昨日に引き続き、915日に京都北山の「SAKURA CAFÉ」で開催された彩ふ読書会のことを振り返っていきたいと思います。昨日は午前の部=推し本披露会の様子をみてきました。今日は午後の部=課題本読書会の様子をご紹介しましょう。

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 彩ふ読書会はいつも、「推し本披露会」と「課題本読書会」の2部構成となっています。今回ご紹介する課題本読書会は、決められた課題本を事前に読んできて、感想などを話し合う会です。

 会は毎度、1340分ごろに始まり、1時間半余り続きます。参加者は平均68名のグループに分かれて座り、会の進行や注意事項に関するアナウンスの後、グループの中で本の感想などを語り合います。誰の意見も否定せず、違いを楽しむというのが、ここでのモットーです。15時ごろになりましたら、グループでの話し合いは終わり、全体発表に移ります。全体発表は、別のグループでの話し合いの様子を知るためのもので、各グループのベテラン参加者1名が発表します。その後、今後の読書会や部活動に関するお知らせを経て、読書会は終了となります。終了後もフリートークで盛り上がることも珍しくなく、会場はいつまでも賑やかです。

 ここで今回の課題本をご紹介しましょう。イギリスの作家スウィフトの『ガリバー旅行記』です。

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 皆さんタイトルはご存知のことと思います。そしてまた、小人の国に流れ着き、全身を糸で縛られて砂浜に横たわるガリバーの姿を思い浮かべた人も大勢おられることでしょう。しかし、全編を通しで読んだことのある方は少ないのではないでしょうか。ガリバーは小人の国だけではなく、巨人の国、空飛ぶ国、さらには馬の国と、計4つの国を旅しています。そして、これが重要なポイントなのですが、ガリバーは旅を重ねるごとに人間の醜さを思い知り、ひどい人間嫌いになっていきます。『ガリバー旅行記』は、徹底した人間批判の本なのです。

 少年少女の頃、不思議な世界を旅するガリバーの姿に胸を躍らせた方には、これから刺激的でかつ残念なことをお伝えすることになるかもしれません。ですが、皆さまが現実を受け止めてくださることを願いながら、話を先へ進めたいと思います。

 今回の課題本読書会には全部で21名の参加者がおり、3つのグループに分かれて話し合いを行いました。僕はAグループに参加しました。メンバーは全部で7名、僕のほか、毎度お馴染みのちくわさん、いつも遠方から来てくださるベテラン男性、これも遠くから来てくださるベテラン女性、最近足繁く通ってくださる女子学生さん、参加2回目の女性、初参加の女性という構成でした。

 グループ進行は僕が担当しました。読書会の進行方法は人によって異なるのですが、僕は2ヶ月前から付箋を使う方式を採用しています。元々は、話が途切れたりとんでもなく脱線したりするのを防ぐとともに、本のことを掘り下げるために採り入れた方法なのですが、ありがたいことに、皆さんの意見が可視化されて面白いと好評をいただいています。今回は更に良い進行を目指して、黄色と青の2種類の付箋を用意しました。そして、黄色の付箋には「〇〇が××する物語」という形で本の内容紹介を、青の付箋には本の自由な感想をそれぞれ書いて、順番に発表してもらいました。

 というわけで、ここからは付箋の内容を辿りながら、話し合いの様子を紹介したいと思います。

◆『ガリバー旅行記』=人間批判の書

 まず黄色の付箋の内容から見ていきましょう。先に書いた通り、こちらには本の内容を「○○が××する物語」という形式で書いていただきました。その結果がこちらです。

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 一見してわかる通り、人間嫌いや社会風刺というメッセージを読み取った参加者が大勢いました。「ガリヴァーが人間嫌いになる物語」「ガリヴァーが人間不信をこじらせる話」「スウィフトが社会風刺をする物語」「ガリバーが旅の中で自分(人間)を見つめなおす物語」——先にも書きましたが、『ガリバー旅行記』と聞いて、僕らがパッと思い浮かべるのは、「ガリバーが船に乗って旅をする物語」といったポップなイメージだと思います。しかし、実際に読んでみると、特にオトナの読者にとっては、作品に籠められた人間批判や社会風刺の方が印象に残りやすいということが伺えます。

