昨日に引き続き、721日に京都北山のSAKURA CAFÉにて開催された彩ふ読書会の振り返りをお届けしようと思います。昨日は午前の部=推し本披露会の様子を見てまいりました。本日は午後の部=課題本読書会の様子へと話を移していくことにしましょう。

 課題本読書会は、毎回1340分ごろに始まり、1時間半余り続きます。参加者は平均68名程度のグループに分かれて座り、総合司会から読書会の流れや注意事項について説明を受けた後、グループの中で課題本の感想などを話し合います。15時ごろになると再び総合司会が登場し、その旗振りのもと全体発表が始まります。全体発表は他のグループで出た意見・感想などを共有するためのもので、各グループ代表1名が発表する形式です。全体発表が終わると、今後の活動についてのお知らせを経て、読書会は終了となります。

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 今回の課題本は、夏目漱石の『こころ』でした。先生と私という2人の男の交流、そして、私宛の遺書により明らかになる先生の過去を通して、人間のエゴや浅ましさを描き、我々に問いかけてくる、そんな小説です。高校の国語の教科書にも載っているので作品をご存知の方は多いと思いますが、印象に残っているか、内容を覚えているかという点になると人それぞれなのではないかと思います。

 かくいう僕も、中高生の時分に一度ないし二度読んでいるのですが、話の印象はまるでなく、当時周囲で流行り出した「精神的に向上心の無い者は馬鹿だ」という罵倒語が『こころ』からの引用であることにさえ気付いておりませんでした。しかし、26になって読んでみると、かつてに比べ人のこと、或いは自分のことが見えるようになったらしく、先生の独白を自分の写し鏡の如くに考え、反省するようになっていました。

 さて、721日の午後の部には22名の参加があり、3つのグループに分かれて話し合いが行われました。僕は会場の一番手前、通りに面した大きな窓の側に陣取るBグループに参加しました。ABCの真ん中の名前を冠されたグループでありながら端に席があったのは、声の大きい僕を会場の中央に行かせないためだったようですが、僕はそんな仕打ちでめげる男じゃありません。「なんで端なんです?」と大根芝居を打ち、ベテラン陣が「なんででしょうねぇ」と意味のないはぐらかしを仕掛けてくるのに地団駄踏む素振りを見せながら、逞しくいつも通り読書会を愉しみました。

 Bグループのメンバーは全部で7名。男性3名・女性4名、ベテラン3名・ビギナー4名というバランスの良い構成でした。進行役は僕が担当しました。それでは、『こころ』を巡る読書会の模様を、以下で詳しくみていくことにしましょう。

◆実験、ふせん方式

 課題本読書会が始まって早々に、僕は1つ実験的な試みをしました。それは、『こころ』という作品を「○○が××する物語」という形で説明してくださいというお題を出し、答えを付箋に書いて発表してもらうというものです。

 〇〇には作中の登場人物(もしくは作中に登場するモノ)の名前を入れ、××にはその人物の行動を入れます。そして、「私が先生からの手紙を読む物語」「Kが御嬢さんに惚れてしまう物語」という形で、『こころ』の内容を説明するのです。必ずしも作品全体を説明する必要はありません。なんなら多少ネタに走ってもいいと思っていました。「西洋人が私と先生の前から姿を消す物語」という、冒頭数ページの枝葉を茶化すような答えがあってもいいわけです。以上のような説明をしたうえで、僕は皆さんにポストイットとサインペンをお配りし、5分ほど時間を取って、それぞれに答えを書いていただきました。

 僕がこの方法を試してみようと思ったのは、前回の読書会の際、僕が進行するグループでは、作品の感想は沢山話せているけれど、肝心の作品の振り返りがいい加減になっているのではないか、と感じたからでした。そこで、かつて自分が受けた国語の授業を思い出しながら、「○○が××する物語」という形で課題本を振り返ってもらうことを考えつきました。さらに、どうせなら答えを書いてもらった方がいいだろうと思い、かつて参加したワークショップを参考に、ポストイットに答えを書き出し、テーブルに貼るなどの方法で可視化することにしたのでした。

