お待たせいたしました。8月18日に開催された京都・彩ふ読書会の振り返り、第2弾をお届けしたいと思います。前回は午前の部=推し本披露会の様子をみてきました。今回は午後の部=課題本読書会へと話を進めていこうと思います。

 午後の部=課題本読書会は、13時40分ごろに始まり、1時間半余り続きます。総合司会が読書会の流れや注意事項などを説明し終えたら、読書会開始です。参加者は平均6~8名のグループに分かれており、グループの中で課題本について感じたことや考えたことなどを話し合います。15時になりましたら、グループでの話し合いは終了となり、引き続き全体発表に移ります。これは各グループの話し合いの内容を共有するためのもので、各グループ代表者1名により行われます。全体発表の後、今後の読書会やサークル活動のアナウンスを経て、読書会は終了となります。

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 今回の課題本は、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』——冷凍睡眠(コールドスリープ)とタイムトラベルを取り扱った半世紀以上前のアメリカのSF小説です。ざっくり言えば、〈友人と婚約者に裏切られ職と希望を失った天才技術者ダン・デイヴィスが、度重なるタイムトラベルの果てに幸せを掴む物語〉というものになります。え、なに、ざっくりすぎてよくわかんない? 「何度もタイムトラベルして、ダンはいつの時代へ行っちゃうの?」「最終的に手にする幸せってどんなものなの?」いやいや、それは皆さん、本を手に取ってお確かめくださいな。

 ちなみに、今年のハヤカワ文庫の「夏に読もうフェア」でこの本を買うと、「タイムトラベルは必要ない?」と書かれた帯がついてきます。この帯の影響で、僕は当初「コールドスリープだのなんだの言ってるけど、実は全部夢オチだったりして……」などと思っていたのですが、実際に読んでみたら主人公めっちゃタイムトラベルしてました。いや、ホント、あの帯はどうなんだろう……なんて、どうでもいい話ですね。

 読書会の参加者は総勢17名で、話し合いは3つのグループに分かれて行われました。僕はBグループに参加しました。先に、グループの平均人数は6~8名と書きましたが、今回このBグループの参加者は5名とやや少なめでした。メンバーは僕のほか、進行役を務めてくださった大阪サポーターの男性、普段は大阪の彩ふ読書会に参加されているという女性、参加3回目ながらすっかり顔馴染みとなった女性、そして、1月以来半年以上ぶりに読書会に来てくださった女性といった顔ぶれでした。最後に紹介した女性の方ですが、半年以上も間が空いたら下手すりゃ読書会の存在さえも忘れかねないだろうに、よく来てくださったなあと思います。ありがとうございます。

 それでは、グループでの話し合いの様子をみていくことにしましょう。

◆率直な感想集

 グループトークは、課題本全体の感想を話し合うところから始まりました。その中から幾つかを取り上げてみようと思います。

 ▶「猫が主人公の小説かなと思ったら、全然ちがった」——『夏への扉』は、主人公ダンの飼い猫であるピートが、ダンに家の扉を開けろとせがむという習慣の描写から始まります。さらに、第1章では、ダンとビートが酒場で飲み交わすシーンの描写が続きます。確かに、そんな書き出しをみたら猫に注目して読みたくなりますが、実際のところ、物語中盤では猫は全くと言っていいほど出てきません。拍子抜けしてしまうのもわかる気がします。この〈猫問題〉については、トークの最後で復活しますので、ご期待ください。

 ▶「正直、他の小説でもありそうな展開だなあと思った」——こんな感想がありました。タイムトラベルの果てに幸せを掴む物語、確かに色々ありそうです。サクサク読めるし、ハッピーエンドもいいんだけれど、どうもドハマりできそうにない……僕自身、本書に対してそんな感想を抱きながら読書会に参加していたのですが、このモヤモヤ感の背景にはある種の既視感があったのかもと気付かせてくれる感想でした。もっとも、半世紀以上前の小説ですから、当時は斬新な設定だったのかもしれません。

