1020日日曜日、京都の北山にあるSAKURA CAFÉというところで、10月度の京都・彩ふ読書会が開催された。というわけで、例によって、これから数回に分けてこの読書会の模様を振り返っていこうと思う。

 彩ふ読書会は、現在、大阪・京都・東京で定期的に開催されている読書会で、京都では、原則として毎月第3日曜日に、上述のSAKURA CAFÉにて行われている。毎回、①午前の部=参加者がそれぞれお気に入りの本を紹介する「推し本披露会」、②午後の部=決められた課題本を事前に読んできて感想などを話し合う「課題本読書会」の二部構成であり、片方だけの参加ももちろん可能である。また、京都の彩ふ読書会では、午後の部終了後も会場を借りており、メンバー同士が自由にお喋りしたり、ゲームに興じたり、持ち込み企画で盛り上がったりする「ヒミツキチ」という時間も設けられている。この記事ではまず、①午前の部=「推し本披露会」の様子を、僕が参加したグループに即して見ていくことにしよう。

 推し本披露会は、毎回、1040分ごろに始まり、12時過ぎまで続く。参加者は68名ごとのグループに分かれて座り、総合司会から読書会の流れや注意事項について説明を受けたのち、グループの中で持ってきた本を紹介し合う。1145分ごろになると、グループでの話し合いを切り上げ、全体発表に移る。これは、他のグループで紹介された本を知るためのもので、参加者はそれぞれ、名前と本のタイトル、そして、本の推しどころをまとめたメッセージカードの内容を読み上げる形で自分の本について紹介する。全体発表が終わると、今後の読書会や各種部活動についてアナウンスを経て、読書会は終了となる。

 今回僕はCグループに参加した。メンバーは全部で6名。男性4名、女性2名という構成で、初参加者が1名、参加2回目の方が2名それぞれいらっしゃった。進行役は、京都読書会の第1回から参加されているベテラン男性が務めてくださり、僕はフォロー役という、実質的には何をするでもない気楽な役どころでの参加となった。

 紹介された本は写真の通りである。では、それぞれどんな本なのか、そして、グループの中でどんな話が展開したのかについて、順番にみていくことにしよう。なお、推し本の紹介をする段になると、どうしても「ですます調」じゃないと書いていて落ち着かなくなるので、ここからはソフトな語り口でお楽しみください。

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◆①『ひなた弁当』(山本甲士)

 最近毎月参加してくださっている男性からの推し本。リストラされた中堅会社員が、日中ぶらぶらしていた公園でドングリを拾ったことをきっかけに、子どもの頃“ごっこ遊び”でドングリのご飯を作ったことを思い出し、仕出し弁当を作る仕事に就いて再起を図る姿を描いた小説です。どん底から這い上がっていく過程で、主人公は様々な出会いを重ね、だんだん明るくなり、家庭環境も良好になっていきます。その姿に胸打たれると共に、自分の職を自分で見つけるという発想の転換の大切さを教えてくれる作品だと、紹介した方は話していました。

 読書会の中では言えなかったのですが、話を聞きながら、僕はふと、吉本ばななさんの小説『キッチン』を思い出していました。3月に大阪の課題本読書会で話し合った際、『キッチン』というタイトルには、食べ物を口にすることによって人は生きていくということが象徴的に表されているという意見があり、とても印象に残ったのですが、本作でも、主人公の再起を助けるものは、お弁当になっています。人が生きるうえで大切なものは何か。そんな隠れた問いかけが、『ひなた弁当』という小説にもあるのかなと、ひそかに思ったものでした。

◆②『侍女の物語』(マーガレット・アドウッド)

 参加2回目の女性からの推し本です。海外に長く住んでいらしたとのことで、30年前にカナダで発行され、近年ドラマ化されて欧米で脚光を浴びているというディストピア小説をお持ちくださいました。

 物語の舞台は、キリスト教原理主義者によるクーデターが起こった後のアメリカ合衆国、改め、ギルアド。そこでは少子化が進行しており、出産可能な女性が「侍女」と呼ばれ、司令官という人々の子どもを産む役割を担わされていた。「侍女」は名前を剥奪されて司令官の所有物となり、さらに、子どもが産めなくなると「侍女」ではなくなり「女中」として扱われるようになる。制度化されたレイプのような扱いを受ける「侍女」の1人の視点から、物語は紡がれるという。

