6月9日日曜日、月組公演『夢現無双』『クルンテープ』の東京宝塚劇場での千秋楽が、全国47都道府県にある71の映画館でライブ中継された。僕はそのうちの1つ、大阪ステーションシティシネマにいて、毎度お馴染み・彩ふ読書会の方々と共に、人生で初めてのライブビューイングに臨んだ。

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 今回の月組公演は、お芝居とショーの2本立てである。まず、『夢現無双-吉川英治原作「宮本武蔵」より-』という1時間半程度のお芝居が上演される。副題の通り、剣豪・宮本武蔵の生涯を描いた作品である。その後30分の休憩を挟んでから、『クルンテープ 天使の都』というショーが1時間程度上演される。クルンテープとはタイの首都バンコクの正式名称であり、その名が示す通り、『クルンテープ』はタイを舞台としたエキゾチックな魅力に溢れるショーである。

 そして、今回の月組公演は、絶大な人気を誇る2番手スター・美弥るりかさんの退団公演であった。千秋楽のこの日は、上記2つの演目が終わった後、美弥さんのサヨナラショーがあった。サヨナラショーは、各組のトップスター・トップ娘役が退団する場合には恒例となっているが、2番手以下のスターがサヨナラショーをするのは珍しいという。美弥さんの人気の高さが改めてうかがえる。サヨナラショーの後には、他の退団者と共に、退団セレモニーも行われた。

 僕らをライブビューイングに誘った読書会ヅカ部長は、美弥さんの大ファンである。1月末に美弥さんの退団が発表された時、部長はショックの余り仕事が手につかなくなった。読書会ヅカ部のラインにも「ああ……無理……」という書き込みがあり、部員数名が慰めに入り、うち数名は共に嘆くという事態になった。その後、部長は深い嘆きを抱えながらも悲しみの淵から這い上がり、最後の応援に尽力した。その心中は、察するに余りある。

 6月9日のライブビューイングは、美弥さんを応援する本当に最後の機会であった。「勇姿を皆さんで目に焼き付けましょう」と部長は語った。語りながら、涙で肝心の勇姿を見逃すことを恐れていた。

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 僕にとって、『夢現無双』『クルンテープ』2本立ての月組公演を観るのは、これが2度目であった。一緒にライブビューイングを観た、読書会主催者であるのーさん、大阪サポーターのHさんも2度目である。部長だけは何度目かわからない。

 初めて観たのは、3月21日のことである。この時は宝塚大劇場での生観劇であった。僕は舞台全体をみると同時に、劇場受付でレンタルしたオペラグラスを使って、主要な部分を覗き込んだ。美弥さんがソロで歌ったり舞ったりする時は、もちろん美弥さんを追った。

 後半のショー『クルンテープ』の途中で、美弥さんの優美さに思わず息を呑んだ。凛としていて、しかしどこか儚げで、繊細でありながら華麗であった。僕はわけもわからず感極まって、悲しいわけでもなんでもないのに、目に涙が浮かんだ気がした。

 後になって、部長から「退団者オーラ」という言葉を教わった。タカラジェンヌ、とりわけスター級のジェンヌはただそこにいるだけで麗しい。ところが、退団が近付くと、その麗しさが一段と増すという。僕がオペラ越しにみていたのも、退団者オーラを纏った美弥様だったにちがいない。

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 ライブビューイングは、予定通り15時半きっかりに始まった。中継カメラは複数台あるようで、舞台の主要部分の映像が切り替わりながら映し出された。全体像は追えなくなるが、大事な部分についてはオペラ越しさながらに鮮やかにみられた。

 劇『夢現無双』については、お陰でかなり話の筋が追いやすくなった。元々8巻ある原作を1時間半に圧縮した作品なので、初めて大劇場で観たときには、要素を詰め込み過ぎている気がして何が何だかわからなかった。けれども、主要部分だけを切り出して追うことで、余計な情報は捨象できたし、それを描く必要があったのかと疑問に思っていた内容についても、主要登場人物の心情との対比で描かれていることがわかって、色々と腑に落ちる気がした。のーさん・Hさんも同じような感想だったらしいが、部長だけは「私はわからない」と言っていた。この劇の中では、美弥さんはひょいと出てスッと去るを繰り返しているので、そもそも部長は満足できないのかもしれなかった。

