一昨日・811日、「浴衣でスイーツ会」なる会が京都で開かれたので参加した。これは読書会メンバーを対象にしたイベントで、主催者のーさんが構想に1年をかけて実現させたものである(もっとも、1年の半分以上は妄想期間だったかもしれないけれど)。

 何を隠そう、僕は自分の浴衣を持っている。昨年4月に友人と城崎温泉を旅行した際に浴衣にハマり、帰って来るなり1着買ってもらったのである(どういうわけか、何も言わないうちに親持ちになった)。しかし、折角買ったにもかかわらず、その浴衣の出番は回ってこず、綺麗に折りたたまれて箱に入ったまんまになっていた。そこへ浴衣会の話が舞い込んできたのである。逃す手はなかった。

 というわけで、今日はこの浴衣会の話をしようと思う。

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 京都に行けば浴衣の人は珍しくないが、地元ではたいへん目立つ。折しも、前日に淀川の花火大会があったばかりで、「これじゃ花火の日を間違えた阿呆みたいじゃないか」と、気にせんでもいいことを気にしながら、僕は電車に乗った。もっとも、河原町行きの特急に乗り継ぐと、もうその中には浴衣の人が何人かいたので、すっかり気分が落ち着いた。単純なものである。

 浴衣会は夕方からであったが、僕が京都に着いたのは14時半過ぎのことだった。なぜそんなに早くに居たかというと、会の前に下鴨神社の古本市へ行く予定だったからである。これも企画したのは読書会メンバーの1人で、このブログでは「生き字引氏」という名前で何度か登場している方である。生き字引氏と言っても、森見登美彦作品の生き字引氏という意味で、あまねく知識豊富な方かどうかは、僕も確かめたことがないのでよくわからない。ともあれ、下鴨神社の古本市は一度行ってみたいと思っていたので、企画に乗ることにしたのである。

 蓋を開けてみれば、古本市に行ったのは僕と生き字引氏の2人であった。考えてみれば、酷暑の京都の街を、着慣れない浴衣で歩き、なおかつ古本という、後の予定を考えれば荷物以外の何物でもないものを好んで見に行こうという人が沢山いるわけもなかった。かくいう僕も、二言目には「森林浴に来ました」というくらい買う気はなく、ただ古本市へ行って本を眺められればよいという腹積もりだった。

 生き字引氏は青色の浴衣に身を包み、大きなカバンを肩から下げていた。氏は毎年古本市に足を運んでいるという。「誰も来なかったらどうするつもりやったんですか?」と尋ねてみると、「それはまあ、一人で来てましたよ」という答えが当然の如く返ってきた。最近読書会では、このように、一人で行ってもいいのだけれど折角だから声を掛けてみるという形で、パッと企画が立ち上がることがしばしばある。僕はぼんやりしているものだから、こうして企画が立ち現れることで「やりたい」が刺激されるのを、いつも有難いなあと思っている。そうしてずっと乗っかり隊長を決め込んでいる。

 下鴨神社の納涼古本市は、糺の森の馬場と呼ばれる場所一面で行われていた。馬場はその名の通り、普段は観光用の馬車がぐるぐる回る広い空間であるが、この日は数十に及ぶ古書店が店を張っているので、とても狭い場所のように感じられた。売られている本は、古い本や文学全集のようなお堅いものから、文庫・新書・マンガ・児童書の類まで様々であった。外国語の本もあったし、映画のパンフレットや古地図、CDDVDもあった。CDを入れたラックが地面に平置きされていて、それを何人かの人がしゃがみ込んで眺めているのが、金魚すくいをしているようで面白かった。

 僕は殆ど本を手に取ることなく、ただひたすら背表紙を眺めながら、出店を順番に見て行った。それだけでも、迷宮に迷い込んだような気分になってくらくらした。あれは流石に暑さのせいではなかったように思う。要するに、とんでもない量の情報が集積して、文字となって踊り狂うのである。眩暈を起こしたとしても不思議はない。

 そんなわけで、僕は程なくヘトヘトになってしまい、会場南端の飲食ブースで缶のサイダーを買って、ベンチに腰掛けて木々を見上げていた。生き字引氏は、本棚を縫うように進み、時折本を手に取って眺めていたが、これもやがて同じサイダーを買って僕の前へやって来た。「何か買いましたか?」と尋ねると、「買うほどのものはなかったです」と返ってきた。「毎年何か買ってます?」とさらに尋ねてみると、「そういえば去年は何も買ってないですねえ」ということだった。

