5月26日・日曜日。京都の北山にあるサクラカフェにて、今月の彩ふ読書会@京都が開催されました。というわけで、これから暫く、この読書会の模様を振り返っていきたいと思います。

 読書会は①午前の部、②午後の部の二部構成で行われます。①午前の部は、参加者がそれぞれ好きな本を紹介し合う「推し本披露会」、②午後の部は、課題本を事前に読んできて感想などを語り合う「課題本読書会」です。さらに、京都の読書会では、午後の部が終わった後も会場をお借りして、参加者同士でフリートークやゲームに興じる「ヒミツキチオブサクラカフェ」を開催しています。このヒミツキチ、今回は「オトナの学童保育」という別名が誕生するほど無邪気さと遊び心溢れる場になりましたが、その話はまた今度に譲りましょう。この記事では、①午前の部=「推し本披露会」の模様を振り返りたいと思います。

 推し本披露会は、毎回10時40分ごろに始まり、1時間半ほど続きます。参加者は6~8名ずつのグループに分かれて座り、グループの中で本を紹介し合います。紹介する本にジャンルの縛りはありません。毎回、純文学・エンタメ・ミステリーといった各種小説から、エッセイ・ビジネス本・コミックスまで、様々な本が紹介されています。

 開始から1時間ほど経ったところで、グループでの話し合いは終わり、全体発表に移ります。全体発表は、先月から、各グループの中で最も読みたい1冊に選ばれた本のみ紹介する形式に変わりました(それまでは全員発表制だったのですが、尺が長くなってしまうという理由から変更になりました)。そのため、全体発表の前に各グループで本の投票を行うという新たな一幕が見られるようになりました。

 今回の推し本披露会には、過去最多・28名もの参加者がありました。そのため、グループも史上最多の4グループに。これまで3グループでやっていた会場にもう1テーブル作るので、狭くなるんじゃないかなあとか、お互いの声が被り合うんじゃないかなあ(俺声デカいし)とか、始まる前は何かと懸念もありましたが、始まってみればいつもの和気藹々とした読書会でした。

 僕はAグループに参加し、進行役も務めさせていただきました。メンバーは全部で7名。男性5名、女性が2名という構成でした。初参加の方が1人おられたほかは、お馴染みの顔ぶれでした。

 紹介された本は写真の通りです。それぞれの本を巡り、どんな話が展開したのか。そして、最も読みたい1冊に選ばれた本は何だったのか。順にみていくことにしましょう。

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◆『自分の仕事をつくる』(西村佳哲)

 ワタクシ・ひじきの推し本です。デザイナーとして働く傍ら、“働き方研究家”を自称し、様々な方の働き方を尋ねて回った著者のインタビューの記録をまとめたものです。

 僕がとにかく良いなと思ったのは、この本を貫く2つの考えでした。1つは、人間は「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを受け取りたがっているものであり、ゆえに、「こんなものでいい」というモノにではなく、手間暇かけてつくられたモノに囲まれているべきだ、というもの。もう1つは、いい仕事をするためには、自分の感覚を大切にし、それに自信をもって、他人事ではない「自分の仕事」をすることが重要だ、というものです。この2つの考えに触れるうち、僕は、自分のいい加減さを見直し、自他ともに大切にしていこうと思うようになりました。

 僕は仕事論の本や自己啓発本を食わず嫌いしているのですが、この本についてはついうっかりハマってしまいました。もちろん主張に感化されたからですが、グループで話しているうちに、この本がインタビュー集だったからという別の理由があることに気付きました。自己啓発本には著者が自分の主張をゴリ押しするようなものも少なくないですが、この本は著者自身が人から学び感化されたことが書かれているので、どの主張も押しつけがましくなく、むしろ謙虚さを纏っているような気さえします。とすれば、この本は普段自己啓発本を読まない人にこそ「ダマされた」と思って手に取って欲しいですね。

◆『吃音 伝えられないもどかしさ』(近藤雄生)

 初参加の男性からの推し本です。自身も吃音を抱える著者が、重い吃音を抱える方々を対象に行ったインタビューをまとめた本です。男性は、自身の職場に吃音の方が入ったのをきっかけにこの本を読んだと話していました。

 吃音については、現在も病気か否かについて意見が分かれており、論者の主張も、治療の対象とするか、個性として受け入れていくかに大きく二分されるそうです。この本は前者の立場で、伝えたいことが伝えられないもどかしさを克服すべきだという主張に立っているといいます。

 インタビューを受けた方の中には、吃音を理由に学校や職場でいじめに遭い、自殺を考えたこともあるけれど何とか思い留まったという方もいるそうで、その大変さが身に染みて分かると、紹介した男性は話していました。また、そこから、コミュニケーション一般についても考えを広げ、考えがまとまらないなどで言いたいことが言えない人がいた時、待つのか、相手の意図を汲み取って言葉をかけるかなど、色んなことを考えたと言います。「小学生の頃から、障がいのこととかって知ることが大切だって言われてきて、正直その考えが受け容れられなかったんですけれど、この本を読んで、それでも知ることには意味があると思いました」という最後のまとめが、とても印象的でした。

