今年のゴールデンウィークは色んなことがありました。長い隠遁生活を送ったり、哲学バーに行ったり、ヅ観劇をしたり——これから書くのは、そんなゴールデンウィークの最後を飾ったイベントのお話です。

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 5月6日、彩ふ読書会・謎解き部の活動がありました。今回の舞台は兵庫県立美術館。ここで5月26日まで「不思議の国のアリス展」という企画展が催されています。そして、この企画展とコラボする形で、脱出ゲームが行われているのです。その名もズバリ、「不思議の国からの脱出」。この脱出ゲームに、我らが謎解き部9名が挑みました。全員一斉に行動するとややこしくなるので、今回は3人×3チームに分かれて行動しました。

 さて、13時に美術館のロビーに集合した僕らは、まずロビーで企画展のチケットを買い、会場へ向かいました。そしてチーム分けを済ませた後、会場入り口手前のカウンターで謎解きキットを買います。キットは、謎解きあるあるの1つ・切り取り線付きクリアファイル風手提げ袋の中に入っていて、袋の表面には、花園の中で、おそらく小人になってしまっているのであろうアリスがこちらを振り向いているという、可愛らしい絵が描かれていました。

 キットの中身を確認しますと、序章と書かれた冊子が出てきました。どうやら序章の問題を解いてから中へ入るようです。そうと分かるや、3チーム9人は全員会場入口をスルーし、廊下のソファを陣取って謎解きを開始しました。美術展に来ておきながら、中に入ろうともせずに、展示そのものとはさほど関わりのない冊子とにらめっこ、なかなか異様な光景です。

 そう、実際やってみて気付いたのですが、今回の謎解きの難しさの1つは、鑑賞との両立をどう図るのかというところにありました。僕は企画展の内容にも興味があったので、なんなら謎解きそっちのけで展示を見たいくらいに思っていたのですが、それでは謎解き部の面目が立ちません。かといって、謎解きに気を取られては折角の展示を見逃してしまいます。今になって振り返ってみると、僕らはまさに二兎を追う者だったのだなあと思います。アリスは白き一兎を追って不思議の国に迷い込みますが、二兎を追った僕らはこの後混沌の国に叩き落されることになります。

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 3チームほぼ同時に序章を解き終えたところで、僕らは展示会場へ歩を進めました。

 ここで、企画展そして謎解きゲームの見取り図を描いておきましょう。企画展は全部で3つのエリアからなります。第1エリアでは、『不思議の国のアリス』はいかにして誕生したのかということが、作者であるルイス・キャロル直筆のスケッチや、初版本の挿絵などの展示と共に解説されています。続く第2エリアでは、『不思議の国のアリス』そしてその続編である『鏡の国のアリス』の内容が、近年海外で描かれた様々な作家の手による絵と共に紹介されています。この第2エリアのみ、写真撮影が許可されていました。そして、最終第3エリアでは、アリスのその後のメディア展開の模様が紹介されています。19世紀の演劇の写真、ディズニー映画製作時のイメージボード、さらには、エリック・カール、サルバドール・ダリ、草間彌生など、錚々たる作家陣の手によるアリス作品が展示されていました。

 そして、謎解きゲームは、上述した企画展のエリアごとに1章ずつ問題を解き進めるという形で進みます。すなわち、第1エリアで1章を、第2エリアで2章を、第3エリアで3章を解くわけです。さらに、第3章の後に最終章があり、これを解いたところでゲームクリアとなります。いずれの章も、問題を解くことで1つのパスワードが浮かび上がるようになっています。そして、会場内に設置された金庫の扉にパスワードを入力することで、次の章の問題冊子が手に入るという仕組みになっています。つまり、第1章を解かなければ第2章の問題は手に入らず、第2章を解かなければ第3章には進めないというわけです。

 それでは、各エリアをどのようにして回ったのか見ていくことにしましょう。

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 第1エリアでは、展示から様々な発見がありました。ルイス・キャロルは本名ではなくペンネームであること、彼の本職はオックスフォード大学の数学研究者だったということ、『不思議の国のアリス』の元の話は彼が昼下がりにボートの上で姪っ子に聞かせた即興話だということ、最初彼はその話を自分で本にまとめイラストも全て書いていたのだということ、その後商業出版の話が持ち上がり当時売れっ子だった挿絵画家の手によって今のアリスの原型が出来上がったのだということ——めちゃくちゃ面白いじゃありませんか。謎解いてる場合じゃねえ!

