京都の街を宵闇が包もうとしていた。低い西日がキンと射した時もあったが、それはほんの僅かな間のことで、程なく辺りは群青色に没した。

「辺りが暗くなるにつれて、アニメの方もだんだんシリアスになってきましたね」誰かがぽつりと言った。

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 6月16日夕刻、彩ふ読書会の京都会場である北山のSAKURA CAFEでは、『有頂天家族』の課題本読書会に続いて、アニメ『有頂天家族』の上映会が行われていた。京都の彩ふ読書会では、「午前の部=推し本披露会」「午後の部=課題本読書会」の二部からなる読書会の後も会場を借りており、メンバー同士が自由におしゃべりしたり、ボードゲームに興じたりする場ができている。この場は当初「ヒミツキチ」と呼ばれ、後に(といっても実施2回目のことであるが)「オトナの学童保育」と改称された。

 『有頂天家族』の上映会を企画したのは、他でもない、僕である。『有頂天家族』について大勢で話し合った後、流れで一緒にアニメを見たら面白いではないか。そして、ここSAKURA CAFEには、それができるだけの設備が整っている。やるしかない。そんな思いで、2ヶ月も前から僕は企画をあたためていた。もっとも、僕は『有頂天家族』の映像ソフトも、ソフトを再生できる機材も持ち合わせていなかった。やりたいことだけわかっているが手段を何も持たない僕に救いの手を差し伸べてくれたのは、森見登美彦作品のことなら何でも知っている生き字引氏という男性と、謎解きクイーンの異名を持つ京都サポーターの女性である。2人の絶大なサポートによって、ささやかなる我が夢『有頂天家族』上映会は実現した。

 上映会にはおよそ10名ほどの参加があった。それとは別に、会場入口から見てすぐ右側のテーブルで、ボードゲームに熱中するメンバーが5名ほどおり、時折スクリーンを覗き込んでいた。15名と言う人数は、僕の想像よりも多い人数で、それだけの人と一緒に『有頂天家族』を観られるのは、とても楽しいことだった。

 今回は時間の都合もあり、アニメ全13話中、1話・2話・4話・7話・8話・12話・13話の計7話を観ることになった。話数のセレクトを行ったのは、むろん生き字引氏である。最終13話は元々観る予定ではなかったが、12話を観終えたところでそのまま続きを観る流れが出来上がっていたので、しれっと放映してしまった。

 さて、この記事は上映会レポートの第2回に当たる。第1回では4話「大文字納涼船合戦」を観るところまでを振り返った。この話は今回繰り返さないので、気になる方はリンクで飛んでいただきたい。以下では7話以降の内容について振り返ることにしよう。

 なお、上映会の振り返りは、アニメを見ていて印象に残った点を箇条書きするスタイルを採っている。他に良い方法が思いつかなかったからである。全くの視聴メモなので、観ていない人には何が何だかわからないかもしれないが、ご容赦願いたい。どうせならあとでアニメを観たり原作を読んだりしては如何かと思う。それから、箇条書きの内容には時折周りの人の様子が混じる。折角なので、こちらもお楽しみいただければ幸いである。

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◆7話「銭湯の掟」

・シリアス回の序章。その割にはギャグの強い回だった。

・風呂嫌いの赤玉先生、家の中にヘンな色の空気が立ち込めていて、あまりのひどさに笑う。

・やっと銭湯に着いたと思ったら、いきなり女湯に入ろうとしたり、矢三郎たちが脱衣する中ひとり棒立ちしていたり、やっぱり赤玉先生はぶれない。

・力士の格好をして夷川親衛隊が大挙するシーンで、どこかから「原作よりキモイ」という声が挙がる。

・金閣銀閣登場。鉄のパンツで尻を守るも、腹を冷やして自滅。場内のあちこちから笑いが漏れる。

・その他数多のギャグの後、一気に矢二郎が井戸に籠った理由に話が移る。かなり急な調子の転換であった。とりあえず矢四郎は服を着なさい。

◆8話「父の発つ日」

・原作者・森見登美彦さんが泣いた回。自分の作品を見て泣いたのでは沽券にかかわるから、もう自分の作品の映像化作品は見たくないと言いながら、また他の作品を見て泣いたというエピソードが、森見さんのブログに登場する。

