出張先にパソコンを持ってきておいて正解だった。出先にパソコンを持って行って役に立ったことは滅多にないが、今回は酔いの周りもほどほどで、夜の時間もまあまあある。使わない手はない。

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 昨日の日記で書いた通り、今日明日と出張で埼玉に来ている。昼の新幹線で大阪を発ち、夕方に埼玉北西部の某市に着いた。

 その出発前に、大阪で『翔んで埼玉』を観てきた。昨日のレイトショーは見逃したが、朝きちんと起きれば、新幹線に乗る前にちゃんと観る時間がある。ダラダラしたい欲を抑え、観に行くことにした。

 めちゃくちゃ面白かった。

 とにかく笑った。そして感動した。けれども、よく考えてみれば全てが茶番だった。そんな映画だった。簡単に言うなら、観たら必ず元気になる作品。毒にも薬にもならないが、時々観たくなるであろう作品だった。

 推しどころは幾つもあるが、特に終盤の盛り上がりは最高だった。埼玉と千葉の合戦、双方の有名出身地合戦、そしてその後の怒涛の展開。全てがアツい。こんなにアツい茶番があるかというくらいアツかった。

 本当はもうちょっと書きたいけれど、ネタバレになりそうなのでここでこらえることにしよう。

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 一方、新幹線の旅のお供は、賑やかな茶番とは打って変わって静かな本だった。

 『旅をする木』——アラスカに住み、大自然の雄大さやそこに息づく生命の躍動、或いは脆さを記録し続けた写真家・星野道夫さんのエッセイである。

 本を買ったのは随分前のことで、ずっと気になっていたのだが、どうも読む気が起きず積読状態が続いていた。それが昨日一昨日くらいに急に読みたくなった。週の初めから森見登美彦さんの小説『有頂天家族』の再読にかかっていたが、こちらは一旦保留した。今の僕には、面白きことよりも、胸に沁みることの方が必要だと思った。

 正直に言う。ここ数ヶ月に読んだ本の中で、ダントツに良い、グッとくる本である。

 まず、描写が凄い。アラスカの自然、旅の一コマ、写真展のために訪れた街の様子。全てが絵をイメージさせる力を持っている。その中に、僕が実際に訪れた場所は1つもない。だから、いずれも想像なのだけれど、とにかく絵が浮かぶ。それくらい鮮烈な描写なのだ。僕は久しぶりに、文章を通して映像が立ち上がる感覚に出会った。それがたまらなかった。

 そして、その描写の数々から、星野さんが出会ったものを受け止め、心に焼き付け、或いはそれらと心を通わせた様子が浮かび上がる。その様が、ぞくぞくするほど真摯で、優しい。それは同時に至言の宝庫であり、僕らに色んなことを問いかけてくる。

 あれこれ書きたいのをぐっとこらえて、星野さんが「人に教えたくない美しい秘密の場所」と語るアラスカ南東部の〈赤い岩壁の入り江〉について述べた一節を引用しよう。これだけでも十分魅力的だと思う。

 この入り江にはたくさんの思い出があるのです。そしてここに来るたびに、ぼくは悠久な時間を想います。人間の日々の営みをしばし忘れさせる、喜びや悲しみとは関わりのない、もうひとつの大いなる時の流れです。

 夕暮れ近く、赤茶けた岩壁を見上げながら、私たちは入り江に入ってゆきました。岩礁地帯を過ぎ、外海から遠ざかるにつれ、まるで本のページをめくるように別世界となりました。

 それはまず静けさです。包み込まれるような静けさです。ツガやトウヒの針葉樹が水辺まで押し寄せ、霧が深い原生林にからまりながら生き物のように流れています。

 バサッ、バサッ……と、ふいにハクトウワシが森の中から舞い上がり、頭上を飛び去ってゆきました。私たちがこの入り江に入ってゆくのを、ハクトウワシはずっと見ていたのです。

 引き潮で浮かび上がった小島に、三十頭ほどのゴマフアザラシの群れがいます。船が進む海面に目をこらしていると、黒い帯が切れ目なく両側を走ってゆきます。それは産卵にやってきたピンクサーモンの巨大な群れでした。(p.21)


 僕は今まで、「読み終えるのが惜しくなる本」というものに出会ったことがなかった。けれどもこの本は、その初めの1冊になるかもしれない。中途で投げ出すのもイヤなので読み切るに違いないのだけれど、終わって欲しくないと思うだけの何かがこの本にはある気がした。

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 明日は早い。そろそろ筆を置くとしよう。

 これを書いている間、レースカーテンのかかる窓の向こうでは、時折、15両編成の電車の行き交う音がしていた。