 1時間余りで、僕らは糺の森を後にした。時刻は16時半だった。浴衣会へ向かうにはまだ若干間があった。「暑いですねえ」とどちらからともなく言った。やがて生き字引氏が「カフェでも行きます?」と言い、僕らはそのまま、鴨川べりにあるボンボンカフェというところへ行くことにした。前に、読書会のある方が、「デートでしか行ったことない。野郎だけで行く場所じゃない」と言っていたお洒落カフェである。「これ絶対ツッコまれますよ」と僕は言った。とはいえ、ボンボンカフェも一度行きたいと思っていた場所だった。

 僕らはどういうわけか、鴨川デルタから飛び石を渡ってボンボンカフェへ行くという方法を採った。浴衣で飛び石ができるか僕は不安だったが、生き字引氏は「まあなんとかなるでしょ。所詮水ですし」と言うだけだった。飛んでみると、案外何とかなるものだった。僕はなるべく余計な動きをしないように、足だけ動かしてひょいひょい進んだが、振り返ってみると、生き字引氏は一歩飛ぶごとに鳥が羽ばたくように両手をパッと広げていて、可笑しくてたまらなかった。

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 カフェにいたのは30分ぐらいのことだった。それから僕らはバスで京都駅へ向かった。着いたのは1750分ごろのことで、ラインをみると、メンバーは既に京都タワーのフードコートに集まり始めているとのことだった。生き字引氏の案内でフードコートに着いた後、浴衣姿でテーブルを占拠しているはずの一群を探して辺りをキョロキョロ見回した。そして、フードコートをまるまる一周して、漸くメンバーの姿を捉えた。メンバーは、紫、青、黒ととりどりの浴衣を着ていて、赤、青、黄とこれまたとりどりの色をしたサイダーらしきものを飲んでいた。既にサイダー1缶とカフェのレモンスカッシュを飲んでいた僕がどうしようかと思っていると、ビールサーバーを背負った売り子さんがやって来た。押しに弱い僕は苦笑いしながらビールを頼んでしまった。

 メンバーが揃うまでの間、僕らはそうしてめいめいのものを飲みながら談笑していた。残りのメンバーはぽつぽつとやって来た。そうして総勢10名揃ったところで、僕らは次の場所へ移動した。

 ここでいよいよ浴衣会の行程を説明するとしよう。全員揃ったところで、僕らはまず抹茶スイーツを食べに行った。事前に場所を決めていたわけではなかったので、その場でお店を検索して空いていそうなところへ入るという行き当たりばったり方式であった。最終的に行き着いたのは京都駅の伊勢丹の中にあるお店だったので、僕らは浴衣姿のまま京都駅をウロウロする格好になった。スイーツを食べ終わると、今度は京の七夕を楽しむべく、梅小路公園まで歩いて行った。そして写真を何枚か取った後、新駅・梅小路京都西から電車に乗って京都へ戻った。

 以上が会の行程であるが、白状すると、僕は1つ大きな勘違いをしていた。京都タワーで集合した後、僕らはすぐ梅小路公園へ出掛けるものとばかり思っていたのである。だから僕は、右手にビール、左手に焼き鳥でも持って夕闇の公園を散策する気でいたのだ。そんなわけで、抹茶カフェへ行くのだと聞いた時、僕は思わず「え、そうなんですか?」と訊いてしまった。「そうですよ」「ラインに書いてあったじゃないですか」「カフェがメインなんですよ」「七夕はサブ!」総ツッコミを受けて僕が「はあぁ……」となったところで、一同は席を立った。

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 気の向くままに書いていたらやけに長い記録になってきた。そろそろ面倒なので、適当に端折って書くとしよう。ここからが本編じゃないのかと思われる向きもあるだろうが、考えてみれば、僕はどこかへ出掛ける時、本来の目的に辿り着くまでに興奮で疲れ切ってしまうということが往々にしてある。今まさに力尽きかけているこの記録も、そんな向こう見ずの僕らしいということにしておこう。