・「父上を死なせてしまったのは、この俺だ」矢二郎の自責の念が原作以上に痛切に描かれている。自分を責める余り虚ろになっていく矢二郎の姿は、あまりにも哀しい。

・叶わぬ片想いをしていた矢二郎に、父・総一郎は最後の晩「なんとかしてみよう」と言う。どうするつもりだったのだろうか。考えてみるが、わからない。

・赤玉先生が冥土へ発つ総一郎と出会う場面。原作再読の時から気になっていたが、このエピソード、矢三郎に向けて語られているわけではなく、どこか全然違う方を向いている気がする。それでも、赤玉先生は精一杯語ったのだという気がする。このもやもやする感じは、そう上手く消化できそうにない。

・割烹着姿の下鴨母登場。「お母さん若すぎる」という声が後で相次ぐ。

・矢一郎が泣く場面で8話はエンディングへ。ここの矢一郎には毎回もらい泣きしそうになる。後に続く矢三郎のナレーションも良い。優しくて、哀しい。

◆12話「偽叡山電車」

・一気に3話飛ばしてクライマックスへ。矢二郎覚醒回。

・冒頭で海星登場。「海星だ」と声があがる。この頃から、ボードゲーム部隊が撤退し、完全にアニメ鑑賞に移っていた。なお、海星については「思っていたより幼かった」という声も後であがる。

・金閣銀閣登場。間もなく狸姿で檻に閉じ込められる。閉じ込められた2人が登場したところで、場内で笑いが起きる。こんなオイシイ狸がほかにあるか!

・矢二郎が父の最後の言葉を思い出すシーン。8話と同じカットを使っている。8話では父が喋るカットは無音で、12話で初めて台詞に音が与えられる。あまりに巧みで憎い演出である(実際には、12話のシーンを先に知っていたので、8話を見た時点で伏線が張られていることに気付いた。「アッ」と思った次の瞬間には目に涙が溜まっていた)。

・モブの中に偽叡山電車をスマホで撮る女の人がいるのは知っていたが、この人、偽叡電が急発進しても全く動じずスマホで追っている。肝据わりすぎでは。

・鴨川へ飛び込む前に準備体操を始める金閣銀閣。また笑いが起こる。やっぱり人気である。

・飛び込む前に慌てる金閣銀閣。以下略。どこまでも人気である。

・風神雷神の扇で偽叡電が発進し千歳屋へ飛び込むシーンで大笑いが起こる。確かにこのシーンスピード感があり過ぎる。場内の笑いがそこで引く中、自分の店を壊されて呆然となる千歳屋の姿を見て、生き字引氏がひとり笑う。と言いつつ、僕も同じ箇所で笑った。

・叡山電車が先斗町の2階料亭に突っ込んでも、全く動じない寿老人。強者すぎる。

・偽右衛門選挙の会場を矢四郎が扇であおぐシーン。ここでもやはり爆笑が起きる。観る人が増えたのもあってか、この辺りから笑いが大きくなった。

・そして、偽右衛門選挙の会場と金曜倶楽部の宴席が隣り合わせになる。

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 ここでこぼれ話を1つ。

 ソフトとパソコンが揃い、万端整ったかに見えた上映会企画だが、実は思わぬ落とし穴があった。幸い、1ヶ月前に上映テストの際に穴は塞がったので、上映会当日の混乱は免れた。

 5月の京都読書会の学童の時間、テスト上映を試みた僕らは、「データを出力できません」という謎の表示に苦しめられていた。生き字引氏の持ってきたブルーレイは、謎解きクイーンのパソコンで確かに読み取れている。その証拠に、パソコンではちゃんと動画が再生される。ところが、パソコンをプロジェクターに接続した瞬間、映像は出力不可になった。

 生き字引氏と、読書会代表ののーさんが調べた結果、2つをつなぐケーブルがブルーレイの出力に対応していないことが分かった。そこで、備品セットの中を調べてみたが、欲しいケーブルは見当たらなかった。