 ▶「前半はミステリー調、後半はタイムトラベルもの、そしてラストはヒューマンドラマという感じがしました」——これは『夏への扉』という作品のテイストを非常に的確に表した感想だと思います。上ではドハマりできそうにないと書いた僕ですが、前半部分を読んでいる時には、思いがけない展開の連続に、「え、この先どうなるの?」と目が釘付けになり、グイグイ惹き込まれていました。ネタバレになりますが、ただの裏切り者だと思っていた婚約者ベルが、実はめっちゃ悪いヤツだった辺りとか、「おいおいマジか」と思ってました。終盤がヒューマンドラマというのも納得です。

 こんなザクッとした感想が幾つか出たところで、話は作品にまつわる各論へと移っていきました。

◆なぜ『夏への扉』というタイトルなのか?

 参加3回目の女性の方からこんな質問が出ました。深い考えのない僕は、「だって書いてあるじゃないですか」と答えました。例えば、ハヤカワ文庫版『夏への扉』の裏表紙には次のような解説が載っています。


 ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じているのだ。1970123日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。最愛の恋人に裏切られ、生命から二番目に大切な発明までだましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ!


 この解説を読めば、タイトルが『夏への扉』である理由は一目瞭然だと、僕は思っていました。ところが、女性の疑問はこれでは解消しなかったのです。「日本だと冬の次は春だから、『春への扉』になりそうなのに、なんで『夏』なのかなと思って……」

 そこまで言われて、鈍い僕もハッとしました。確かにそうです。それに、この物語は主人公ダンがタイムトラベルの末に新しい生活を始めるところで終わるのですが、日本人の感覚だと、新生活と結びつく季節は、やはり春です。では、なぜ「夏」なのか。

 グループの中では、日本とアメリカでは気候が違うからではないかとか、アメリカでは新学期は夏に始まるから新生活のイメージと重なるのも夏なのではないかといった話が出ていました。現実的な角度から「夏」の謎に迫ろうとしていたわけです。

 ところで、全体発表の際、別のグループの方がこんな意見を紹介していました。「人生頑張れば最終的に幸せになれる、一足飛びには辿り着けないけれどやがて報われるという意味が、このタイトルに込められているのでは、という話になりました」このグループでは物語の展開を読み解きながら、「夏」の謎に迫ろうとしていました。そして、「幸せには一足飛びでは辿り着けない」という解釈によって、冬から夏に変わるまでの時間の厚みを受け止めようとしていました。発表を聞きながら、僕はなるほどなあと思っていました。それにしても、グループを跨いで同じテーマで話が盛り上がるのは面白いですね。

◆コールドスリープを巡って

 続いて、作中で大きく取り扱われていたSF技術・コールドスリープを巡ってグループで交わされた話を振り返ろうと思います。コールドスリープとは、人間やその他の生き物を低温状態にし、老化を防ぎつつ眠らせる技術のことです。『夏への扉』では、過去から未来へのタイムトラベルを可能にする技術として登場します。

 半年ぶりに参加された女性の方は、コールドスリープにより未来へ到達したダンの台詞「未来は過去に勝る」を引用し、未来に夢を託せるのは希望があると話していました。また、ダンは1970年から2000年へタイムトラベルしているのですが、20~30年という見知った者のいる未来へ行くというのは面白いに違いないと話していました(ダンが行き着く時代のこと、つい書いてしまいました)。未来は今より良くなるという希望を持ちづらくなって久しい僕には、この感想は新鮮に思えました。

 普段大阪の読書会に参加されている女性の方からは、ダンがコールドスリープにより実際の2000年代に来ていたらどうなっていただろう、という問題提起がありました。作中と現実の2000年代を比較すると、似ている部分(言い換えれば、ハインラインが未来を的確に見抜いていた部分)がある一方で、現実にはあったけれど作中には登場しない技術などもありました。例えば、作中に登場する自動製図機が、コンピュータ・ソフトの形で現実に存在していたといえる一方、現実にはそれなりに普及していた携帯電話が作中には全く登場しないといったようにです。