 先に書いた通り、『夢現無双』は宮本武蔵の生涯を描いた作品で、少年時代から巌流島の決闘まで追うようにしている。トップスター・珠城りょうさん演じる武蔵の、剣の道を極めようとする姿が、舞台の世界で精進を重ねるタカラジェンヌの姿と被るような、そんな作品のように思われた。そして、離れて暮らし、一緒になれないとわかりながらも、互いを慕い続ける武蔵とお通の関係が、僕にはどうもグッときて仕方がなかった。

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 『クルンテープ』は、初見で魅了されたショーである。それだけに、ライブビューイングでこのショーを再び観るのは楽しみの1つであった。

 始まってすぐに、僕の心を鷲掴みにしたのは、第一幕だと気が付いた。アユタヤ王朝を意識した絢爛豪華な衣装を纏う何十名もの出演者が、メインテーマを高らかに歌い上げながら、舞台上で舞い、客席へ降りる。その迫力は到底言葉にしようがない。僕はただただ感極まり、早くも目に涙を浮かべた。退団も何も関係ない、理屈を通り越した感動だった。他にも覚えている場面は幾つかあるけれど、『クルンテープ』で何よりも語りたいのは、僕の場合この第一幕であり、そして、同じ曲を使った最後のパレードである。だが、ここで話を止めるわけにはいかない。

 『クルンテープ』は、一部ファンの間で「美弥ちゃんのためのショー」とまで言われるほど、美弥さんの見せ場の多いショーであった。宝塚の世界は、トップスターを頂点とする序列の世界である。そして、その序列は舞台の上でも象徴的に表現される。トップが一番目立つのであり、トップに見せ場が集中するのである。ところが、『クルンテープ』というショーは、その見事なまでの序列が突き崩されたのではないかと思えるほど、2番手である美弥さんにトップクラスの見せ場が用意されたショーだった。登場の仕方に華があり、ソロの場面が繰り返し登場する。そして、それらの一切を盛り立てるように一際盛大な拍手が鳴る。僕らの目は、自然と美弥さんを追う。それはカメラも同様である。

 カメラ越しの美弥さんは、オペラ越しの美弥さんとは少し違う。正直な気持ちを言えば、僕はオペラ越しに見た美弥さんの方が忘れられない。それでも、スクリーンに映る美弥さんが麗しいことに変わりはなかった。凛とした中に哀しさがある。そこから美が生まれ出る。その姿を追いながら、今が最後なのだということを意識する。どんな思いで舞っているのだろう。そんなことを考えていると、目が熱くなる前に鼻がずずっとした。

 僕ら4人は、それぞれに画面に見入っている。揃って見に来ているとはいえ、こうなっては知人も他人も同じで、互いが何を考えているかを想像する余地などどこにもない。ただ、部長は泣いているにちがいないと僕は思った。

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 壮麗なパレードが終わり、緞帳が下りた。スクリーンの向こうでは、大きな拍手がいつまでも鳴り止まず続いている。やがて上手から、組長の光月るうさんが現れた。光月さんは舞台中央まで進み、一礼してから、来場の礼を述べ、この公演のことを振り返った。その最後に、「そして、この公演は、美弥るりかの退団公演でございます」と言った。

 それから、美弥さんの宝塚での出演歴が全て読み上げられた。幾つかの作品については、美弥さんがその公演や役柄に寄せた思いも読み上げられた。全ての出演歴を読み上げた後、光月さんは自分の知る美弥さんのこと、そして美弥さんへの思いを語った。その声は、途中で揺れた。顔を上げた時、光月さんの両目から太い涙の筋がつたっていた。

