そういえばこのブログでは仕事の話をほとんどやったことがない。僕はとあるメーカーで経理の仕事をしている。

 入社年数の浅い若手経理マンにとって、いま最もホットなテーマの1つは、消費税増税と軽減税率制度の開始である。これによって、伝票のチェックが一気にややこしくなった。これまではせいぜい消費税のかからないものを課税で計上していないかを見るだけでよかった。ところが今は、かかるべき消費税が10%なのか、8%軽減税率なのか、はたまた8%旧税率なのかを都度チェックし、伝票が適切に起票されているかを見なくてはならない。一気に目まぐるしくなった感じがする。これまで以上にチェックに気を使うので、なんだかとても疲れてしまう。自分が伝票を切る際に仕訳を間違えるわけにはいかないと思うと猶更だ。

 昨日、消費税計上のチェックを大量にこなした僕は、なんだか一気に疲れてしまった。事務所を出てから更衣室に辿り着くまでに間に、「うう……」としか言いようのない感覚に見舞われる。とにかく、帰ったら仮眠を取ろう。そう思って帰路についた。

 ところが、身体は仮眠を求めているのに、神経が昂ったままだったのか、全く寝付けない。この身の重さと、目の冴え具合が、恐ろしくミスマッチしている。体と心がバラバラだと人間つらいものであるが、身体と頭がバラバラというのもたいへんなことだ。自分が分裂する感覚といえばいいのだろうか、そんなもの、これまで感じたことはなかったのだけれど、ほんの一瞬だったけれど昨日はその感覚を味わった。

 もっとも、それは本当に暫くの間のことで、夜が更けていくにしたがって、頭と体はちゃんと1つになった。そして同時に、耐え難い眠気に襲われた。

 昨日いつ寝たのか、実はよくわからない。自ら進んで寝たのではなく、気付いたら寝ていたように思う。もっとも、すっかり寝支度を整えて、ベッドにも入った状態で、暫く本を読もうと思って気がついたら1ページも読まずに寝ていただけだから、そこまで不健康でも不衛生でもなかったわけだけれど。

 京都の読書会が来週に迫っているので、そろそろ課題本を読まなくてはならない。今度の課題本は、又吉直樹さんの『劇場』である。ゆうべ、僕がベッドに持ち込んだのも、したがって『劇場』であった。

 『劇場』は最近新潮社から文庫化されたが、新潮文庫といえば、カバーの見返し部分で著者が写真入りで紹介されているのでお馴染みだ。ゆうべ僕は妙な好奇心から、又吉さんの紹介写真を見ていた。あの特徴的な髪形がいい味出してるなあ。そんなことを思いながら写真を眺めているうちに、ふいに先月の課題本だった『ガリバー旅行記』を思い出した。

 そういえば、『ガリバー旅行記』の作者・スウィフトも髪がふさふさロングじゃなかったっけ? こりゃあ奇遇だなあ。

 そんなどうでもいい発見を面白がっているうちに、僕は寝てしまったらしかった。

◇     ◇     ◇

 今日もまあまあ疲れたが、昨日に比べればどうってことはないレベルだった。つつがなく1日の仕事を終え、事務所を出て、更衣室で着替え、廊下に出る。と、外付け階段に出る扉の上のすりガラスの向こうに、オレンジ色の世界が広がっている。なんだか胸騒ぎを覚えて、僕は急いでドアを開けた。いや、開けようとして風で押し戻され、力を込めてぐいと押し直した。いつの間にか、風がとても強くなっている。

 そして、空を仰ぎ見て、言葉を失った。

 不気味なピンク色の夕焼けに、藍色の雲がかかっていた。その雲は、なんだか渦を描いて視界に収まる街全体を取り囲んでいるように見えた。

 世界の終わりみたいだ。月並みな表現だけれど、本気でそう思った。

 明日台風が来るのはわかっている。しかし、これはいったいなんだ。

 「うわあ、怖いなあ」後からやって来た先輩がそう言うのが聞こえた。とにかく食料を買い込もうと僕は思った。

 明日はきっと、1日中家に籠って、『劇場』を読むことになると思う。