 役に立つ者と立たない者が線引きされ、役に立たない者(立たなくなった者)は容赦なく切り捨てられていく。そんな残酷な社会を描いた本作は、発刊当初から議論の的になっていたそうですが、上述の通り、最近になって改めて注目されているといいます。差別的な風潮が強まる中で、その風潮を問い直す材料になるからなのでしょう。振り返ってみれば、日本でも「生産性」という言葉がとやかくされたばかり。やはり今だからこそ読んでおきたい作品かもしれません。キツい内容を扱った小説ですが、紹介した方曰く、「読み出したらやめられない」とのことです。ますます気になりますね。

◆③『コンビニ人間』(村田沙耶香)

 初参加の男子学生さんからの推し本です。コンビニ店員の女性と彼女の家に上がり込んできた風変わりな男との生活模様を描くことで、世間的に良しとされている「普通」の感覚に疑問を投げかけた、芥川賞受賞作です。紹介した方曰く、本作の推しどころは3つ。1つは、上述の通り世間の目に疑問を投げかけるメッセージ性の強さ。1つは、コンビニという場所や登場人物の性格など、作品の要素の配置の巧みさ。そして1つは、長過ぎず一瞬で読める手軽さだと言います。また、世間で良しとされる価値観に流されかけながらも、結局コンビニ店員として1人生きていくことを選ぶ主人公の原点回帰が潔くていいという感想もありました。

 『コンビニ人間』は僕も一度読んだことがあるのですが、その頃僕は文系大学院生という実に普通ならざる存在で、「普通とは何か?」という問いをギラギラ突き付けてきた本作に対しては、ただただしんどい作品というイメージしかありませんでした。そんな話を正直にしたところ、「そらそうやろなあ」という笑いと共に、意見交換が盛り上がりを見せてくれました(「落ち込んでいる時に読むもんじゃありませんね」「でも村田さんのほかの作品に比べると、これはまだ破壊的ではないんですよ」「ぐえぇ」みたいな感じで)。決していい思い出ではないのですが、声に出しておいてよかったです。うん、よかったよね……

◆④『有頂天家族』(森見登美彦)

 参加2回目の女性からの推し本です。出ました、森見登美彦。それも『有頂天家族』! 6月の課題本読書会が懐かしく思い出されます。もっとも、推し本で森見作品が出てきたのは割と久しぶりだったので、結構新鮮な感じがしました。

 紹介された方、粗筋の説明にたいへん苦労されていました。そりゃそうだろうと思います。狸と天狗と人間の三つ巴が織りなすドタバタコメディーファンタジーという、しっちゃかめっちゃかな説明以上に、この作品を何と語ればよいのやら。そんな中、初参加の男子学生さんから助け舟が出ました。「森見さんの小説は、物語というより体験ですから」何たる名言。而して実に的を射たり。皆さまにはどうか、とにかくまずこの本をてにとっていただき、その言葉の意味を噛みしめていただきたいものです。

 ところで、読書会の前日、僕は森見先生のトークセッションに参加していたのですが、その中でこんな話がありました。『有頂天家族』のテーマとも言うべき「面白きことは良きことなり」は、日常生活の中では言えない言葉である。だからその言葉が言える世界を書きたかったのだと。父親が叔父(父その人からすれば実弟)の謀略により鍋にして食われるという悲惨な出来事がありながら「面白きことは良きことなり」といえる世界は、人間を主人公にしては出てこない。だから狸の話になったのだと。——ということは、ファンタジーのフィルターを外してしまえば、『有頂天家族』は、『コンビニ人間』とは違う方向性ながら同程度の破壊力を有する危険小説、ということになるのでしょうか……?

◆⑤『関西魂~ラブコメカニタマ~』(関西作家志望者集う会)

 僕の推し本です。先月、文学フリマ大阪で買った推しサークルの同人誌を紹介しました。関西在住で作家を目指している方々(作家デビューしている方も一部いらっしゃいます)が年に1回発行する短編集『関西魂(かにたま)』。毎回テーマが違っており、この巻には「ラブコメ」というジャンル縛りで書かれた作品が収録されています。

 転校したての大人しい小学生がクラスの女の子に一目惚れしてから話し掛けるまでを描いた爽やかな作品。2人のバンドマンが、植物状態になったボーカルの女の子の声を宿す楽器を持ってラストライブに臨む思わずウルウルくる作品。惹かれた高校生男女がなぜか互いを凶器で襲いにかかる、編集段階で「ラブコメか?」と疑問を呈されたと噂の作品。そんなとりどりの作品が1冊に詰まっていて、楽しみながらサクサク読めました。