 大泣きする光月さんの姿に多くのファンが涙した。スクリーン越しの音声に「うっ」「ああっ」という嗚咽が混ざる。そして、映画館の中でも、すすり泣きの声が大きくなった。僕もまた、もらい泣きを留めようがなかった。ライブビューイングが終わった後、Hさんは「あそこが一番泣けた」と振り返った。

 あるファンから聞いた話によると、美弥さんは宝塚と泣いてお別れするのではなく、笑顔でお別れしたかったのだという。組長さんもそれは知っていたにちがいない。けれども、溢れる思いは涙となり、頬をつたった涙は観る者の涙を誘った。宝塚大劇場での千秋楽の時も同じような光景が繰り広げられたそうだ。そして、そんな組長・光月さんを、美弥さんは「嗚咽の伝道師」と呼び、ファンを笑わせたという。

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「それでは、準備が整ったようでございます。美弥るりかサヨナラショー、最後までご覧ください」光月さんの挨拶が終わり、緞帳が上がった。

 17年に及ぶ美弥さんの宝塚人生の中には、ニワカファンの僕が知らない作品が山ほどある。サヨナラショーの楽曲は殆どそれらの作品からだった。だが、その始まりを飾ったのは、僕が知っている数少ない曲の1つだった。すなわち、ショー『BADDY』の曲である。聞き慣れたブラスバンドの演奏と共に緞帳が上がった時、美弥さんは『BADDY』の時の役柄・スイートハートの格好をして舞台中央に立っていた。「ンフフフフフ……」「アッハッハッハッハ」という妖艶な高笑いで、サヨナラショーは幕を開けた。

 僕の横でライブビューイングを観ていた読書会の代表のーさんは、『BADDY』の大ファンである。1月半ば、読書会ヅカ部が企画したカラオケフリータイムDVD鑑賞会、通称「強化合宿」において、のーさんは『BADDY』と出会った。出会ってすぐに心を射抜かれた。のーさんはヅカ部長から『BADDY』のDVDを借り、自宅にて繰り返し鑑賞した。仕事中にも頭の中で「わるい~こ~と~がした~い」という劇中歌が流れるという危険な状態に陥ったとは本人の弁である。そして、読書会主催者でありながら、読書会のレポートを脇に置いて『BADDY』の考察を書いて読書会のHPに載せたことは、前回①でも書いた通りである。そんなのーさんは、ライブビューイングの感想を訊かれてまず、サヨナラショーが『BADDY』で始まったことへの感動を述べた。

 ノリのいい曲から始まるというショーの構成もまた、泣いて別れるより笑って別れようという美弥さんの思いから生まれたものだったという。しかしその後、ショーの色合いはめくるめく変化し、4曲目にはしっとりとした曲が流れ、わけもわからず鼻をすする展開が再び訪れた。舞台上には途中から共演者が現れた。その共演者の人選にも、往年のファンは歓喜しむせび泣いたという。部長の胸中は察するに余りある。Hさんも、まさか映画館内を見回して何人泣いたかを数えて回りはしなかっただろう。

 ショーが何分だったのかはわからない。おそろしく濃厚な一瞬が流れたように僕には思えた。

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 大きな拍手の中、緞帳が下り、組長光月さんが姿を現した。緞帳の向こうでは、退団セレモニーの準備が進められている。その間に、光月さんは美弥さんを除く3人の退団者の出演歴を順に読み上げ、言葉を贈った。再び緞帳が開いた時、舞台上には出演者が左右に分かれて並び、その奥には大階段が宵闇の残光に浮かび上がるように静かに置かれていた。

 宝塚歴が若い退団者から一人ずつ、順に名前が読み上げられた。呼ばれた退団者は「はい」と返事をし、緑色の袴姿で最後の大階段を降りていく。階段の途中でスポットライトが当たり、そこで一礼をして、最後まで階段を降りていく。降りたところで花束が渡される。花束には、組から贈られるものと、同期生(同じ時に宝塚に入団した人たち)から贈られるものとがあり、合わせて1つの花束になった。この間、バックでは「すみれの花咲く頃」のピアノ独奏が鳴り響いていた。優しくて切ない音色だった。

