106日日曜日、大阪・桜橋交差点から少し南に向かったところにある「オックスフォードクラブ」という場所で、10月の大阪・彩ふ読書会が開催された。読書会はいつも、午前の部=推し本披露会、午後の部=課題本読書会の二部構成であるが、僕は今回、午後の部=課題本読書会のみ参加した(なお、この日の読書会では大阪では初めて夕方の部が試みられ、『ジョジョの奇妙な冒険』課題本読書会が開催されている)。

 今回の課題本は、望月竜馬さんの『I Love Youの訳し方』という本である。その名の通り、様々な作家がその作品、あるいは恋人に宛てた手紙の中で使った「I Love You」の表現を集め、著者の簡単な解説を添えて紹介した本であった。

 課題本読書会は通常、参加者同士簡単な自己紹介を行った後、本の感想や読んでいて気になったことなどを自由に話し合うスタイルで展開する。しかし、今回の課題本読書会は違った。せっかく色んな「I Love You」に出逢えるのだ、もっとキュンキュンする会にしたい——そんな企画者の思惑により、今回の読書会は普段とは一風変わった独特の方法で進行していった。

 今からその全貌を、とくと御覧に入れるとしよう。

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1.会の幕開け

 読書会はまず、総合司会が会の流れを説明し、注意事項を伝えるところから始まる。これがいつもの流れである。しかし——

「ただ、今日はちょっと特別な読書会にしようということになっていまして、その辺りの説明を、企画者の方からお願いしたいと思います」

 今回、総合司会はそう言うと、説明を企画者にバトンタッチした。果たして、型破りな発起人が立ち上がった。ヅカ部長である。ヅカ部長は決して破天荒な人ではない。むしろ僕などよりはるかに常識人である。ただ、人よりバイタリティに溢れるあまり、時折従来の枠には収まりきらない企画が持ち上がるというだけのことだ。ともかく、部長による読書会の流れの説明を追ってみよう。

 今回の読書会では、参加者はまず、『I Love Youの訳し方』に登場するフレーズのうち、①自分が言いたい言葉、②人から言われたい言葉を、それぞれの理由も添えて発表する。①の自分が言いたい言葉については、情感をたっぷり込めて言う。そして、②の人から言われたい言葉については、実際に他の人から言ってもらうという。誰に言ってもらうかはくじ引きで決める。参加者は78名ずつ3つのグループに分かれて座っているので、くじ引きもグループ内で行うという仕組みだ。

 ここまでは、僕も前情報として知っていた。しかし、説明にはまだ続きがあった。

 発表と並行して、それぞれの言葉にどれくらいキュンとしたかを、僕らは034段階で評価する。そして、各グループに用意された「胸キュン♡グラフ」という紙に、評価数と同じだけのシールを貼っていくのだ。さらに、「胸キュン♡グラフ」で見事1位に輝いたフレーズを使って、寸劇を作るという。そしてそれを、最後に全員の前で披露するというのだ。

 いやはや大変なことである。人前で、愛の言葉を情感を込めて言ったり、言われたい愛の言葉を実際に言われたりするだけでも、まあ恥ずかしいと言えば恥ずかしい。そこへもって寸劇である。顔が真っ赤になること請け合いだ。そういう欲求はタカラヅカで満たしてくれと思わず言いたくなった。というか実際に言った。もっとも、そう言ったところでどうにもならないことは百も承知の上である。

 説明の途中から、場内は騒然となっていた。特に寸劇のくだりはやはり衝撃的だったらしい。「えー!」という声がどこからともなく上がり、敬遠と期待の念が相半ばする独特の笑い声が暫く続いた。ヅカ部長が座った後、再び現れた総合司会の第一声は、完全に笑っていた。もう誰も、場の空気を制御することはできない。

 かくして、実験的課題本読書会『I Love Youの訳し方』編は幕を開けた。

 もっとも、結論から言えば、少なくとも僕は、恥ずかしがるどころかむしろノリノリでそれぞれのステップを楽しんでいくことになる。始まってしまえば、意外とどうにでもなるものなのだ。

