6月9日日曜日、宝塚歌劇月組公演『夢現無双』『クルンテープ』の千秋楽のライブビューイングを観てきた。

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 宝塚歌劇の公演の中には、千秋楽が全国各地の映画館でライブ中継されるものがある。特に東京宝塚劇場の千秋楽は必ずライブ中継されているようだ。上記の月組公演も東京宝塚劇場で行われていたものであり、その千秋楽は全国47都道府県にある71の映画館で中継された。僕らがいたのは、そのうちの1つ、大阪ステーションシティシネマである。

 「僕ら」の中に含まれるのは、僕、彩ふ読書会ヅカ部の部長、読書会大阪会場リーダーのHさん、そして読書会代表のーさんの4人であった。当ブログでは最早お馴染み中のお馴染み、彩ふ読書会がここでも顔を出す。

 この4人は、かつて京都で『宝塚ファンの社会学』の課題本読書会が開催された際、「ヅカ社実行委員会」という秘密結社を立ち上げて、読書会にヅカ風の演出を施したメンバーである。その演出は、読書会開始前の昼休みに「すみれの花咲く頃」をエンドレスリピートで流すところから始まり、読書会の最後に参加者全員で部長お手製シャンシャンを振って「この愛よ永遠に~TAKARAZUKA FOREVER~」を歌うところまで至るという徹底ぶりであった。当日何も知らずに参加した京都サポーターのちくわさんが、その日のことを「読書会に来ただけなのに」というキャッチーなタイトルでブログにしたためている。短い記事ながら、ハメられた者の驚きが端的かつ率直に記された名作なので、ぜひご覧いただきたい。

 ところで、僕らが4人揃ってライブビューイングに行くことは、『ヅカ社』回の成否にかかわらず予め決まっていたことだった。正確に言えば、「ヅカ社実行委員会」と今回のライブビューイングは、同じある1つの出来事をルーツとする別個の企画だったのである。

 2月3日、我々4人は梅田の阪急32番街の30階にあるカフェ英國屋の一画で、各自1枚の絵葉書を前にムツカシイ顔をしていた。目の前にある絵葉書は、その数十分前に1つ下の階にある宝塚グッズ専門店「キャトルレーヴ」で買い求めたものである。4枚とも違う写真がプリントされているが、写っているのは同じ人であった。その人こそ、1月末に、今回の公演を最後に宝塚歌劇を退団することが発表された、月組2番手男役スター・美弥るりかさんである。

 当時、ヅカ部長は悲嘆の淵にあった。彼女は宝塚歌劇のファンであり、中でも美弥さんの大ファンである。あまりのハマりように、「これは一歩引かないと身が持たない」と悟って宝塚歌劇から一定の距離を保ち続つことにしたという部長のアツさに、残る3人はポカンとするほか術がなかった。まして、一番推していたスター退団の報に接し、仕事中でもラインの手を止められず「無理」とつぶやいた当時の部長の心境は、我々には察するに余りある。

 そんな部長のために慰めの会を企画したのがHさんであった。Hさんは当初、当時の読書会における周知の宝塚ファンを集めて飲み会を開き、彼女たちが肩を抱き合って涙する機会を設けようととした。ところが、決行当日に限ってあいにく全員都合が悪かった。そこでHさんは計画を切り替え、ニワカ枠でヅカ部に加入していたのーさんと僕に目を付けた。そして、涙を流し合う代わりに、Hさん・部長・のーさん・僕の4人で、美弥さんにファンレターを書くことを思い付いたのである。

 決行当日、僕らは大阪第3ビルにある大衆居酒屋で2時間飲んだあと、阪急32番街へ向かい、まずキャトルレーヴに入った。そして、各自美弥さんの絵葉書を買ったところで、カフェ英國屋へ移動し、ヅカとは無縁の話を1時間もしたところで、漸くファンレターを書き始めた。もっとも、部長はいざ知らず、残る男3人はファンレターを書いたことなど一度もない。みんなしてムツカシイ顔になったのも無理からぬことである。そのうち、のーさんがスマホを取り出して下書きを始めたので、僕もそれに倣った。周りがあまりに真剣になるので、Hさんは企画者でありながら一番慌てたそうである。

 ともあれ、1時間ほどかかったものの、絵葉書の裏面がびっしり埋まるほどのファンレターが4通出来上がった。4通のファンレターは全て部長に託され、後日美弥さんに届けられた。