 作中の人間批判について、グループの中で話題にのぼった一例を紹介しながら詳しく見てみましょう。3度目の旅で、ガリバーはラピュタという空飛ぶ国へ辿り着きます(言うまでもなく、ジブリ映画『天空の城ラピュタ』の元ネタはこの「空飛ぶ国」です)。この国の住人は皆数学と音楽にしか関心のない思弁家で、人と話している最中でも突然思索に耽り、都度付き人に叩かれなくてはロクに会話もできない人ばかりです。そしてその人たちが自分の考えを基に改良を施した土地は、いびつな形をした建物と、やせこけた農地ばかりからなる気味の悪い場所になっています。また、この国の首都には研究所があるのですが、ここは人糞を元の食物に戻す研究など珍妙な研究に没頭する人で溢れています。そして、誰もが己の実験の成功を信じ膨大な時間と労力を費やしているのですが、積まれていくのは失敗の山ばかりとなっています。ここには、机上の空論にかじり付いて現実を見ようとしない人間の愚かさが描き出されているといえるでしょう。

 余談ですが、ある参加者が以上の話を受けて「だからラピュタから人がいなくなってしまったんですね」と言っていました。“あっちのラピュタ”と話が完全につながった瞬間でした。

 この例に限らず、本書では、嘘つきで策略家、争い好きで戦争ばかり、自分勝手で排他的など、ありとあらゆる人間のイヤな面が、ガリバーの語りを通して描き出されます(あまりに具体的で分厚い描写が続くので、正直ウンザリしてしまいます)。そして、語り手であるガリバー自身は、鏡で自分の顔を見ることができないばかりか、帰宅後に妻子に抱かれて気持ち悪さのあまり卒倒するほどの人間嫌いになってしまいます。『ガリバー旅行記』がいかに徹底した人間嫌いの本、人間批判の書であるか、これでおわかりいただけるでしょう。

◆対象はガリバー自身!?~手の込んだ人間批判の理路~

 さてここで、『ガリバー旅行記』における人間批判に関する興味深い読解をご紹介したいと思います。結論から言うと、それは〈実はガリバー自身が批判の対象なのではないか〉という意見です。

 黄色い付箋をもとに『ガリバー旅行記』に関する話を進めている中で、僕はふと、読んでいる最中に「あれ、ここ矛盾してないか?」と疑問を抱いた箇所を思い出しました。最後の「馬の国」(フウイヌㇺという馬の姿をした理性的な生き物が、ヤフーという人間様の野蛮な生き物を家畜として飼い慣らす国)の話の中では、理性的とされながら互いを欺き残虐な争いを繰り返す人間という存在が汚らわしいものとして批判の対象に挙げられています。ところが、2番目に登場する巨人の国の話の中には、謀略や闘争からなる政治の仕組みを解しようとしない巨人の国の王様をガリバーがバカにする描写が出てきます。どちらでも騙し合い争い合う人間の姿が取り上げられているのですが、後者ではこの側面を解さないものは馬鹿だと語られているのに対し、前者では同じ側面が醜いものとして忌避されているのです。

 この一見明らかな矛盾をどう考えたらいいのか。そんな疑問を口にしたところ、女子学生さんが「私もそこ気になって考えてたんですけど」と応えてくださいました。そして、次のように言ったのです。

「巨人の国の話では、巨人の国の王様をバカにしてるっていう面もあると思うんですけど、もしかしたら、王様をバカにしてるガリバー自身がここで批判されてるんじゃないかなと思って」

 僕は思わず「あー!!」と叫んでしまいました。凄い読みじゃありませんか。矛盾を感じるだけで終わらせず、それを問いにして考え続け、元の矛盾を調停する形で結論を出す、それも、とても深い結論をです。僕は心から拍手したい思いでいっぱいでした。

 なお、この意見に呼応する形で、遠方から来ているベテラン男性の方から、「そういえば、スウィフトは歳を取ってから、昔の自分はイヤなヤツだったと振り返っていたそうですねえ」という話がありました。ガリバーの旅は足掛け16年に及んでいます。そして、巨人の国を訪れたのは比較的初期の話です。後になってガリバーが、若かりし頃の自分を槍玉に挙げたとしても、不思議はなさそうですね。