2.言いたい愛の言葉たち

 さて、ここからは、僕が参加したCグループの様子を見ていくことにいたしましょう。メンバーは全部で8人。そのうち、1人は初参加の方で、また1人は参加2回目の方でした。それ以外のメンバーは僕を含めベテランでした。一応紹介すると、ヅカ部長、大阪読書会のリーダーを務めるHさん、総合司会を担当したへリングさん、イヤミス好きとタカラヅカ娘役ファンで知られる女性の方、そして、 “遠藤周作の人”と言えば通るであろう純文学ファンの男性という顔ぶれでした。もっとも、ここから先、誰がどの言葉を紹介したのかは原則秘密とさせていただきます。

 Cグループでは、はじめに、言いたい愛の言葉を一人ずつ発表し、その後で、言われたい愛の言葉を順に発表していくという流れで読書会が進んでいきました。というわけで、まずは参加者が言いたいと思った愛の言葉を順に見ていくことにしましょう。

★①「話したいことよりも何よりもただ逢うためだけに逢いたい」(竹久夢二、p.8

 言いたい言葉の中で唯一、2人の参加者が選んだ言葉です。ちなみに、2人のうち片方は僕でした。言葉を紹介する際には選んだ理由を添えるという話でしたが、これについてはもう「とにかくいい」としか言いようがないように思います。本当に好きな相手ができた時、話がなければやり取りできないというのは、どう考えてももどかしい。言葉なんてなくていい。とにかく一緒にいたい。逢いたい。そういうものじゃないでしょうか。あ、書いてるだけで頬が火照ってきた……

★②「さようなら。もうお目にかかりません。でもすこしだけ、誰かのものになれてうれしかった」(江国香織、p.50

 別れの言葉ですね。結構人気の高い言葉でしたが、僕自身はちょっと引っ掛かることがあって別れの言葉を全て選択肢から除外していたので、これが出てきたのは意外でした。紹介した方曰く、この言葉を選んだのは「こういうことを言える経験をしてみたいから」とのこと。その後にその方がぼそっと「死ねばいいとかじゃなくて」と言い添えたのが可笑しくて、みんなで笑っておりました。

★③「わたしたちのLifeを一つにするということに心から御賛成下さるでしょうか。それともこのままの友情を——唯このまま続けたいとお考えでしょうか」(島崎藤村、p.30

 ①が他の人と被ってしまったので、折角だからと僕がもう1つ紹介した言葉です。正直に言うと、「Life」という横文字が入っているのはキザったらしくてイヤなのですが、第二文目の「それとも」以降がたまらない。恋愛に進むか友情で終わるか。ビシッと言えずに疑問形で切り出す不安げな感じ。でもそれがむしろ、その人の素直さを表しているようで、僕はとても好きなのです。

★④「私の知らないところで、先輩はどんな時間を過ごしていたのでしょう。私はそれがとても知りたいのでした」(森見登美彦、p.100

 出ました、我らが登美彦氏。紹介した方は、「がつがつしていない感じがいい」と話していました。また、「私はそれがとても知りたいのでした、ってどこか他人事みたいに言っているのがふわふわしていていい」という意見も出ました。確かに夢見心地で、いかにも恋をしているという感じの言葉かもしれません。ただ、ここは一応森見登美彦ファンとして本に一言。森見先生の「I Love You」は、他になんかあるだろう……

★⑤「ぼくはもう何度も、彼女を食べる夢を見た。あまり火を通さない、生焼けのうちがいい。彼女は従順で、肉になっても微笑を絶やさず、仔牛と野鳥の中間のような味がして、なんとも言えずいとおしい。彼女に対する情感が、煮詰められて、けっきょく食欲に収斂してしまうらしいのだ」(安部公房、p.160

 えー、これ言うんですか!? ってまんまツッコんだヤツです。「ひねくれ者なので、あんまり直球では言えなくて」いやいや、変化球のレベル超えてますよ。ずっとツッコみ続けていると、紹介した方も何かに気付いたらしく、「確かに口に出しては言えないですね」と言っていました。もっとも、その方も言っていましたが、愛情を食欲になぞらえるのは魅力的な表現だと思います。何かを食べるということは、それが自分の一部になるということであり、「食べてしまいたい」とは「あなたとひとつになりたい」ということですから。