 いずれにせよ、ダンその人にとって重要と思われるのは、作業の機械化が大きく進展していたということでしょう。技術職・発明家としての自分に誇りを持つダンにとって、作業の機械化は、アイデアの可視化を手助けする便利な進化と映ったか、はたまた、己の手作業を奪い事務労働へと追いやる不都合な変化と映ったか。大方前者だろうという気がしますが、議論の余地がありそうです。

 進行役を務めてくださった男性からは、コールドスリープの目的が、世界の危機からの脱出といった全地球・全人類規模のものではなく、ある種の現実逃避や裏切り者への復讐といったごく個人的なことだったのが新鮮だという話がありました。確かに、自分のためのお手軽なコールドスリープというのは、ちょっと意外で面白い感じがします。

 すると、男性の発言に対し、ある参加者から「ドラえもんのタイムマシンみたいなものですね」という発言が出ました。この発言に一同「あー!」と頷きました。言われてみれば、ドラえもんの秘密道具も実にエゴイスティックな目的のために使われますよね。目からウロコでした。

 そして、この驚きの結果、僕らのグループでは暫く、『夏への扉』そっちのけで『ドラえもん』談義をしてしまいました。正確に言えば、僕が率先して『ドラえもん』の話ばかりしてしまったんですけどね……もっとも、これだけは書いておこうと思うのですが、『夏への扉』と『ドラえもん』は、科学技術の個人利用をテーマにしたSFという点で共通しているものの、科学技術に対する態度という点ではむしろ反対に近い作品だと思います。『ドラえもん』は、科学は万能であるという信奉に対し警鐘を鳴らす作品ですが、『夏への扉』はむしろ科学技術に対する信頼に貫かれた作品という気がします。話の脱線にも多少の意味あり。面白い作品比較ができました。

◆ハイヤード・ガールと女性の社会進出

 上述の通り、コールドスリープやタイムトラベルを巡ってグループトークは盛り上がったのですが、僕個人の感想を述べると、『夏への扉』を読んでいて最も心惹かれた科学技術は、コールドスリープではなく、ダンの発明品であるハイヤード・ガール、あるいはそれに続く一連の家事代行ロボットでした。

 本作の主人公ダンが発明家であることは既に述べた通りですが、彼が発明していたのは女性を家事から解放するためのロボットでした。ハイヤード・ガールは、ダンが最初に発明したロボットで、平たく言えば人間の姿をしたお掃除ロボットです。この世では世紀が変わった後、ルンバというおよそ人間らしからぬ姿で実現した技術ですが、物語では、ダンは1960年代にハイヤード・ガールを完成させ、自動車でいうフォードと同等の知名度にまで押し上げたことになっています。

 ともあれ、女性を家事から解放するためのロボットというアイデアは、現代にあってなおその新鮮さや魅力を失っていないと、僕は思います。いやむしろ、女性の社会進出やワーク・ライフ・バランスといったことが盛んに話題になる昨今、その魅力はますます高まっているとさえ思えるくらいです。

 実際、家事代行ロボットに注目していたのは僕だけではありませんでした。ある参加者は「女であるということは決して楽なことではない」という一節を引用しつつ、若い男性ではなく女性の解放に目を向けたダンの炯眼に感服していました。「抜けてるところもある主人公だけど、心は人を助けたいと思っている優しい人だと思いました」そう話していました。

 それにしても、1950年代に女性解放のための家事代行ロボットのアイデアが現れていたというのは、本当に驚くべきことだと僕は思います。そんな話をしたところ、ある参加者が教えてくれたのですが、第二次大戦直後のアメリカでは、戦死等による人口減少のなかで復興を遂げるために、女性の社会進出を促そうというムーブメントがあったのだそうです。これを聞いて僕はますます考え込んでしまいました。女性の社会進出が、女性自身の希望から進められるばかりではなく、労働力等の補填という社会の側の要請によって促されてもいる。その構図は、少子化の進む現代日本において女性の社会進出が論じられている状況にかなり重なるのではないでしょうか。そんなことを考えていると、1950年代にアメリカで書かれた『夏への扉』が、現代へのメッセージに溢れる作品に思えてくるのでした。