 花束を受け取った退団者は、舞台の前へ進み出て、最後の挨拶を述べる。自身の宝塚生活の振り返り、関わり支えてくれた全ての人への感謝が語られる。短い挨拶であるが、その間に、少なからぬ退団者が感極まる。声を震わせ、涙を浮かべ、時に自分でそのことを茶化しながら、最後の思いを伝える。何度も同じ表現を使うのは恐縮だが、わけもわからず涙が出る。退団者のことを知らなくても、その場の空気だけでうるうるしてしまう。退団セレモニーとはそのようなものだった。

 同じ光景が4度繰り返され、4度目に美弥さんが現れた。大階段の途中で美弥さんが一礼すると、大きな拍手が起こり、客席から美弥さんの名前を呼ぶ声が飛んだ。

 最後の挨拶の中で、美弥さんは「奇跡」という言葉を繰り返した。幼い頃から憧れた夢の舞台に立ち続けたこと、様々な役に出会えたこと、沢山の人々に出会い支えられてきたこと、その全てを、美弥さんは「奇跡」という言葉で振り返った。決して珍しい言葉ではない。けれども、あの舞台上の「奇跡」という言葉には、かつて聞いたことのない色があった。そして、数々の奇跡の辿る美弥さんの声は、途中で一度震えた。笑って別れを告げたいと一番願うその人にも、堪え切れない瞬間があることを、僕はその時初めて知った。

 全ての挨拶が終わったところで、トップスター珠城りょうさんの挨拶も終わったところで、最後の曲が流れた。「この愛よ永遠に~TAKARAZUKA FOREVER」だった。3月17日、僕らは読書会でこの曲を歌った。『宝塚ファンの社会学』の課題本読書会の最後に、部長お手製シャンシャンをもってみんなで歌った。大笑いしながら歌ったものだ。同じ曲が、すっかり面影を変えて、スクリーンの向こうから流れてきた。

 後奏と共に、舞台上の全員が手を振る中、三度緞帳が下ろされた。

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 緞帳が下りる時、スクリーン越しの客席では割れんばかりの拍手が起こっていた。その拍手は、緞帳が下りて更に大きくなった。後から知ったことだが、それは、また再び緞帳は開くとわかったうえでの拍手だったという。それにしても、なんと思いに溢れた拍手であることか。なかなか上がらない同町の向こうへ、拍手はいつまでもいつまでも鳴り響くように思われた。

 やがて緞帳が開き、出演者が先の姿のまま舞台上に姿を現した。トップスターの珠城りょうさんが再び挨拶をした。長い公演を振り返る挨拶の中で、珠城さんは、今回途中で休演者が出たこと、役変わりがあったことに触れた。そして、話しながら、突然泣いた。それまで抑えていたものが一気にこみ上げたような泣き方だった。トップの重圧、公演の苦労、そして、慕い続けた先輩との別れ。全てが詰まった涙のように僕には思われた。

 立て直した珠城さんが最後まで挨拶を述べたところで、『クルンテープ』の一節が演奏され、また緞帳が下りた。それでもなお、拍手は鳴りやまなかった。もっとも、これもまた、先の展開がわかっていてこその拍手である。

 次に緞帳が開いた時、舞台上には珠城さんと退団する4人の姿だけがあった。4人が改めて今の気持ちを語り、ひとりひとりに珠城さんが言葉を贈った。カタいセレモニーの時とは違い、その時の舞台上には朗らかな空気が漂っていた。またも涙ぐみそうになる珠城さんが「あぶないっ」とつぶやき、「セーフ、セーフ」と手を広げる様子が笑いを誘った。この時美弥さんが何を話したのか、僕はどうしても思い出せない。ただ、その時の美弥さんは、もう2番手男役としてではなく、もっと自然な美弥さんとして舞台に立っているような気がした。全員の挨拶が終わったところで、出演者が再び集合し、幕が下りた。

