今日も今日とて京都の話、2月17日に開催された彩ふ読書会@京都の振り返りの続きをお送りしたいと思います。前々回は午前の部・推し本編を、前回は午後の部・課題本編をお送りしておりました。本来ならば今回は夕方の部・推しマンガ編に入るはずなのですが、前回、課題本読書会の振り返りが思いがけず長引いてしまい、後半を書き切ることができませんでした。というわけで、今回は課題本読書会の後編をお届けしたいと思います。

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 繰り返しになりますが、課題本と読書会の概要をみておきましょう。今回の課題本は、高野和明さんの『幽霊人命救助隊』。天国へ行きたくば、自ら命を絶った償いに、自殺志願者100人の命を49日間で救うべしと、神に命じられた4人の幽霊による、東京を舞台にしたレスキューの模様を描いた小説です。死のうとしている人の命を救うというラストが保証されている一方で、それぞれの自殺志願者の人柄、抱える問題などが胸に迫る、そんな作品でした。600ページという大部の作品ながら、参加した誰もが「読んでよかった」と口を揃えておりました。

 読書会は13時40分から1時間半ほど行われました。参加者は全部で11名で、2テーブルに分かれて感想や考察を話し合いました。会の最後には、それぞれのテーブルの代表者がトークの内容を紹介し、テーブル間で話題を共有する時間もありました。

 僕の参加したテーブルには、男性3名・女性2名の5名がおりました。僕のほかは、進行役の男性、謎解き部でご一緒したことのある男性、小説の主人公・裕一と同じ歳のお子さんをもつ女性、そして、『幽霊人命救助隊』を名作と猛プッシュした女性でした。

 前回の記事では、それぞれの方の印象に残った場面を振り返った後、お子さんを持つ女性の発言をきっかけに、家族について、さらには、家族や友人といった近しい人たちとのコミュニケーションについて、色んな話が出たことを紹介しました。今回の記事では、テーブルトークの中で、家族と並んで印象的だった大きなテーマを巡るやり取りから振り返ることにしましょう。

◆『幽霊人命救助隊』の中の死と生

 読書会が始まる前、進行役の男性がこんなことを言っておられました。

「今日は僕、ちょっと、死生観について真面目に語るつもりでいます」

 なるほど、『幽霊人命救助隊』は、幽霊=死んだ人間が生きている人の命を救う話ですから、そこには死と生が描かれているわけです。しかし、僕にはその時、この作品を起点に死生観を語るというのがどういうことか、いまいちピンと来ていませんでした。なにしろ、4人の幽霊はとにかくキャラが立っているので、読んでいるとどうも、彼/彼女らが死んでいることを忘れてしまうのです。ですから、進行役の男性がいったいどのような死生観を語るのか、僕は興味津々でおりました。

 ところが、机の抽斗の奥の宝物をいつまでもしまっておこうとするように、男性はなかなか死生観について話してくれません。そんな中、テーブルトークの内容を死と生に関する考察へと進めていったのは、家族をテーマにしたトークでも大活躍だった女性の方でした。

「最後まで読むとわかるんですけど、これって輪廻の話ですよね。で、輪廻の考え方では、人は生前犯した罪の報いで、再び生き直さないといけないんですよね。もう1回生き直さないと罪が滅ぼせるかわからないわけですから。そう考えると、天国行きの課題を与えられた4人っていうのは、輪廻の中から抜け出せそうな人たちなんじゃないかなと思うんです。神様が課題を与えているのは、輪廻の業を背負った人を減らすためなんじゃないかと」

 この考察は、宗教思想に疎い僕には想像もつかないものでした。輪廻思想をベースに展開される、4人の幽霊がどんな人たちなのか、また、なぜ4人が救助隊に選ばれたのかに関する説明は、とても鮮やかで、じっと耳を傾けたくなるものでした。

 そして、女性が話し終わったところで、満を持してと言わんばかりに、進行役の男性が話し始めたのです。

「これはもう物語の根幹にかかわることですけど、亡くなった人が生きている人のあれこれに介入すること自体どうよって思うんですよね」

 それを疑問に思ったら作品吹っ飛ぶぞという問いに、テーブルはスッと静まり返りました。もっとも、男性のねらいは作品を吹っ飛ばすことではありませんでした。彼はこう続けます。

