昨日に引き続き、4月21日に北山の「SAKURA CAFE」で開催された彩ふ読書会@京都の振り返りをお届けしたいと思います。昨日は午前の部=推し本披露会の様子をご紹介しましたので、本日は午後の部=課題本読書会の様子に話を移していこうと思います。

 今回の課題本は、重松清さんの『青い鳥』。様々な理由で学校に馴染めないでいる中学生の子どもたちと、村内先生という非常勤の先生との出会いとやり取りを描いた連作短編集です。村内先生は吃音で上手く喋ることができない。けれど、だからこそ、本当に大切なことだけを子どもたちに伝えることができる。そしてまた、じっとそばにいることができる。そんな村内先生とのささやかで短いやり取りを通じて、子どもたちは少しずつ気持ちを落ち着け前を向き始める。全ての話がこのような展開で進んでいきます。読んでいて心の底がじんわり温かくなる作品でした。

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 さて、課題本読書会は13時40分ごろに始まり、1時間半ほど続きました。最初に総合司会から会の進め方や注意事項などのアナウンスがあった後、本についての話し合いが始まります。今回は12名の参加者がいらっしゃったので、2グループに分かれて話し合いを行いました。15時頃に再び総合司会が登場するとグループトークは終わり、全体発表に移ります。全体発表はそれぞれのグループで出た話を共有するためのもので、グループの代表1人が話の内容を紹介します。その後、次回の読書会やサークル活動などのお知らせがあって、読書会は終了になります。

 ここからは、僕が参加したグループでの話し合いの様子を詳しく見ていくことにしましょう。メンバーは全部で6人。僕のほかは、就活の合間を縫って来てくださった初参加の女性、半月前の大阪に続いて来てくださった男性、先月に続いて来てくださった宝塚ファンの女性、いつも妄想部で様々なアイデアを出してくださる京都サポーターの女性、そして、哲学カフェ部でお馴染みの京都サポーターの男性という顔ぶれでした。哲学カフェ部長の進行のもと、グループトークは、課題本の感想を1人ずつ順番に話したのち、そこで出た疑問について話し合うという形で進んでいきました。それでは、その内容を順番にみていくことにしましょう。

◆参加者たちの感想

 はじめに、グループメンバー6人の感想を順番にみていきたいと思います。とりあえず、メモをもとにそのまま書きます。本の内容を知らないと分かりにくい箇所もあると思いますが、なんとなく想像しながら読んでみてください。

 ①僕:表題作の「青い鳥」がとても良いなと思いました。最初のうちは、いい話だけれど深く刺さるものはないと感じていたんですが、「青い鳥」の中で村内先生が〈本気で言ったことは、本気で聞かないとだめなんだ〉という所がとてもグッときて、そこからは小説の世界に入りやすくなった気がしました。もう1つ。これを読んでいる間、「学校ってなんだろう」ということをずっと考えていました。何かあっても標語や作文みたいなお決まりの方法で対処するだけだったり、みんな一緒に同じことをしなければならずそれが団結という言葉で正当化されていたり。なんだか気持ち悪いなと感じていました。

 ②京都サポーターの女性:私は本を読むとき、いつも気に入った箇所に付箋を貼るんですが、今回はどこにも貼ってなくて、だから何から話したらいいかわからないんですけど……とりあえず、話1コ1コ泣きました。あと、先生の助けが要らない普通の子でも、みんなそれぞれ抱えているものがあるはずで、なので、なんだかズルいなと思いました。

 ③参加2回目の男性:刺さるものが色々ありました。先ほど「学校って」という話がありましたが、自分にとって学校は、ずっと嫌いで居づらい場所でした。だからこそ物語がヒリヒリきたんだと思います。自分も村内先生に助けられる生徒でした。一方で、自分は村内先生の歳に近付いていってるので、生徒からバカにされても、吃音があっても、自分を受け容れてひとりでやっていく先生の姿は、自分のモデルになると感じていました。最後に、「進路は北へ」というお話に出てくる「たいせつなことと、正しいことって、違うんですか?」という問いが気になってます。

