昨日、私は誕生日を迎え、26歳になった。

 こういうことは当日に書いた方がいいに決まっている。そうと分かっていながら昨日書かなかったのは、晩酌で飲んだ焼酎が回ってくらッとしてしまったからだ。ではなにゆえ焼酎など飲んだのかといえば、それがお祝いの品だったからだ。

◇     ◇     ◇

 話は4日前、3月21日に遡る。

 春分の日で週の半ばに1日だけ休みがこぽんと挟まっていたこの日、私は非常に多忙であった。午前中に会社の有志チームで大阪城リレーマラソンを走り、午後からは読書会ヅカ部の方々と宝塚大劇場で月組公演を観る。これがその日のスケジュールだった。

 事情を知っているヅカ部の方々からは、ゆめゆめ寝る勿れ、いびきをかいたら覚悟せよと言われていたが、幸い、観劇中目は冴えに冴えていた。大劇場での観劇は2回目だったが、今回は特に、生の迫力はDVDとは比べ物にならないのだということをひしひしと感じた。また、オペラ越しに見るスターの表情が言葉にできないくらい美しくて、「ああ」というため息が何度も漏れかけた。とにかく全てが充実していて、16㎞走った後の疲れなど微塵も感じなかった。

 ともあれ、これだけでも凄い1日だったのだが、その日はこれでは終わらなかった。

 観劇の後、イベント後恒例の飲み会があり、大劇場近くのチェーン店に入った。靴を脱ぎ、後から来るメンバーを待っているうちに、先に行った方々とははぐれてしまった。「このまま奥へ進んでいただいて右手の部屋です」という店員さんの案内に従い、入り組んだ廊下を進んでいく。と、どうやら目指す部屋らしい場所から「フハハハハ」という、メンバーの1人・Hさんの愉快な笑い声が聞こえてきた。
 着座してすぐこの盛り上がりとは。いったい何があったんだ。

 楽しみでもどかしい気持ちを抱えながら個室の引き戸を開ける。

 その瞬間、壁にデカデカとかかる横断幕が目に飛び込んできた。

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「え、うそ、マジ!?」

 私は憚りなく驚きの声をあげた。

 確かに、誕生日を自ら言ったことはある。しかし、まさかこんな席が設けられようとは思ってもみなかった。まして、横断幕で迎えられるなど、誰が予想できようか。

「このお店だと頼めばこういうことしてくれるんです」

 予約を取っていたヅカ部長が説明する。

「それなのにひじきさん、違うお店を紹介してきて」

 そうだった。僕はずっと、近くにある別の居酒屋を推してばかりいたのだ。

「先週入り待ちの時もまだその話してたでしょ」

 そうだっけ。まあでも俺ならやりかねない。

「それでHさんと、ひじきさん天然だなあって話してたんですよ」

 しばし呆然としたのち、私は漸く口を開いた。

「またドッキリですか」

 その反応に、Hさんが手を叩いて笑い出した。私は以前にも、Hさんのドッキリに引っ掛かり、宝塚スターにファンレターを書く集いに連れて行かれたことがあるのだ。大変貴重な経験だったことは言うまでもないし、結局この集いが「ヅカ社実行委員会」立ち上げの契機になったわけでもあるが、一人だけ行程を聞かされていなかったと気付いた時にはまあまあしょげたものだった。

「でも今回はイイコトだからオッケーでしょ」

 部長が言う。その通りだ。

「いやあ、もう、ほんと、ありがとうございます」

 私はぎこちないお礼を繰り返し述べた。とにかくこそばゆくて、たまらなかった。

「この言葉いいでしょう」

 Hさんが横断幕を振り返りながら言った。

「いいですね。嬉しいです。森見登美彦先生のブログから取ってきていただいて」

「お、さすが」

 Hさんはそう言いながら、横断幕の言葉を考えるために、森見登美彦でググったのだと種明かしした。色々調べて言葉を探す予定だったそうだが、登美彦氏のブログに辿り着いた瞬間、「これでええやん」と即決したらしい。

「ありがとうございます」

 私は再び頭を下げた。

 それから始まった飲み会は、これと言って特筆すべきこともない、いつもの楽しくよく笑う飲み会だった。どうしてこの人たちといるとこんなに笑えるのだろうと思いながら、私は笑った。

 そうして場が温まりきった頃だった。

「すみません、これどうしましょうか?」

 不意に個室の戸が開いて、店員さんが透明のボトルを持ってきた。

「ああ、来ましたか」

 Hさんが反応する。それだけで、そのボトルが何なのかおよそ想像がついた。

「ここで飲まれますか?」

「あ、いや、持ち帰りで」

「かしこまりました」

 そんなやり取りの後、私の手に麦焼酎が渡った。

 そのラベルをよく見ると、お酒の銘柄は書かれておらず、代わりに「猪突猛進」と行書体で書かれていた。

「ラベルの大きさから四字熟語がイイかなと思って、ひじきさんっぽい四字熟語について話し合って、じゃあ猪突猛進じゃないってなって」

 確かにぴったりである。驚きと喜びがこみ上げる。

「カタカナ入れても面白かったかもしれないですけどね。『ミーマイ』とか」

 そう続けられて、私はうっかりボトルを落としてしまいそうなくらい笑った。

 それからもう幾つかプレゼントを戴いたのち、私たちは横断幕の前で記念撮影をした。

◇     ◇     ◇

 1年前、25歳の誕生日を迎えた時、私はそれをとても重いものとして受け止めた。どういうわけか知らないが、25歳の誕生日は、20歳のそれよりもずっと重かった。誤解を恐れずに言うが、私はその日「歳を取った」と初めて感じた。

 それに比べれば、今年の誕生日は恐ろしくあっさりしていた。私は未だに自分が26歳になったという自覚がない。そもそも誕生日の何がそこまで大きな意味を帯びるのかさえ、今年の私にはわからない。いまわからないということは、この先1年はきっとわからないのだろう。

 それでも、祝ってくださる方のいる誕生日は、ちょっと特別だった。

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