 話をしているうちに気付いたのですが、僕がこの本を、というより、「開催作家志望者集う会」というサークルを推しているのは、文学フリマの際にブースでサークルの方々と話をしていて、その楽しそうな姿に魅かれたからなのだと思います。作者と直接話せるのが文学フリマの魅力だということを、改めて思い出すことができました。

 この本、このサークルもさることながら、まずは文学フリマに足を運ぶ人を増やしたい。そんなことを思う、文フリ一般参加者のひじきでありました。

◆⑥『物語 オーストリアの歴史』(山之内克子)

 進行役を務めてくださった、歴史とボードゲームをこよなく愛する男性からの推し本です。タイトルの通り、オーストリアの歴史を紹介した本ですが、男性曰く、「いい意味で期待を裏切ってくれた本」だと言います。というのも、この本には、ウィーンのことだけでなく、現在のオーストリアを構成する9つの州それぞれの歴史が書かれているのです。モーツァルトも、シュトラウスも、ハプスブルクも、クリムトも、僕らが通常知っているオーストリアのことは、とかくウィーンのことばかり。なので、それ以外の地方の視点からオーストリアの歴史を紹介するこの本はとても面白かったとのことでした。ちなみに、オーストリア史を専門にしている著者自身も、この本を書いた時には発見が沢山あったと書いているそうです。

 オーストリアでは今も、「自分はオーストリア人だ」と答える人は少なく、それだけ地方のアイデンティティが強いと言います。実際、それぞれの地方によって、風土も文化も大きく異なるのだとか。一言で国を語るのは難しいと改めて感じた、紹介した男性はそんなことを話していました。

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 以上、午前の部Cグループで登場した本について紹介しました。その他のグループで紹介された本についても、写真だけになりますがご紹介したいと思います。

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 色々と面白いことに気付きます。雑誌が紹介されていたり、過去に大阪で課題本になっていた『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』があったり。おや、他のグループでも森見作品が! 前日のトークセッションに続き、この展開。何やら森みが深くて、僕はちょっぴり心躍りました。

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 さて、本の話は以上で終わりなのですが、その後のフリートークの中で面白いやり取りがあったのでご紹介しておこうと思います。それは、別のグループに参加していたある男子学生さんとのやり取りです。曰く、「来れて本当に良かった」とのこと。なんでも、大学では彼の周りに本を読んでいる人が少ないらしく、本の話ができなくて困っていたのだそうです。どこに行ったら会えるんだろう。そんなことを思っていたある日、「京都 読書会」で検索してこの彩ふ読書会を見つけたのだと言います。ずっとやりたかった話をし、歳の近い人とも出会えた彼は、フリートークの間もう興奮気味に話していました。僕らがお昼ご飯を食べ始めても彼はずっといて、午後の部の準備が始まる間際、もう13時も回った頃になって帰っていきました。

 僕は意外な思いがしました。社会人になってからはともかく、学生の頃には、本を読んでいる人は周りにたくさんいたのです(当時の僕は小説を全く読まなかったので、逆に話ができなかったのですが)。ところが、ある統計によると、実に48%の大学生が普段本を読まないと回答しているのだとか。本好きの大学生にとって、日常生活の中で、共通の話題をもつ同世代の人と会うことは、そんなに簡単ではないのかもしれません。

 Cグループに初参加の男子学生さんがいたことは既に述べた通りですが、京都の彩ふ読書会には学生の方もちらほらいらっしゃいます。これまでにも、就活中の女子学生さんが来ていて姉様方が相談に乗ったなんてことがあったり、夏休みに新しいことにチャレンジしようとやって来て、読書会のことを卒論のテーマにしたいとまで語ってくれた女子学生さんがいたりしたものです。教授のような喋り方で我々を圧倒した男子学生さんもいました。そういえば、今やすっかり常連となり、今回別グループで進行役を務めるに至った男性も、大学院生でした。

 日頃影に潜んでいたり、同じ京都でもバラバラの場所で暮らしていたりして互いの目に触れないというだけで、本好きの学生はちゃんといる。僕にはそれがわかる。件の男子学生も、きっとその感触を得て帰っていったにちがいありません。さらに言えば、学生という枠を取り払えば、実に何十人という方が、この京都北山という些か交通の便の悪いところまででも駆けつけてくれるのである。彼はきっと、その感触も掴んでくれたことでしょう。

 彼がまた来てくれることを楽しみに待ちたい。そんなことを、僕は思うのでした。

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 といったところで、午前の部=「推し本披露会」の振り返りを締めくくりたいと思います。次回は引き続き、午後の部=「課題本読書会」の模様をお伝えする予定です。ご期待ください。