◆感想①:日本が出てくることを巡るあれこれ

 黄色の付箋にまつわる話はこれくらいにして、続いて青の付箋の内容をみていくことにしたいと思います。こちらには本の感想を自由に書いていただきました。

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 見ての通り、こちらでも人間描写や風刺のことが話題になっていますが、これについては上で見てきましたから割愛させていただきます。以下では各論を中心に、特に印象に残ったやり取りを幾つか取り上げてみたいと思います。

 まず、作中に日本や日本人が登場することに注目した感想を取り上げてみたいと思います。「空飛ぶ国」から祖国イギリスへ帰る途中、ガリバーは日本に立ち寄っています。エド(江戸)に到着した彼は、皇帝(将軍)に謁見しその庇護を受けながら、ナンガサク(長崎)まで行き、オランダ商船に乗って帰国の途に就きます。このように日本が出てくることが素直に嬉しいという感想がありました。

 また、日本人が良い人たちとして描かれているのが面白いという感想もありました。これは空飛ぶ国へ向かう途中、ガリバーの乗った船が海賊に襲われたところの描写ですが、海賊の長である日本人は、イギリスの近隣国であるオランダの人よりずっと分別があり物わかりがいいとされています。確かにこれも興味深い描写でした。

 一方、日本の登場にまつわる感想の中には、半ばツッコミのようなものもありました。というか、これは僕自身の感想なんですが——作中に「ザモスキ」という地名が登場します。東京湾の西の端にある町なのだそうですが、いったいどこだ、これ。

 なんと調べていた方がいて、房総半島のある場所を指しているらしいと教えていただきました。が、そうだとすると、東京湾の西というのは誤りで、正しくは東ということになります。ああ、何が何だか。謎が謎を呼びますね。

◆感想②:不死は幸せなんかじゃない

 不死の人間が生まれうる島の話が特に印象的だったという方がいたので、続いてこの話を掘り下げてみたいと思います。空飛ぶ国から日本へ向かう途中で、ガリバーはラグナグという島に立ち寄り、その島では稀にストラルドブラグと呼ばれる不死人間が生まれるという話を聞きます。自分が不死になった時のことを想像しガリバーは夢を膨らませるのですが、やがて、不死は幸せどころか極めて厄介な事態だということを悟るようになります。この人たちは不死ではありますが老いは経験するので、だんだんできることが少なくなり日々も単調になっていくにもかかわらず、死ぬことができないという二重の苦しみを味わうことになります。そして、80歳を超えたところで社会的には死んだことにされ、僅かばかりの給金を貰って永遠の余生を過ごすことになるのです。

 このエピソードに注目していたのは、遠方から来てくださるベテラン女性の方でしたが、不死はいいことなのかと問い掛けるこのくだりはとても共感できる部分で面白かったと話していました。

◆感想③:女性への恨み

 続いて、「女性に対する恨みがすごい?」という感想を取り上げてみたいと思います。確かに、『ガリバー旅行記』の中には、女性をとことん蔑んでいるとしか思えない描写が時々登場します。特に巨人の国で女性の肌を間近で見た時の描写はひどいとしか言いようがありません。あまりにひどいので、ここで書くのは遠慮します。

 人間そのものや当時の社会情勢をウンザリするほど具体的に批判している『ガリバー旅行記』は、見ようによっては“一大炎上文集”とでも形容できそうな本だと思いますが、わけてもこの女性に関する記述は炎上不可避です。いったい何がガリバーを、というよりも作者スウィフトをこれほどの女嫌いにしたんでしょうね……

◆感想④:比較対照、原作vs.少年少女文学版

 最後に、「自分と違う人に出会った時のとまどいと寛容」という感想を取り上げてみたいと思います。読書会全体を通して、ガリバーの人間嫌いや社会風刺に目を向ける意見が多かった中で、この意見は例外的に、自分と違う人や異文化に出会った時の僕らの対応を考えるうえで、『ガリバー旅行記』は大切なことを教えてくれる、という考えに立っていました。