 そしてまた幕が上がった。月組公演千秋楽では、退団者の掛け声のもと、出演者が一斉にジャンプするのが習わしらしく、幕が上がったのはジャンプのためであった。その掛け声を決めていただきたいと、珠城さんが退団者に話した時だった。やや間があって、美弥さんが言った。「聞いてないよ」責めるようにではなく、ただ驚いたようにぽかんとして言った。

 それから美弥さんは退団者を集め、「ねえ、ちょっと」と相談を始めた。舞台上で突然真剣な打ち合わせが始まり、カメラはその様子を引きで写し続けた。さっきまでの嗚咽はどこへやら、劇場からも、映画館からも、聞こえてくるのは笑い声ばかりになった。

 話がまとまり、月組出演者は一斉に、「月組フォーエバー」の「バー」で跳んだ。大きな拍手が起こる中、もう何度目かの『クルンテープ』が流れ、幕が下りた。

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 終演アナウンスが流れたが、まだ拍手はやまなかった。思い思いに鳴らしていた拍手が「パンパンパンパン」とリズミカルに揃っていく。20秒、30秒、1分近くもそうしていただろうか。

 上手から、美弥さんと珠城さんが姿を現した。客席からは再び大きな拍手が起こった。2人だけで舞台の中央へ進み、最後の最後の挨拶を迎える。「なんだか漫才みたいね」と美弥さんが言い、ひときわ大きな笑いが起こった。ここへ来て、笑いは一段と大きくなった。これこそが用意されたラストだったのだと、僕は思った。

 2人が袖に姿を消したところで、全ての舞台が終わった。

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 「もう8時ですよ」Hさんが言った。「ウソ!?」と部長が声を上げ、時計を見て「えー‼︎」と言った。僕もスマホの電源を入れて目を見開く。のーさんは騒がず「すごいですね」と言って笑った。

 宝塚の舞台は通常3時間である。15時半に始まった公演は18時半に終わる。サヨナラショーやセレモニーがあるとはいえ、19時過ぎには終わるというのが部長の読みだった。ところが、実際にはさらに1時間舞台が続いたわけだった。途中休憩の後のことだけ考えても、僕らは2時間半映画館の椅子に座り続けていたことになる。そう考えると驚きだった。そして、そんなに長い時間座っていたようにはどうしても思えないのだった。

 余韻に浸るかと思いきや、部長はいきなり「お腹すいた」と言った。一切吹っ切れると、人は腹を空かすものだ。それで我々は立ち上がった。大阪駅近辺は混むからというので、第3ビルまで歩き、なじみ野という大衆居酒屋に入った。なじみ野は「ファンレターのつどい」を前に2時間酒を飲み交わした場所で、いまや僕らの行きつけの店になっていた。

 ライブビューイングの最後がカラッとして終わったように、僕らはカラッとした飲み会をし、つまみを次々に口へ運んだ。Hさんが「美弥さんて、最後いつも手をこう広げますよね」と言ってポーズを真似、部長が大笑いした。僕は僕で、「今度から読書会サポーターが卒業する時にはセレモニーをしましょう」と言って笑いを取った。「会場の入口を開け閉めしましょっか」Hさんが話を引継ぎ、言ってから自分で手を叩いて笑い始めた。のーさんもずっと笑っていた。まあ飲み会の話はこれくらいでよかろう。盛況した飲み会は、語りようのないものだ。

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 以上をもちまして、ライブビューイングのレポートを締めくくりたいと思います。改めて振り返ってみますと、泣いて笑って大忙しの1日でした。このレポートも最後はせわしないものになってしまったような気がします。実際、泣けばいいのか笑えばいいのか、僕には見当がつかなかったのです。流されるままにその場にいて、その時のことをそのまま流れるように書いたら、自然とこうなっていました。ということにしておきましょう。

 長い長いレポートを最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。