 このように狙いこそ大真面目なものの、個々の回答については、ある程度真面目なものが集まればあとはネタに走ってもいいやくらいに考えていたのですが、いざ始めてみると、皆さんたいへん真剣にワークに取り組むので、僕はかえって驚いてしまいました。「ムツカシイなあ」と言いながら、或いは黙々と、全員が課題本をパラパラとめくり、内容を振り返っていました。こりゃあちゃんとやらないとカッコがつかないぞと思い、僕も慌てて本をめくり出してしまうほどでした。

 そして5分後、答えを順番に発表していただきました。それをまとめたものが次の写真です。

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 『こころ』の中心人物は先生と私ですから、この2人を主語にした答えが多くなるだろうというのが僕の予想でした。実際、「先生が苦悩する物語」「先生がKに嫉妬する物語」「私が先生のように生きたいと願う物語」「私がバカンスを楽しむ物語」など、先生・私に注目した答えは一定数ありました。一方で、先生の同郷の親友であり作品終盤で劇的な自殺を遂げるKに注目したものは少なく、これは意外な結果でした。

 そして何より驚いたのは、御嬢さん(=先生の妻)と奥さん(御嬢さんの母親)に注目した回答が少なくないことでした。「奥さんが一番腹黒い話」「奥さん[御嬢さん]がさみしさを抱え続ける物語」「2人の人生を狂わせたお嬢さんの話」といった回答がそれになるわけですが、僕はこれらの回答に衝撃を受けました。そして、「意外でしたねえ」と話すうち、御嬢さんと奥さんについて振り返るところから、『こころ』の本編へと話を進めることになるのです。

◆奥さんと御嬢さん(先生の妻)について

 はじめに、「奥さんが一番腹黒い話」というインパクトのある答えを掘り下げることにしましょう。この答えを書いたのは、参加3回目の男性でした。その方は、「(先生と御嬢さんの結婚が決まった時)奥さんはKに何も言わなければ良かった」というのです。奥さんが2人の結婚についてKに告げたのは、結婚する2人が暮らす家から余計な若者を追い払うためである、そもそも奥さんはKを受け容れたくなかったのだから、とその方は続けます。奥さんは、先生とKの間柄を知ったうえで知らせないのはおかしいからとお節介を焼いたのだとばかり思っていた僕は、この読みに驚きつつ納得しておりました。

 一方、御嬢さん(先生の妻)については、腹黒いところなど一切なく、純白で、ただかわいそうという意見が多勢を占めていました。御嬢さんが先生とKという2人の人生を狂わせてしまったのは不幸な偶然である、というわけです。

 そんな御嬢さんについての話し合いの中でポイントになっていたのは、「御嬢さんは周りから情報を遮断されている」というものでした。奥さん(実の母親)からも、Kからも、そして先生からも。確かに、先生の遺書にも、妻の記憶を純白なままにしておきたいという旨のことが書かれています。登場人物の誰もが御嬢さんを丁重に取り扱っていた、そしてそれがために御嬢さんは何もわからないまま幾多の出来事に翻弄されることになった、そう考えると、確かに御嬢さんが一番かわいそうだと思えました。さらに、「自分と先生の結婚を機にKが自殺しているので、御嬢さんは自分が原因なんじゃないかと気に病んだと思うんですけど……」という意見もありました。何も知らされないなりに、御嬢さんもまた出来事の連なりをみて、一人苦しみ悩んでいたというのは、ありそうな話だと思いました。

 これは別のテーブルで出た意見で、僕は全体発表で知ることになるのですが、漱石の作品では女性は一段下に描かれていて、現実感のない浅い女性像の感があるということでした。実際、奥さんにしても御嬢さんにしても、その人たちに周りはどう見えているのかを知る手掛かりは作中に殆どありません。その点、物語の語り手に惑わされず、女性陣に見えている世界を探ろうとする参加者の発言は、とても面白いものでした。

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 さて、御嬢さんについて話すうち先生のことが話題にのぼり、グループトークは続けて先生のことに移っていくのですが、ここから先の話は稿を改めてお届けしたいと思います。皆さましばらくお待ちください。なお、明日飲み会が控えておりますので、金曜日以降の更新を予定しております。悪しからず。