前回に引き続き、1019日に武庫川女子大学で開かれた森見登美彦先生のトークセッションの内容について、個人的な振り返りを書き綴ろうと思います。トークセッションの概要については前回の記事に丁寧にまとめてありますので、よろしければそちらをご覧ください。え、前々回ですか。前座で終わってますが、とりあえず読んどくわという方がいたら止めませんので、どうぞご自由に。



 さて、トークセッションの内容について、前回の記事では、〈言葉から現実を創造すること〉〈書き手とキャラクターを切り離しエンターテイナーに徹すること〉という2つのトピックを取り上げ、柄にもなく文献の引用なども付けながら振り返ってきました。この2つは特に書きたい内容だったので、つい肩肘張った振り返りになってしまったかもしれません。今回はその他の印象に残ったテーマについてサクッと見ていくだけのつもりですから、肩の力を抜いてお楽しみください。それでは、早速参りましょう。

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◆作品の中でバランスを取るということ~オノマトペ、キャラの設定・配置~

 トークセッションのメモを読み返してみると、森見さんが作品を書きながら、様々な要素についてバランスを取ろうとしていることが伺える話が2つほどと出てきました。それぞれ別々の内容に関わるものですが、ここでは一気に見ていこうと思います。

 1つは、文章の質感に関するものです。この話は、「森見さんの作品には“詭弁論部”のような独特の団体名だったり、“ふはふは”みたいな他で見ないオノマトペが色々出てくると思うんですが、それらの誕生秘話があったら教えてほしいです」という質問に対する受け答えから派生して出てきたものでした。「組織名は、書いている時に思い付くことが多いですね。いざという時のストックはありますけど」「オノマトペもは、見たことのある表現を使ってるか、あとはノリで書いちゃう」そんな話に続けて、次のような発言があったのです。

「読んだことのある方はわかると思うんですけど、僕元々文章が濃かったんですね。なんか漢字もギッシリだし、ゴツゴツしていてしんどい、みたいな感じで。だから、意識してやわらかい言葉だったり、ふわふわしたものを入れてるところはありますね。そうやって質感をコントロールする。あえてカタカナやひらがなを使ったり」

 これはなるほどという感じでした。それにしても、件の“ふはふは”といい、絶妙なオノマトペが出てくるのは読んでいると堪らないなあと思います。

 もう1つは、キャラの設定や配置に関わるものです。これは『ペンギン・ハイウェイ』に関する話の中でかなり詳しく言及されていました。ちなみに、前回の記事の中で、森見さんは小説を書くにあたりまず語り手から考えているという話を紹介しましたが、『ペンギン・ハイウェイ』はまさに、アオヤマ君から生まれた小説だったそうです。

 キャラの設定に関しては、そのアオヤマ君について、こんな話がありました。「アオヤマ君って凄く子ども離れしている部分があるんですよね。でもそれだけだとアレってなってしまうから、子どもらしい部分・幼い部分も書くんです。恋心に疎いみたいなところですね。僕も疎かったけど。そうやってバランスを取りにいくことで、キャラクターが見えてくる。『なんだ、子どもなんだ』って思えるようになるんですね」これもなるほどなあという話でした。

 そして、個人的に面白かったのが、キャラの配置に関する話です。『ペンギン・ハイウェイ』に出てくる様々な登場人物は、語り手であるアオヤマ君を中心にしてどんどん生まれていったといいます

「アオヤマ君のお父さんって人間味がないじゃないですか。あれはアオヤマ君にだったらこういうお父さんがいるだろうなあっていう想像から作ったからなんですね」「あと、アオヤマ君に対して、女版・アオヤマ君ってことで作ったのがハマモトさん。それから、アオヤマ君って科学の子なんですよね。それに対して、じゃあ哲学の子をってことで生まれたのがウチダ君なんです」

 これは「なるほど」では済みませんでした。とにかく、小説の世界っていうのはこういう風にして生まれていくんだというのがあまりに衝撃的だったからです。アオヤマ君もウチダ君もハマモトさんも、上の対比には当てはまらないだけの生き生きとしたキャラクターを持っていると僕は思っていたので、こんな風に関係がハッキリ想定されていたんだというのは意外でした。それから、親から子が生まれるのではなく、子に対して父が生まれるというのは、まったく小説ならではのことだなあと思いました。この点については、ただただ「はあぁ……」となるほかなかったので、ひとまず記録だけ残して次へ進もうと思います。