 買うしかない。——すぐに北山近辺の家電量販店を調べた。あるにはあるが、徒歩で片道20分かかる。ケーブルを買って戻ってくるとなると、1時間かかる。それでは、オトナの学童保育は終わってしまう。

 だが、僕には勝算があった。ゲームテーブルへ歩み寄り、当時京都サポーターになったばかりの男性に声を掛ける。「今日自転車で来てましたよね。暫くお借りしていいですか⁉」

 久しぶりに自転車に乗り、高野川を越えた先にある家電量販店へ行き、ケーブルを買って戻ってきた。オトナの学童保育は、あとぴったり30分残っていた。

「思ったより早かったですね」と言いつつ、生き字引氏とクイーンの2人がケーブルを取り換える。そして再生すると、1話の冒頭が綺麗に映り、プロジェクターから矢三郎のナレーションが流れた。

「やりましたね!」

 椅子に座っていた生き字引氏が力を籠めて言った。そして左手を挙げた。ぼけっと立っていた僕は、彼の左手が僕に向けられたものであることに暫く気付かなかった。それから僕らは手を握りしめた。

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◆13話「有頂天家族」

・冒頭のナレーションが1話を彷彿とさせるものに変わる。つくづく演出が憎い。

・隣の部屋に弁天がいると気付き、化けの皮が剥がれる狸の長老たち。真っ先に化けの皮が剥がれたのが長老だけというのがなんとも情けない。

・淀川教授の転向シーン。「これはあの子だ。僕があの子だ。この子だけは渡さん」原作再読時にはここもうっかり涙が出そうなくらい感動したシーンだったが、アニメではすっかりギャグテイストになっていた。自分の中のギャップについて行けない。けれども、ギャグ展開もアリだなと思う。

・隣の部屋に金曜倶楽部がいるとわかるや、ポポポポンと音を立てて化けの皮が剥がれていく狸たち。とりあえず音がかわいい。そして、狸姿がみんなかわいい。それを見て「いくらでも鍋ができる」と言った寿老人は完全に変人。

・忘れられていた赤玉先生登場。すっかり面倒な酔っ払いに成り果てている。さらに、怒った赤玉先生の上に偽右衛門決定を祝うくす玉が落下するカットが追加。場内で笑いが起こる。

・風神雷神の扇で吹き飛ばされる仙水楼。扇はやはりウケるポイントらしい。

・無事だった下鴨母と四兄弟の電話のシーン。蛙に戻った矢二郎が泣くところでウルッときた。

・最後の初詣のシーン。矢三郎の後ろに海星が立つカットが微笑ましすぎた。

・そして、本殿へお参りするシーンでの全話回想。各話を観てきたためだろう、回想シーンが逐一泣ける。本当に綺麗な終わり方だと思った。

・「我ら一族とその仲間たちに、ほどほどの栄光あれ」

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 13話のエンディングと共に、上映会は幕を閉じた。「なんか締めてください」という振りがあったが、咄嗟に言葉が出なかった。「終わりです」とだけ、僕は言った。それでも、参加した方々からは拍手が起こった。

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 それからのことをしばし書いておこう。

 備品を片付け、机と椅子を元の位置に戻して、僕らはSAKURA CAFEを後にし、下鴨本通りの上で解散した。その後、僕、生き字引氏、クイーンの上映会チーム3人、さらに、「オトナの学童保育」の名付け親である京都サポーターの男性と、午前の部からご一緒していた歴史好きの男性の計5人で、飲みに出掛けた。

 ここでも僕はこだわりを発揮した。どうせなら、森見作品ゆかりの店へ行こう。

 森見作品には京都を舞台にしたものが多い。森見作品に触発されて京都を巡礼する人は後を絶たないという。いわゆる「聖地巡礼」である。そして、ここでいう聖地の中には、飲食店、それもバーなども含まれている。