 これが我々の間で「ファンレターのつどい」と呼ばれている出来事である。この出来事から2週間後、全く同じ4人によって「ヅカ社実行委員会」は立ち上げられた。そして、実行委員会のグループラインができると同時に、ヅカ部長から連絡があった。「皆様6月9日の午後~夜空けておいてください」当時少しずつ宝塚に関する知識を蓄積しつつあった僕は、すぐに一切の事情を理解し「かしこまりました」と返事した。

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 そろそろ、月組公演千秋楽、そして、美弥さんラストデイのライブビューイングに話を移していくとしよう。

 ライブビューイングは15時半開始だったので、僕らは20分前に映画館の入口で集合した。そしてまずトイレに向かった。再び全員が揃った時、部長は突然眼鏡姿で現れた。もっとも、僕だけはコンタクトが眼鏡に変わったことに全く気付かず、あとの2人が声をあげるので初めて「ああ」と思った。

「どうしたんですか」と尋ねられて、部長は「コンタクトが外れて美弥ちゃんの最後が観れなくなったらヤだなあと思って」と説明した。Hさんと僕は目が悪くなってこの方眼鏡しか使ったことがないものだから、コンタクトが外れるというのがどんなものかわからない。

「コンタクトってどうなったら外れるんですか」と僕は尋ねてみた。「乾燥したら外れますよ」と部長は言った。その瞬間、僕はツッコみたくてたまらなくなった。

「じゃあ今日外れるわけないですよね」

 推しの退団公演の千秋楽である。この人が泣かないわけはない。そもそもライブビューイング2日前、「私はタオル必須!!」と言ったのは、他ならぬ部長自身である。コンタクトは乾くどころか、涙で潤うにちがいない。

「そうなんだけど」部長は言った。「逆に涙で押し流されるかもしれないじゃないですか」

 ますますありえない話になってきた。が、ともかく部長の覚悟がただならぬものであることは明らかだった。

「何人ぐらい泣くんですかねえ」と、ふいにHさんが言った。「カウンターでカチカチしたい」

 僕はまたツッコみを抑えきれなくなった。「すいません、Hさんは何を見に来たんですか?」

 Hさんは笑いながら「そりゃあもちろんファンの様子ですよ」と言った。「僕はファンのファンですから」

 ファンのファンとは、Hさんがしばしば使う表現である。実際、Hさんは宝塚を見に来ているのか、宝塚ファンの生態を見に来ているのかよくわからないところがあった。いずれにせよ、面白いと思ったらとことんまで突き詰めるのがHさんという人である。そして、Hさんの興味関心の方向はどうあれ、その性分はヅカファンに深く通じているように、僕には思われた。

 以上一連のやり取りを、のーさんはずっと笑って聞いていた。もっとも、男3人の中で宝塚作品に最も多く触れているのではのーさんである。部長からDVDを借りて、観て、ハマって、また借りて観てを繰り返している。美弥さんも出ていた月組のショー『BADDY』に至っては10回以上リピートしたという。読書会主催者でありながら、読書会のレポートを脇に置き、『BADDY』の考察を一気書きして読書会HPに載せていたのは、今でも記憶に新しい。したがって、のーさんは今回のライブビューイングを純粋に楽しみにしていたにちがいない。

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 予定通り、15時半きっかりにライブビューイングは始まった。スクリーン越しの劇場には、前半で上演する劇『夢現無双』のタイトルが出ている。と、ふいに周りが暗くなり、波の音がし始めた。よく見ると、『夢現無双』の文字の中で海がゆらゆら揺れている。

「あの日の記憶——」第一声があって、舞台が明転した。

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 みなさま、いつもありがとうございます。ひじきでございます。えー、タイトルの通り、月組公演千秋楽のライブビューイングのレポートを書くはずだったのですが、というより、実際書いているつもりなのですが、またしても本編に入ることのないまま第1回を終えることになりそうです。

 どうかお察しください。何かイベントがある時、僕はしばしば、イベントそのもの以上に、イベントへ向かうまでの興奮や緊張、そしてそれらが魅せる世界の方が強く焼き付いてしまって、ついその部分で筆を奮いたくなってしまうのです。今回その悪癖がまだ足りんとばかりに発露してしまいました。

 というわけで、肝心のライブビューイング・レポート本編は次回お送りします。もうちょっと抑えのきいた記事になると思います。素直に書けるよう努めてまいります。どうぞ最後までお付き合いくださいませ。