友人と京都へ出掛け、着物を借りて、五条・四条界隈を散策した。

 1ヶ月ほど前だったと思う。「京都に一緒に行きたい場所ができたんだけど」というラインが友人からあった。教えられた場所を調べてみると、なるほどとても落ち着きのある日本家屋であった。土日でも人が少ない場所らしく、友人は「無限にいられる」とまでいう。

 「よし行こう」僕はそう返事した。そしてさらに調子に乗って、こんなことまで言ってしまった。「文豪感のある写真が撮りたい」四流日記書きの妄言にしても余りに大言壮語の感がある。が、友人は何を阿呆なと言うどころか「そうそれ!」と一緒になって興奮しだした。この我にしてこの友ありである。

 そこから話はとんとん拍子に膨れ上がり、趣のある着物を借りて、その場所で色々写真を撮ろうという話になった。着物には一家言ある友人が店選び・予約の一切を引き受け、僕はひたすら「おおー」「あざす」「やったね」ばかり言っていた。そうして我々は当日を迎える。

 結論からいえば、たいへん充実した散策であった。

 八坂近辺の店で着物に着替えた僕らは、すぐさま五条へ下り、国道1号線を超えたところにある河井寛次郎記念館というところへ入った。陶芸家・河井寛次郎の旧宅がそのまま記念館として保存されている場所で、日本家屋の佇まいや、室内に残された家具などから、往時の生活がしのばれ、そのうちに何とも言えない暖かさに包まれる場所であった。ここが件の行きたい場所であり、無限にいられる場所であり、あれこれパシャれるスポットである。僕らは色んな場所で写真を撮り合いながら、2時間近くそこで過ごしていた。

 それから、友人がかねてから行きたいと言っていた四条河原町の「ソワレ」という喫茶店へ向かった。その途中、あじき路地という小さな路地に立ち寄った。ここは昔ながらの建物が残されている場所で、創作家たちが集い小さな店を構えているとのことであった。数日前、グーグルマップを眺めていた際に偶然発見した場所で、着物映えしそうだったことと、中にあるノートなどを扱っているというお店が気になったことから、時間があったら寄ろうと話していた場所である。

 件のお店は、事前の想像をはるかに超える素敵な場所だった。そこはただオシャレなノートを扱っている場所ではなく、店を構えておられる方が11冊手作りして綴じたノートが売られている場所だった。四畳半とはかくなる場所かと思われるような小さな店内いっぱいに、手作りのにおいが充満している。狭いからこそ、濃密な空間だった。僕らは幾つもの手製ノートを手に取っては、表紙を眺め、紙をめくり、幸せな気分を味わった。

 ちょっと寄るだけのつもりだったあじき路地に、僕らは結局30分ばかりいた。そして、すっかり満ち足りた気分になって、ソワレへ向かった。やさしい青色の光が静かに降り注ぐ店内で、僕らはカラフルなゼリーポンチをそれぞれに食べた。

 着物の返却時間が近づいたところで僕らはソワレを出て、再び八坂に戻った。そして、元の服に着替えた後、四条烏丸にあるお気に入りのおでん屋へ向かって歩き始めた。その途中、大通りを回避しようと細い通りに入ったところで、僕らは何度か角に突き当たり、くねくねと迂回を繰り返しながら河原町まで出ることになった。もっとも、わかりやすい道ばかり選んで歩いてきた僕にとっては、それもまた新鮮な体験だった。それは、友人にとっても同様だったらしい。

「何度も京都に来てるのに、こんなところがあるなんて全然知らなかった」

 そう言って、嬉しそうな顔をした。

 何度も訪れた場所であっても、知らないことは沢山ある。今回の一連の散策では、僕も同じことを強く感じた。盆地に囲まれた京都は、地図で見ればさほど大きな町ではないかもしれない。しかし、いざその場所に立って、ほうぼう回るにはあまりに大きすぎる町である。そしてまた、細部にまで粋が根付いている街である。五条という普段行かない場所で、知らなければ素通りしてしまうであろう路地の狭いお店で、大通りを1本外れた通りで、僕らは数々の知らなかった京都に出会った。きっと、何度訪れても、いや、その場所で生活を送ってもなお、京都という場所を知り尽くすことなどありえないのだろう。

「また京都に来よう」

 僕らはそう言いながら、出汁の沁みたおでんを口へ運んだ。