 その1つ、三条にある「ノスタルジア」というバーに、僕らは向かった。奇しくもここは、『有頂天家族』に登場する朱硝子というバーのモデルになった場所である。僕が名前を挙げた店は他にもあったが、生き字引氏曰く「断然酒が美味いのはノスタルジアですよ」とのことであった。さらに氏は続ける。「ノスタルジアには本物の偽電気ブランがあるんです」偽電気ブランと聞けば、森見ファンでその名を知らぬ者はいない。作中に頻繁に登場する幻の酒である。嘘から出た実で、偽電気ブランと名の付く酒を提供している店は今や幾つかある。その中に1つ、森見登美彦さん自身も「ニセ」と書き加えた電気ブランの瓶に、オリジナルのブランデーを入れている店がある。それがノスタルジアだった。

「ホンモノのニセモノがあるんです!」生き字引氏はそのややこしい台詞がよほどお気に入りらしく、強い口調で数度繰り返した。

 北山から三条まではバスで出た。例の建築専門の男性が、三条の本屋に寄るというので、そこまでバスでご一緒することになった。SAKURA CAFEの前を出たバスは、下鴨神社の隣を通り過ぎ、出町柳駅の前を行き、賀茂大橋を渡った。ちょうど『有頂天家族』の舞台を巡るようだった。賀茂大橋を渡ったところにあるボンボンカフェの前で、「“お母さん”が通ったビリヤード場はここがモデルですよ」という話をすると、全員の目が輝いて見えた。京都で学生時代を過ごしたというある男性が「昔通ったなあ。女の子と一緒にやけどね」と言った。

 本屋に寄るという男性は、「第2部を買って帰ろうと思います」と話していた。作者でもなんでもないのに、嬉しくて恥ずかしくてたまらなかった。歴史好きの男性も2部を読もうと思うと話していた。思いがけず『有頂天家族』ファンが増えた。繰り返す、望外の喜びであった。

 さて、ノスタルジアである。とても落ち着きのある洒落たお店だった。案内された奥のテーブル席は、えんじ色のソファと、赤味がかった木のテーブルが、暗い照明の中にぼんやりと浮かび上がる雰囲気のある場所だった。わけてもクイーンはお気に召したようであった。

 ここでは偽電気ブラン(本物)の他にも、如意ケ嶽薬師坊(赤玉先生の本名)という名前の、ポートワインを基調としたお酒があったり、下鴨矢三郎や弁天という名前のお酒があったりした。店にいる間に、僕は偽電気ブランと薬師坊を飲んだ。偽電気ブランは、ロック・ソーダ・ジンジャー割から飲み方を選ぶことができる。僕はソーダ割にしたが、ジンジャー割にすると甘くて飲みやすいようだった。薬師坊は元々甘いポートワインが基調なので、とても飲みやすかった。

 お酒を飲み、スナックやピザを頼んでつまみながら、僕らはゲームをした。京都サポーターの男性が、とにかくゲームがしたくてたまらないらしかった。店がいかにオシャレであれ、いかに落ち着く場所であれ、我々は気付けばゲームをしている。騒いでいる。いつもと変わらぬ風景に戻る。そうして、「こういう店でやるから乙なのだ」と、わかったようなわからぬようなことを言うのだった。店員さんがとても気さくで、おすすめのスナックを教えてくれたり、ゲームに関心を示してくれたりするので、ますます僕らは盛り上がった。

 そうして2時間ほど愉しんで、僕らは帰路についた。店を出る直前に、生き字引氏から「これですよ」と声を掛けられた。見ると、「ニセ」と書かれた電気ブランの瓶があった。そして横には、森見登美彦さんのサインが入った『有頂天家族』シリーズのメニュー表があった。

「撮影していいですか?」僕は思わず尋ねた。店員さんはわけもなく「いいですよ」と答えてくださり、さらにどこからか、狸姿の矢三郎の人形を取ってきてくださった。矢三郎がメニュー表をよいしょと持ち上げる横に偽電気ブランが佇む、わくわくするような写真が、僕のアルバムに加わった。

 こうして、長い長い6月16日が更けた。

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 以上をもちまして、6月16日の読書会レポート全5回を締めさせていただきます。途中数日ブランクができるなど、完成に手間取ってしまい失礼いたしました。今後は力尽きないようなレポート作成を心掛けたいと思います。何はともあれ、最後までお読みいただき、ありがとうございました。