◆『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』(山崎圭一)

 最近よく来てくださる男性からの推し本です。高校生の頃に1年学んだだけの世界史を体系的に学び直したくて、この本を手に取ったとのことでした。年号などを一切出さずに、世界史の大きな流れをまとめた本で、要点がわかりやすくまとまっているので、ニュースを見るうえでも役に立つし、入門書としてオススメ、だそうです。

 この本の一番の特徴は、1つの地域を古代から現代まで一気に概観し、それから次の地域も同じように古代から近代まで概観する、というのを繰り返すという叙述の構成にあるといいます。確かに、高校の世界史の教科書は、ある地域の歴史をちょっと学習したら、すぐに同時代の他の地域の話に移ってしまって、また暫くして元の地域の歴史の続きに話が戻るという構成で、話があっちこっち飛んでいてややこしかった記憶があります。読み進め方1つで歴史に対する理解度は変わるんだというのが新鮮で、とても気になりました。

 ちなみに、「好きな時代や地域はありますか?」という質問に対して、紹介した男性は「地域ごとに歴史にに違いがあるので、全て面白い」と答えていました。その興味の幅広さ、見習いたいです…!

◆『クリムゾンの迷宮』(貴志祐介)

 京都読書会に初回から参加されている女性からの推し本です。彩ふ読書会で人気の高い作家の一人・貴志祐介さんの本が登場して、僕は勝手に「お、きたきた!」と思っていました。

 この作品は、見知らぬ土地に閉じ込められた9人の人間が、手渡されたゲーム機からの指令を頼りに脱出を試みる物語だそうです。主人公は40代の男性で、気付いたら見知らぬ土地に放り出されている。彼は以前の記憶を失くしており、手元には、水と、栄養食と、ゲーム機の入ったポーチだけが用意されている。男はこのゲーム機の指示に従い、ゲームを進め、謎の土地からの脱出を試みるのです。

 物語の前半は、謎の土地からの脱出をめぐるミステリーになっているとのことですが、後半から展開がガラッと変わるといいます。9人の人間のうち、実際に脱出できるのは1人だけ。そのため、脱出したい人々の物語は殺伐としたホラーへと転調していくのだそうです。

 物語の鍵を握るのは、ゲームの内容そのもの。ゲームのプランは予め決まっていて、それによって登場人物たちは攪乱されることになるのです。紹介者の女性は、このゲームの面白さが一番印象に残っているそうです。キャラクターよりもゲームの内容が気になるという人におススメ、とのことでした。

◆『葉桜』(橋本紡)

 久しぶりに読書会へ来てくださった女性からの推し本です。書道教室に通う女の子の、書道の先生への恋心を描いた小説だそうです。女の子は書道の先生のことが好きで、稽古を受ける中で先生への思いを募らせるのですが、先生には奥さんがいるため、想いと現実の間で女の子は葛藤を抱えます。色んな人との出会いの中で成長していく女の子が先生に思いを伝えるところまでが描かれると言います。

 高校の模試で出会って以来、幾つもの橋本紡作品を読んできたという紹介者の女性ですが、この作品はその中でも特に描写が綺麗な一作だといいます。『葉桜』というタイトルにもあるように、物語の季節は春から夏にかけて。その時期の風景描写や、登場人物たちの心理描写がとてもいいのだそうです。

 そして、一番の推しどころは、最後の告白シーンだと言います。告白というと、声に出して伝えるイメージですが、女の子の告白は、書道を通じて思いを伝える、それも中国の故事にあやかる形で書くというスタイルだそうです。そして、この告白への返しがまた秀逸なのだとか。内容がとても気になります。

◆『悲しくも笑える左利きの人々』(渡瀬けん)

 読書会、そして謎解き部でもご一緒している男性からの推し本です。いつも心温まる小説を紹介されている印象があるのですが、今回の推し本は意外にもエッセイ本でした。

 この本は、自身左利きの著者が、身の回りの色んなモノや場面を挙げながら、左利きならではの苦労や不満、あるいはちょっと誇れることなどを短く綴ったエッセイ集です。実は紹介した男性も左利きで(全然気付いていませんでした…)、この本を読みながら「これがやり辛いのは左利きのせいか!」という発見が幾つもあったようです。

 聞いていて一番面白かったのはマグカップの話。マグカップが左利きに不利というのはちょっと意外な感じですが、なんでもマグカップの絵柄は右手で持った時に手前側に来るように描かれているそうで、左利きの人は折角の絵柄を自分で見ることができない。そこで紹介者が放った一言がこちら。「同じ代金を払っているのにこれはあんまり不公平じゃないか」本文からの引用だったそうですが、まさかそんな言葉を口にする方とは思っていなかっただけに、とてつもないインパクトがありました。