 ④初参加の女性:中学生って異様だなというのをずっと感じていました。一番印象に残った話は「静かな楽隊」です。ボスみたいな子がいて、その子と関係をもたないと相手にされなくなるっていう状況が、とてもリアルだなと思いました。この話の最後で、村内先生があやちゃんと向き合うシーンがあるんですけど、ここであやちゃんに村内先生の声は響いたのかなっていうのがずっと気になっています。

 ⑤参加2回目の女性:重松清さんの本は2冊目でした。前に読んだのは『ナイフ』っていういじめを扱った本で、ちょうど中学生の頃に読んだんですけど、内容がとてもリアルですごいと思ったのを今でも覚えています。なんでこんなに生徒の心情が分かるんだろうっていうのがずっと謎だったんですけれど、『青い鳥』のあとがきに重松さんも吃音だったと書かれていて、重松さん自身学校で辛い目に遭われたからわかるものがあるのかなと思いました。お気に入りの話は「ハンカチ」です。1作目ということでインパクトがありましたし、言葉を話せないでいた子がそれを克服するのがとても良かったです。

 ⑥進行役の男性:一番泣けたのは「おまもり」という話でした。私家族モノに弱いので。——どの話にも共通するのは、村内先生がそばにいることで人が救われるということだと思います。最後の「カッコウの卵」という話が分かりやすいと思うんですが、自分を肯定してくれる存在がいなくて自己肯定感が持てないでいる子の前に、その子を理解してくれる人がいたら……その理解するっていうことを、村内先生は「間に合った」と表現しているのかなと思いました。

 改めて振り返りながら、感想は本当に人それぞれなんだなあと思います。使う言葉も違えば、印象に残った箇所も違う。でも、だからこそ、自分では気づけなかったことや忘れてしまっていたことに気付けるのだと思います。一方で、それでも皆さん共通して、この本の中に深く刺さるものを見つけておられたのだなということにも気付きます。それぞれが本気で受け止めた場面の紹介は、やはり聞いていて惹き込まれるものがありました。

 書いているうちに、京都サポーターの女性の「ズルい」発言は掘り下げ甲斐があったなあとも思ったのですが、残念ながら当日この話は発展しませんでした。疑問を解くのに夢中だったんですね。というわけで、ここからはメンバーの疑問からどんな話が膨らんでいったのかを追っていきたいと思います。

◆学校ってなんだろう?

 最初に話題にのぼったのは、僕が感想の中で挙げた「学校ってなんだろう」という問いでした。上でも書きましたが、学校ではみんな同じように振舞うことが求められ、団結し友情を深めるべく様々な催しものも開かれます。一方で学校はいじめの舞台でもあり、いじめられないための空気の読み合いが展開される場もであります。みんな仲良くという理念も、いじめという現実も、それぞれ違った意味で息苦しいもののように僕には思えます。

 ただ、僕の「学校ってなんだろう」という問いには、もう1つの意味がありました。それは、〈僕はなぜ今ごろになって「学校ってなんだろう」と違和感を抱くようになったのか〉というものです。『青い鳥』に出てくる子どもたちと同じ中学生の頃、僕は学校がイヤではなかったし、むしろ学校の理念にベタリと寄っているような子どもでした。村内先生に救われるどころか、言いたいことを上手く言えない村内先生を教師失格とみなして腹の底で見下すようなヤツだった気もします。そんな僕が、大人になってから、村内先生を必要とし、学校を奇妙なものと捉えるようになっている。いったいどうしてだろう。そんな疑問が、「学校ってなんだろう」という言葉の裏に貼り付いていました。

 僕のメモには、同じような感想を持っていた方の言葉が残っています。「いまになって、学校っておかしいと気付いてゾッとしました。私も昔はいいものだと思っていました。逆に昔から学校っておかしいと気付いていた子は、考えていた子で、自分がある子なのかなと思います」「大人になったから違和感に気付いたのかなと思います。でもそれは、大人の感覚になったっていう意味じゃなくて……うまく言えないんですけど」

 僕のこの疑問には読書会の最後である答えが出るのですが、それはまた後に譲りましょう。

 というより——

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 感想を丁寧に振り返ったこともあり、既に文章がボリューミーになっているので、続きは記事を分けて書こうと思います。無念、課題本読書会振り返り、今回も1回完結ならず。皆さま、完結編は今しばらくお待ちください。