 実はこのような感想が登場したのにはワケがありました。この感想を出された方だけ、岩波少年文庫版、つまり子ども向けの『ガリバー旅行記』を読んでいたのです。そして、この岩波少年文庫版では、子どもたちへの配慮から、どぎつい人間批判や社会風刺を込めた部分は全てカットされており、さらに、「空飛ぶ国」と「馬の国」の話は未収録になっていました。そのため、この方は読書会の間、「みんな人間批判や風刺の話をしているけれど、なんでだろう?」と疑問に思ってばかりいたそうです。まして、ラピュタやヤフーなんて何のことを言ってるんだろう、ってなりますよね。

 もっとも、お陰で僕らは、『ガリバー旅行記』全編と、子ども向けに編集された『ガリバー旅行記』とがどれほど違うものなのかに目を向けることができました。そもそもどうして、この作品に冒険譚のイメージが強くついているのか、その謎もこれで解明されたと言えるでしょう。

 感想の中にもありますが、大人になって全編読んでみると、少年文庫版に収録された「小人の国」や「巨人の国」の話は、あまり印象に残らないなと思います。はんたいに、批判や風刺の効いた「空飛ぶ国」や「馬の国」の話の方が面白いなと感じるようになる気がします。上の方にはぜひとも、全編読んでいただきたいですね。

 ただ、この方の名誉のためにも申し上げますが、『ガリバー旅行記』を異文化との出会いを面白がるという観点から好意的に読むことが全く的外れというわけではありません。確かに、ガリバーは旅先で驚くほどの適応力を見せてそれぞれの社会に溶け込んでいますし、その社会の様子を描写して、時にウンザリするほどの批判を浴びせつつも、結局数年にわたって住んでいるわけです。実際、読書会の中でも「こういう面だってあるよね」という話で僕らは盛り上がっていました。

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 以上、Aグループでの話し合いの様子をご紹介しました。最後の最後に、全体発表の内容をもとに、他のグループでどのような話が出ていたのかについて見ておくことにしましょう。

 Bグループでは、「意外と分厚くて読むのがたいへん」「人間嫌いが凄い」といった感想の他に、「自分がいきたい国はどこか?」ということが話題になったそうです。ちなみに、人気だったのは巨人の国だといいます。「巨人として住む分には一番まともな国だと思う。逆に小人の国は、住人の器の小ささが目立ってちょっと……」という話がありました。確かに、小人の国の人たちは、卵を尖った方から割るか丸い方から割るかで長く戦争していましたからね。

 また、出版社ごとの訳の違いが話題になったという話もありました。岩波文庫版や角川文庫版ではガリバーの一人称は「わたし」ですが、新潮文庫版だけ「我輩」が主語になっています。僕は「我輩」版を読んだのでそれが普通だとばかり思っていたのですが、この訳で読んでいた人は少数派で、このグループでは「我輩ってなに」と笑いが起きたとのことでした。

 Cグループでは、「ガリバーってどんな人なの?」ということが話題にのぼっていたそうです。「妻子を置いて旅に出てしまうひどい男」「こじらせ系」「高飛車」「どの国へ行っても成長しないヤツ」といった批判的なものがある一方で、「少年のような人」「適応力が高い」といった好意的な意見もあったようです。人間嫌いについても、このグループでは「人間に興味があるからこそ皮肉めいたことが書けるのだ」と、マイルドな受け止め方をしていました。

 それから、「逆に、それぞれの国の住人がイギリスにやって来たら?」という“もしも”についての話し合いもあったそうです。「とりあえず馬の国の人は怒るやろなあ」という意見が出たそうで、発表の際皆さん大ウケしていました。発想の勝利ですね。

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 といったところで、午後の部=課題本読書会の振り返りを締めくくりたいと思います。これで読書会本編の振り返りは終了ということになるわけですが、午前の部振り返りの最初にもお伝えした通り、京都彩ふ読書会では読書会終了後もメンバー同士の交流の時間を設けていますので、次回その様子もご覧に入れたいと思います。今回は残ったメンバーで「ブックポーカー」というゲームをやりました。これがまた大いに盛り上がりましたので、張り切ってレポートしたいと思います。皆さまどうぞ、最後までお楽しみください。