 グループで話している際には、他にも、自動改札機、はさみ、急須、自動販売機のコインを入れる位置など、左利きの人が実は使いづらいものが参加者たちの間から幾つも挙げられていました。身近なところに、普段は全く気付かない問題が隠されていることに気付けるであろう1冊、とても気になりました。

◆マンガで教養 やさしい落語(柳家花緑)

 彩ふ読書会の代表・のーさんの推し本です。タイトルの通り、マンガ形式の落語の入門書です。主人公が師匠に弟子入りするという設定で話が進み、落語の舞台裏が紹介された後、実際の寄席の様子などが登場するそうです。曰く「読めば寄席に行きたくなる本」。本の最後の方には、いま注目の噺家や代表的な演目についての解説もあり、それも非常にタメになるそうです。「テレビでよく見るあの人も、そういえば噺家だった」と再発見する機会にもなるといいます。

 実は以前から落語に興味深々の代表。昨年9月に佐藤多佳子さんの『しゃべれどもしゃべれども』を課題本にし、準備万端、落語鑑賞会を企画していたということもありました。ところが、この鑑賞会は台風の接近で中止。結局代表はまだ寄席に行ったことがないままなのだそうです。もう思いが募って募って仕方ないのではという気がします。この本を紹介した時も、開口一番「この話がしたかった…!」と思いを滲ませていました。

 話し合いの中では「落語って前提知識がないと楽しめないんでしょうか」という質問が出ていました。「そんなことはないけれど、やっぱり背景知識があるとより深く楽しめるんじゃないか」という話になりました。実際に本をめくってもみましたが、噺の途中の所作なども詳しく紹介されていて面白かったです。

◆「一番読みたい1冊」はこれだ!

 本の紹介の時間も終わり、いよいよ、グループの中で一番読みたい1冊を選ぶ時間がやって参りました。推し本をテーブルの中央に集め、「これは!」と思う1冊を一斉に指差します。

 結果はこちら。

 1位:『悲しくも笑える左利きの人々』4票
 2位:『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』2票
 3位:『葉桜』1票

 ということで、Aグループの「一番読みたい1冊」は、『悲しくも笑える左利きの人々』になりました。ちなみに僕もこの本に投票しました。やっぱり、マグカップの話の「同じ代金を払ってるのに」発言のインパクトが強すぎました。なので、全体発表を前に「マグカップの話絶対にしてくださいね」と念押し。実際、めちゃくちゃウケてました。

 発表する本が決まった後、グループの中では「やっぱり少数派のものの見え方って気になりますよね」という話が出ていました。そこで僕はつい言ってしまいました。「少数派のことを書いた本を紹介しようっていうのを、多数決で決めたってのもおかしな話ですよね」なんとも言えない笑いが起きました。

◆全体発表

 最後に、全体発表のことを振り返りたいと思います。Aグループの紹介本については上でご紹介した通りですので、他のグループの紹介本について書き留めることにしましょう。

〈Bグループ:『具体と抽象』細谷功〉

 京都サポーター兼哲学カフェ部等部長であり、今回から京都読書会のリーダーにもなった錚々たる肩書きの持ち主・Cさんの推し本です。最近ことあるごとにこの本のことを話されていましたが、どうやら今年一番印象に残っている本なのだそうです。曰く、「賢い人はなぜ賢いのかがわかる本」。賢い人は、思考の過程で具体と抽象の間を絶えず往復させているということが書かれていると言います。この本を読めばきっと賢くなれる、「実際、私は3賢くなった」そうです。

〈Cグループ:『ほどなく、お別れです』長月天音〉

 今回初めて京都読書会に来られたベテランの女性からの推し本です。就職活動の結果、葬儀社に勤めることになった女の子が、様々な死者を送り出す物語だそうです。曰く「いっぱい泣けます」とのことでした。白を基調とした淡い表紙も印象的な1冊でした。

〈Dグループ:『トリック』エマヌエル・ベルクマン〉

 先月に引き続き東京から駆け付けてくださった女性からの推し本です。ホロコーストを生き延びたマジシャンと、ロスの裕福な家庭に住む男の子の交流を描いた物語だそうです。曰く、「ナチスドイツを描いたもので、こんなに温かくきれいな終わり方をする作品を他に知らない」とのこと。どういうことなのか、とても気になります。ちなみに、この方は現在、3回連続で紹介本が「読みたい1冊」に選ばれているそうです。凄すぎて言葉が出ません。

 そのほかの推し本についても、写真にまとめましたので、気になる方は是非ご覧ください。

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 といったところで、午前の部の振り返りを締めくくろうと思います。次回は午後の部を振り返ります。ご期待ください。