 さて、抹茶カフェの場所を調べ、僕らを先導してくれたのは、おでん会会長であった。おでん会とは、会長女史が主催するあらゆる会の総称であり、第1回がおでん屋だったためにこの名がついている。命名の経緯が示すように、ゆるく楽しむのをコンセプトとする会である。その会長が先頭に立ったものだから、浴衣会もおでん会に化けるのではないかと僕は思ったが、会長は「いやいや」と否定した。もっとも、伊勢丹へ向かう途中に気まぐれに寄り道するなど、行程は会長の一存で決定していった。

 その寄り道の途中で「折角だから記念撮影しよう」ということになった。生き字引氏がカバンの中から大きな一眼レフを取り出したので、撮影係は自然と氏になった。そんないいカメラを持っているくらいだから、生き字引氏の写真へのこだわりは相当なもので、背景の具合まで考えて最善の構えを模索していた。結果ジョジョ立ちのように身体をくねらせる生き字引氏があまりに面白いので、僕らの関心は氏に集中することになった。それまで互いの浴衣を「かわいい」と言い合っていた女性陣の声が一斉に笑いに変わり、写真は氏に任せようと身を引いていた参加者が、慌ててスマホを構えると僕らではなく氏を撮り出すという被写体倒錯事件が発生したといえば、その注目の程が伝わるであろう。先の飛び石のくだりといい、撮影時の構えといい、生き字引氏は身のこなし方だけで笑いを取る才能があるのではないかと僕は思う。

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 抹茶スイーツを食べた場所は、伊勢丹の6階にある都路里というお店だった。4名・6名に分かれて座ったのだが、2つの席は色々と対照的であった。僕のいた6人席では、6人中5人が同じ抹茶パフェを頼むという見事な被り合いを呈していたのに対し、4人席の方は全員違うものを注文していた。そして、6人席では、「スイーツと言えばバナナですよね」という話だったり、運動習慣の話だったり、職場で飲み会はあるかという話だったり、それはもう取り留めのない話を延々していたのであるが、4人席の方では、小耳に挟んだ限りではあるが、文学青年氏が主導する形で本の話をしていたようだった。

 抹茶パフェは、濃い味のする一品だった。僕らは談笑しながら、時間をかけてパフェを味わった。

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 都路里を出たのは、伊勢丹が閉まる夜20時のことだった。それから僕らは京都の街を歩いて、梅小路公園へ向かった。既に辺りはすっかり暗くて、街灯の少ない住宅街は寂しいというよりも怖いような気さえした。ただ、その分暑さは和らいでいたので、歩く分には困らなかった。

 梅小路公園は既に閑散としていて、夜間特別営業していた水族館の入口にもシャッターが下りていた。公園の奥に並んでいる屋台も、やっているのか店じまいしているのかよくわからなかった。そんな中、僕らの気持ちを昂らせてくれたものが2つあった。1つは夜空に浮かぶ丸く大きな月であり、そしてもう1つは、イルミネーションに照らし出されたカップル向けの木製ベンチであった。それぞれを背景にして僕らは写真を撮った。前者は真面目な集合写真であり、後者は3名ずつくらいに分かれ、互いに囃し立てながらの撮影会であった。逆に言えば、それ以外にすることは特に見当たらず、大はしゃぎで写真を撮り終えると、もう梅小路京都西駅に向かって歩き始めていた。ビールと焼き鳥と、ついでに粉ものを楽しみにしていた僕だったが、もういいやという気持ちがした。

 もっとも、新駅へ向かう道の端には円筒形の灯籠が置かれていて、和を感じたかった僕らの心の慰めになった。おでん会会長が言った。「なんかいい感じになってきましたね。灯籠と、奥には沼もあって」沼!? と思って辺りをみると、確かに灯籠の向こうの茂みの中に、丸く掘られた池があった。「沼って」とツッコミを入れられた会長は、「そうね、沼って、なんだか深みにはまっていくみたいで」と必死に取り繕うような話をしていたが、やがてそこから「夜の京都の抜け出せない沼って、なんだか恐ろしいですよね」と怪談話が始まったのには驚いた。確かに、灯籠の淡い明かりに照らされた道を進むうち、沼にはまって抜け出せなくなるなんて、ありそうな怪談だと僕は思った。

 幸いにして、一人の落伍者も出さないまま、僕らは駅に辿り着いた。そしてそこで解散の運びとなった。

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 以上で、浴衣会の話は終わりである。またしても取り留めのない話になってしまった。もっとも、外出の話を書くというのは往々にしてそんなものである。画が浮かべば、それだけで幸いである。