★⑥「たくさんのおんなのひとがいるなかで わたしをみつけてくれてありがとう」(今橋愛、p.108

 いいですね。これいいですね。これを言いたいっていうのがもういいですね……おっと、興奮が過ぎました。紹介した方曰く、「みつけてくれて、が健気でいい」とのこと。確かに、慎ましやかな感じがいっそう愛の深さを惹き立てているように思います。

 ところで——この言葉の紹介から、グループトークの様子がおかしくなります。きっかけはヅカ部長の「これって別れ際の言葉?」というささやかな疑問でした。それに対して、「いや、出会った頃じゃないですか?」「あーどっちでもいけますね」と色んな声が寄せられるうち、なんだか寸劇の台本を考えているような気分になってきたのです。そして、決定打になったのが、ヘリングさんのこのつぶやき。

「今際のきわとか……」

 それだぁっ!

 白を基調にした、柔らかな陽のさす静かな病室。傍らに寄り添う夫に、か細い声で妻がささやく。

「たくさんのおんなのひとがいるなかで わたしをみつけてくれてありがとう」

 いい。これはいい。めちゃくちゃいい。

 というわけで、この辺りから、僕は完全に興奮してしまいます。そして、次々に言葉にあったシチュエーションを考えていくヤバいディレクターと化していくのです。ディレクション大喜利開幕。それに伴い、Cグループの話し合いは、愛の言葉の吟味を離れ、ドラマの打ち合わせの様相を呈していくのでした。

★⑦「『好き』その、たった二文字を声にするのが、どれほど、難しく思えたことか」(折原みと、p.38

 これもとてもいいですね。「好き」という言葉を使いながら、シンプルに「好き」と言えない気持ちを表現した言葉というのは、どうしてこんなに刺さるのだろう。改めて、そんなことを感じさせてくれる言葉でした。

 この言葉に関する話し合いのメモをみると、たった一言「都会のマンション」とだけ書かれていました。僕は早くもシチュエーション以外への興味を失ってしまったみたいです。でも実際、話し合いの結果辿り着いた場面設定は、夜の都会のマンションの一室でした。彼との電話を終えた瞬間、ケータイを握りしめたまま切ない表情に変わる。なんならそのままベッドに倒れたり、膝を抱えたり、うずくまったりしてもいい。そうやって、今日も「好き」と言えなかったことを悔やむ。ぼんやりとした目を虚空へ向けて——

★⑧「別れろよ、とにかく。そして俺と付き合えばいい」(北方謙三、p.212

 強引な男現る。と思いきや、「でもここまで言われたらその気になるかも」と、女性陣からの評価も高い言葉でした。紹介した方は、「自分はここまで強く言えないけれど」と断ったうえで、「これを言うには相当の覚悟がいると思うんですよ。それがとてもいいなと思って」と理由を説明していました。そう言われると、確かにこれは本気の言葉だという気がして、見る目の変わる思いがするのでした。

 この言葉についても編集会議が始まります。夜の波止場、ビルの上階のカフェ、場面は色々考えられそうですが、とにかく1点、これだけは間違いなく言えるということが出てきました。

 この言葉を言う時、男は女の手を掴む。ガッと掴んで引き止める。

 「やっぱそうですよね!」「そんなことされたら惚れちゃいますね」グループは大盛り上がりでした。

◇     ◇     ◇

 『I Love Youの訳し方』スペシャル読書会はまだまだ続きますが、ここで一旦話を区切ろうと思います。次回は、それぞれの参加者の言われたい愛の言葉を一気に紹介していきます。ますます白熱していく寸劇編集会議の模様にもご注目。そして遂に全体発表、各グループによる寸劇が披露されます。皆等しく真剣なのに、なぜか爆笑の渦に包まれて行く読書会。ぜひ最後まで見届けてください。