◆「アオヤマ君は僕のヒーロー」

 『ペンギン・ハイウェイ』の話をもう暫く続けたいと思います。この話の中で、トークセッションの中でもダントツでカッコイイ名言が登場しました。それが、「アオヤマ君は僕のヒーロー」という言葉です。

 この言葉は、「森見さんはアオヤマ君みたいな少年だったんですか?」という質問に対する答えの中で出てきたものでした。森見さんははっきりと「それは違うんです」と答えていました。「少年時代の僕はウチダ君に近いんです。アオヤマ君は、僕の心のヒーローです」「ヒーローですね。なんていうか、ああいう活動をしてみたい。あと、アオヤマ君って自分がしっかりしてるじゃないですか。僕は違ったんですよね。しょうもないこともしたし、いじめから逃げたし」

 いま色々書きたいことが出てきて、どれから書いていいかわからないんですが——まず、とにかく意外でした。僕も、アオヤマ君は森見さんをモデルにしたキャラクターだと思っていたからです。ずっと温めてきた読みが外れたというのは、それなりにショックでした。

 でも、そのショックを補って余りあるくらい、「アオヤマ君は僕のヒーロー」っていう言葉はカッコよかった。1,800人もの聴衆を前にして、この言葉をさらっと言える人はそういないでしょう。でも、森見さんは淡々と、それでいて思いを込めて、この言葉を口にされていました。会場にいた時、僕は思わず目頭が熱くなったものでした。

 さらに、こんな話がありました。

「いや、あの……よく読者から言われるんですよ。『結局アオヤマ君も腐れ大学生になるんでしょ』って。そうじゃないと。アオヤマ君は腐れ大学生にはならないんだって言いたい。僕の中で少年はヒーローであって欲しいんですね」

 これもうるうるくる話でした。そしてまた意外な話でした。白状します。僕もまた、アオヤマ君だって腐れ大学生になるかもしれないと想像した読者の1人でした。それも、事もあろうに、もしアオヤマ君が腐れ大学生になるとしたら、『太陽の塔』の私氏になるというとんでもない邪推を働かせていたんです。何しろ、森見作品の中で日々せっせとノートをつけている大学生は、『太陽の塔』の私氏くらいのものでしたから。新たな発見を記録していた清々しいノートは、「水尾さん研究」をしたためた変態ストーカーノートへと悲しい変貌を遂げる。ああなんてことだろう。幸か不幸か、嘆くべきはこんな阿呆なことを考え付いた僕の脳みその方でした。そうなんだ、アオヤマ君は腐れ大学生にはならないのか。そうか、ごめんなさい。そして、良かった——

 そんなことを思っていた矢先のことでした。

「でも、ウチダ君は僕に似てますから、ちょっと気を付けてやらないと腐れ大学生になるかもしれない」

 会場をドッと笑いが包み、僕のうるうるは一瞬で引っ込みました。

◆「語彙力を上げるコツはありますか?

 参加者から事前に寄せられた質問の中に、こんなものがありました。これに対する受け答えは是非とも書き留めておこうと思います。

「語彙力……僕そんなに語彙力ないと思いますけどね」森見さんの回答はこんな言葉から始まりました。「えっ!?」というどよめきが起こる中、話は続きます。「たぶん、クイズ形式で出されても答えられないと思うんです。いつも文章の流れの中で言葉を見つけていくので。辞書をくまなく読んだこととか全然なくて、『あ、前に読んだ本にこんなのあったなあ』っていうのを流れて覚えていて。だから、色んな文章を読んでっていうことになると思うんですけど」

 そこで話が一度切れました。そして、

「そもそも、語彙力はあればいいってものではないと思うんですね。結局は、どういう世界をつくりたいか、どういうことを伝えたいかが大事なのであって、そのために必要な言葉があればそれでいいと思います」