◆〈猫問題〉ふたたび

 柄にもなく真面目な話を書いてしまいました。気分をガラッと変えまして、猫の話でもってグループトークの振り返りを締めくくることにしましょう。

 振り返りの冒頭でもダンの飼い猫ピートについての感想をご紹介しましたが、15時が近づくちょうどその頃、思い出したように猫のことが再び話題にのぼったのです。それは、「もうすぐ全体発表ですけど、皆さん言い足りないことないですか?」という振りを、進行役を差し置いて僕がやった直後のことでした。参加3回目の女性の方がこんなことを言ったのです。

「この話に猫って要ります?」

 あまりに突拍子もない疑問に、僕らは「フハハハハ」と加速度的に声の大きくなる笑いを立てながら、改めて、作中におけるピートの役割を考えてみました。先にも書いた通り、ピートは作品の中盤では全くと言っていいほど存在感が消えてしまいます。ですが、作品の序盤で失意の底にあるダンの話し相手になったり、実は極悪人だったダンの元婚約者に立ち向かったりするのはピートですし、終盤で、ダンがある重要人物と面会する時に鍵を握るのもピートなのです。そう考えると、登場する場面は少ないけれども、ピートがいないと物語が回らないのでは、という気がするのですが……

 僕はだんだん頭が回らなくなってきました。そして、「そういえばドラえもんも猫でしたね」とどうでもいいことを口走ってから、なんとか気を持ち直して、「逆に訊きますけど、ピートがいなかったらこの作品どうなってたと思います?」と尋ねてみました。女性は暫く考えた後、実に単純明快な答えを返してくださいました。

「ただ主人公がヤケ酒に溺れるだけの話になっていたと思います」

 結論を申し上げましょう。『夏への扉』は、猫がいて初めて成り立つ物語です。

 ちなみに、作品における猫の役割については、他のグループでも話題にのぼったようです。そのグループでは、SF慣れしていない読者にとって、タイムパラドクスが関わる本作は混乱しやすい作品なので、猫という馴染みやすいキャラクターの存在は重要という結論に至ったようでした。

◆全体発表

 グループトークの振り返りは以上となります。最後に、全体発表の内容をざっと見ておきましょう。一部の内容についてはここまでの振り返りの中で書いてしまいましたので、以下ではその他の内容を取り上げたいと思います。

 ▶ダンはすぐに相手を信じるお人好しだと思う。そのために辛い目にも遭っているが、最終的にハッピーエンドを迎えられたのもやはり相手を信じたお陰だと思う——物語全編について、こんな解釈が出たようです。素直であることを信条とする僕にとっては、大きな救いとなる内容でした。

 ▶訳の違う本を持ってきている人がいて、言葉の違いや解釈の違いが話題になった——こんなグループもあったそうです。例えば、振り返りで取り上げた「ハイヤード・ガール」ですが、僕の持っている版では「文化女中器」という今なら即炎上しそうな漢字が当てられています。一方、新訳では「お掃除ガール」と翻訳されているそうです。今風の訳と言ってしまえばそれまでですが、訳の違いによって確かに印象もガラリと変わってきそうですね。

 ▶タイムパラドクスについて考えようとするとどうしても頭がこんがらがる——最終的に猫に癒されたグループの発表ですね。そういえば、僕らのグループでも、ドラえもんはのび太を更生させられないのではみたいな話してました。って、いや、ホント、ドラえもんの話ばかりですみません。

◇     ◇     ◇

 といったところで、午後の部=課題本読書会の振り返りを締めくくりたいと思います。さて、8月18日の読書会の振り返りは、あと1回、「オトナの学童保育」編が残っております。皆さま、最後まで存分にお楽しみください。