く。

「週明け会議があるんで急がないといけないのわかってたんですけどね」

 私がそう言った瞬間、先輩は何かを悟ったらしかった。

「やばいな」

 私は沈黙した。どう返すべきかわからなかった。

 暫くして、先輩が口を開いた。

「データ、午前中に作れたらいけるんちゃう?」
「あー」
「それで回覧したら間に合うやろ」
「そうですね」

 事務所を出る前、私は全く同じことを予定表に書き込んでいた。週明けもつつがない日々が続くためには、そうするしかない。問題は、予定通りことが進むかどうかだ。あまり余裕のないスケジュールであることに、私は既に気付いている。しかし、現実的な問題はともかく、今は先輩からアドバイスを受けられたことが嬉しかった。

 通用口から外へ出るところで、また別の先輩とすれ違った。先輩は屋根の外へ手をやりながら、

「雨降ってるで」と言った。

「ほんまですか」私の口を突いて出たのはそんな言葉だった。

「雨の匂いがする」

 先輩はそんな風に言う。確かに、濡れたアスファルト独特の匂いがした。今日は特にビニール臭い気がする。ビニールチューブを鼻に詰めて息を吸ったら、こんなニオイがするだろうか。

「全然気づかなかったですね」

 私はそう答えた。実際、部屋の中で仕事をしていると、天気の変化に疎くなる。とはいえ、通用口から外に出て、この匂いを嗅いでなお、雨の気配を感じ取れなかったのは不覚であった。

 私は「お疲れ様です」と挨拶してから、ひとまず外へ出た。なるほどそこそこ降っている。鞄から折り畳み傘を出して差し、すっかり暗くなった外へ歩を進めた。

 こうして週末が始まる。

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