 そう思っているうちに、僕はチームの他の2人とはぐれてしまいました。いや、正確に言うと、この時僕のチームは全員バラバラだったのです。僕らのチームのリーダー・毎度お馴染みのCさんは、ひとり謎解きに余念がなく会場をずんずん先へ進んでいました。そして、最近読書会に参加したばかりで僕自身はこの日初対面だった女性の方は、僕とまた違うペースで展示を見て回っていました。こんにちは、混沌の国。それにしても、よくもまあここまでマイペースな3人が揃ったものだという展開でした。

 そうこうするうち、1チームだけ姿が見当たらないことに気付きました。実はこのチームには、数々の謎解きゲーム・脱出ゲームに挑戦し、50%以上の成功率を叩き出している謎解きクイーンがいたのでございます。チーム分けの段階で、誰もが「きっとクイーンが勝つだろう」と内心思っていたわけですが、こうして実際にスピードの差を見せられると言葉が出ませんでした。もう1チームは、僕らと変わらないスピードで、鑑賞と謎解きを両立しながらのんびり進んでおりました。

 さて、上述の通りマイペースな僕ら3人ですが、そうバラバラに行動してもいられるわけもなく、暫くしてから答えの擦り合わせを始めました。殆ど謎を解く気のなかった僕は半分くらい助けていただくことになりました。もっとも、結論から言うと、この1章の問題が今回は一番難しかったような気がします。複数の小問があり、それらを解いたところで最後の問題がわかるという仕組みになっていたのですが、その小問の意味するところが分かりづらく、「訊かなきゃわからんぜ」という気分になってしまいました。

 何はともあれ、三人寄れば文殊の知恵、無事1章を解くことに成功した僕らは、2章の問題を手に、次のエリアへ向かうことになりました。

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 先に述べた通り、第2エリアはアリスの物語の内容を追う場所です。数々の挿絵を見ながら、僕は「こんな話だっけ」と首を捻っておりました。アリスが時計をもった白ウサギを追って不思議の国を冒険する話というのは知っていますし、お茶会の場面や、チェシャ猫・ハートの女王といったキャラクターも押さえていたわけですが、それ以外のことはてんで頭にありませんでした。アリスの体が大きくなったり縮んだり、水タバコをふかす青虫とのやり取りがあったり、ああそうだっけねえと思うので精一杯でした。

 そしてどういうわけか、この第2エリアに差し掛かる頃から、僕は謎解きの方にも精が出るようになっていました。第1エリア終盤で謎解きモードに入ったのが影響したのかもしれません。さほど展示に気を取られないうちに、僕らは3人集まって謎を解き始め、程なく解いてしまいました。もっとも、最後の最後だけ難問で、「すいません、私さっきヒント見ちゃったんですけど」という女性の方の導きでパスワードに辿り着くことになったわけですが。

 パスワードがわかったところで、金庫を開ける前にもう一度展示をじっくり見て回ることにしました。その途中で、記念撮影用のブースがあることに気付きました。丸いお立ち台の後ろに展覧会の名前が書かれた壁があり、壁は本を開いたような形に広がっていました。そしてよく見ると、お立ち台の横には、アリスをモチーフにしたと思しき被り物が用意されています。

 「撮りましょう」と僕はいい、記念撮影の列に並びました。そこへちょうど、謎解きクイーンのチームがやって来て、クイーン自ら「撮りましょうか」とおっしゃいました。僕らは畏れ多いと思いながら——というのは流石に嘘で、気楽な感じで「あ、じゃあお願いします。良かったら後で撮りますよ」「じゃあお願いします」というやり取りをして、被り物をつけてお立ち台に並びました。

 撮影の後で、クイーンたちに「いまどの辺ですか?」と進捗を尋ねてみました。するとクイーンは事も無げにこう答えました。

「あ、もう解き終わりましたよ」

 へ……?

「それで、じゃあゆっくり展示を見ようかって、また最初から見て回ってるんです」

 その手があったか! と唸りたくなるような話でした。もっとも、難なく謎を解けるクイーンならではの発想だったのかもしれません。ともあれ、この3人はとっくに謎解きをクリアし、心穏やかに美術鑑賞に耽っているのでした。ちなみに、これは後で気付いたことですが、企画展の出口には「再入場不可」の表示が出ていました。にもかかわらず2周したということは……あとのことは推して知るべし。

 何はともあれ、僕らは金庫へ辿り着き、3章の問題を手に入れました。ここで、もう1チームと合流します。僕はふと、何気なく、「撮影ブース行きました?」と訊いてみました。すると返ってきた答えがこちら。

「行ってない。撮って」

 というわけで、僕は荷物をCさんに預け、カメラ片手に再び撮影ブースへ舞い戻りました。ちなみに、この間に、僕とCさんのキットが入れ替わってしまいました。なので、いま僕の手元に残っているキットの前半には、Cさんの筆跡が残っています。

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 またしても大作になってしまいました。もっとサクッと書けると思ってたのになあ。

 何はともあれ、第3エリア以降の話は次回お送りします。乞うご期待。