ほんの些細な一言が、心に迫ることがある。

 タイムカードを押して会社を出ようとすると、すぐ前に、現場研修の頃によく話し掛けてくださったベテランの方の姿があった。その方が自転車に乗ったまま通用口の門をゆっくり空けている間に、僕は追いついた。すぐさま声を掛けられた。
「ひじきくん、帰るで!
 僕は一瞬戸惑ってから、「はい、お疲れ様です」と返した。すると返ってきたのが次の言葉だった。

「ビールが待ってる!

 その瞬間、僕はなんとも言えない満ち足りた気持ちになった。楽しみなことに向かって、急いで自転車を走らせようとするその方が、その時とにかく幸せそうに見えた。
「いいですね!
 口を突いて出たのはシンプルな言葉だった。けれども僕は、他に言うべき言葉はないと思った。
「はっ、はっ!
 そんな笑い声を残して、自転車は漕ぎ出されて行った。

 これ以上良い帰り際の挨拶に、僕はまだ出会ったことがない。