 なるほどなあと思いました。ド正論だなあという感じがしました。それでいて、なんだか新鮮な考え方でした。

 コーディネーターを務めていたフリーアナウンサーの方が、感嘆の表情を浮かべながら話しはじめました。「いや、あの、私こういう仕事これまでにも何回かやってるんですけど、語彙力はあればいいってものじゃないっておっしゃったの森見さんが初めてです」他の方は、辞書を読むなりメモするなり、とにかく何らかの方法を答えていたのだそうです。そういう風に答えた方の気持ちもわかる気がしますし、その努力が凄いものであるのは間違いないと思います。ですが僕は、目的に応じて必要な言葉を使えばいい、もしそれで行き詰まったら、その時初めて新たな言葉を覚えればいいという考え方の方がしっくりくるなあと思いました。

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 他にもまだまだ色んな話がありましたが、僕が書き残しておきたいと思った内容はこれで全てになります。というわけで、森見登美彦さんのトークセッションの振り返りは以上で終わりにしたいと思います。ここまでお読みいただいた皆さま、ありがとうござい……ん? え、ちょっと、なんです、あなた。お呼びじゃありませんよ。

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 読者諸賢ごきげんよう。アクの強い方のひじきである。

 いま、お前はアクが強いのではなくひたすらパクりを繰り返しているだけだろうと言ったのはどこの誰か。そう痛いところをいちいち突くとは迷惑千万である。南禅寺水路閣から琵琶湖疎水に沈めてやるから正直に名乗り給え。と思ったが、京都はちと遠いので武庫川で手を打つことにする。というか、待て。私はこんなことを書くために再登場したのではない。

 ここで、最後に再び歯磨きお姉さんにご登場いただこう。そろそろお忘れかもしれないが、僕はこの日、かつてラインで「お姉さん、ぼくは眠い」「ちゃんと歯は磨いたか、少年」から始まる『ペンギン・ハイウェイ』ごっこという阿呆極まる遊びをしていた悪友・歯磨きお姉さんと来ていたのである。

 トークセッションが終わった後、僕らはカフェで一息つくべく、梅田方面へ向かうホームに向かった。どういう経路か知らないが、お姉さんは中崎町に「太陽ノ塔」というカフェがあるという情報を掴んでいた。そんな森みの深い名前のカフェがあるならぜひ行きたいと、お姉さんに連れられるままに僕はその店へ向かった。

 木を感じる色で設えられた落ち着いた店内で、僕らはクリームソーダを飲みながらトークセッションの内容を振り返った。最初のうちは、「森見さん動きがひょこひょこしてたね」みたいな話をしていたのだが、次第に話は本論に及んだ。「なんていうか、わかるなーって話いっぱいあった」お姉さんはそう言いながらノートを見返していたが、やがて頭を使うのに疲れたのか「まあでも、今日の話はちゃんとまとめないとなあ」と言いながら、クリームソーダのバニラアイスを口に運びだした。

 そのうち話が「アオヤマ君は僕のヒーロー」というところに及んだ。あの言葉はカッコいいと強く主張したのは、僕ではなくお姉さんだった。もしかしたら、さっき書き付けた振り返りには、お姉さんの感想が若干流れ込んでいたかもしれない。余談であるが、アオヤマ君が腐れ大学生になると邪推していた点も、そして、なるとしたら『太陽の塔』の私氏になって「水尾さん研究」に耽るだろうと考えていた点も、僕らは全く一緒だった。ついでに言うと、ウチダ君の末路が心配になったという点も一緒である。

「そういえば、ハマモトさんはどんな大学生になるんだろう」

 ふと、そんなことを言ってみた。ハマモトさんが女版・アオヤマ君なのだとしたら、彼女も健全な大学生活を送れるのだろうかと、僕は考えた。ところが、

「いや、ハマモトさんは腐れ大学生たちに祀り上げられたらいいと思う」

 お姉さんは辛辣なことを言った。そこはかとなく悪意を感じるが、ひとまず気付かなかったフリをする。女を知らず、女に飢えたちょろい男どもを篭絡する気の強い美形女子。可哀想な末路のような気もするが、ハマモトさんならありえるなとも思う。というより、僕には思い当たる節がある。

「正直言うけど、俺祀り上げた」

 歯磨きお姉さんは今こそ万感の思いを込めて「この腐れ阿呆が」と叫んだ……というのはもちろん嘘である。彼女はただ「祀り上げたかー」と棒読みして呆れた。僕は続ける言葉が見当たらなくて、クリームソーダと一緒に頼んでおいたプリンをぱくんと口に運んだ。