「なんていうか、そうなってること自体勿体ないと思うんですよね。生きているうちに言っておけばいいことを、死んでから言うのって。だから、言いたいことは、生きているうちに言わないといけないと思うんです」

 つまり、男性のねらいは、悔いなく生きよと言うことにあったのです。実際、この発言に続けて、謎解き部でご一緒したことのあるもう一人の男性は、「期限までにやらないと後悔しますよね」と話していました。

 一連のやり取りの後、『幽霊人命救助隊』をイチオシする女性からこんな言葉がありました。

「私幽霊とかほんと苦手なんですけど、この作品に出てくる幽霊たちはほんとに好きで、私の耳元で何か声を掛けてくれたらなって思うんです」

 その瞬間、僕のスイッチがカチッと入ってしまいました。

「実はね、僕今朝彼らの声を聞いたんですよ」

 そして、皆さんが神妙な顔をしてこちらを向いたところで、いや、そうじゃなくてと焦りながらこう言いました。

「”課題本を最後まで読みなさい!” ”今すぐ起きろ!!”ってね。で僕起きたんですよ」

 ま、ウケたから良しとしましょう。

◆テーマソング誕生

 ここで、課題本読書会史上、おそらく初めてであろうある出来事についてご紹介しましょう。その立役者となったのは、ここまでのトークで大活躍の、あの女性でした。

「今回本を読んでた時に、ふと思い出した曲があって。普段こんなこと考えないんですけど、テーマソングにするならこの曲だと思ったんです。amazarashiさんの『僕が死のうと思ったのは』って曲なんですけど」

 そう言うと、彼女はスマホを取り出し、YouTubeを起動させました。そして、

「再生して大丈夫ですかね」

 この時、僕はすぐに、それくらいいいだろうと思いました。過去に推し本読書会で、代表ののーさんが朗読アプリを紹介すべく、音声を流したことがあったのです。

「いいと思いますよ」

 そうして僕らは6分ほど、トークを中断して、音楽に耳を傾けました。


 曲が終わってすぐに、謎解き部でご一緒した男性がぽつりと言いました。

「この歌詞の『死のうと思った』の部分って、『生きようと思った』に置き換えられますよね」

 1回聞いただけでそんな感想が出てくることに、僕はただただ驚いてしまいました。この方の言うことはもっともでした。ほんの些細なことでも、人にとっては死の引き金になる。けれども、同じ出来事が、ある人にとっては、生きる力の源になる。いや、それは、同じ一人の人にとっても言えることかもしれない。ウミネコが桟橋で鳴くことも、誕生日に杏の花が咲くことも、あなたが綺麗に笑うことも——

 『幽霊人命救助隊』の中では、自殺しようとする人はしばしば、傍目にはなんでそんなことでと思うような些細なことをきっかけに自ら退路を断ってしまうと書かれています。また、一度死に近付いた人は、ふとした拍子に死の側へ引き寄せられ、また次の瞬間には行きたいと願っているものだとも書かれています。そのように、生と死が紙一重であることを、繊細に、優しく、そして力強く歌い上げたこの曲は、確かに、『幽霊人命救助隊』のテーマソングに思えました。

 余談ですが、トーク中に突然流れ出した音楽は、当然ながら隣のテーブルの注意をも惹き付けておりました。会が終わり、フリートークが始まると、程なく、隣のテーブルから大先輩の男性がつかつかとやって来て、「さっきの曲は何だったんですか」と尋ねられました。僕らはフフフと笑いながら、「いや実はね」と経緯を説明したものでした。

◆残された謎

 こうして色々話しているうちに、あっという間に全体発表の時間が近付いておりました。今いまどれくらい経っただろうと思いパッと時計を見ると、予定時刻の15時が5分後に迫っており、びっくりしてしまいました。そのことを告げると、「全然話し足りない」という言葉が返ってきました。今回の課題本は、それだけ僕らを触発するものだったのでしょう。

 ここで僕は、今回掘り下げきれなかったテーマに少し触れてみることにしました。

「この本まだまだわからないこともいっぱいあって、もう1回読むともっといろんなことを感じられるんじゃないかなと思うんです。例えば、幽霊4人の気持ちの変化や成長をもっとつぶさに見ることができたり」

 そう言うと、「もう1回読むのはいいかな」という声も上がりましたが(何しろ分厚い本ですから)、一方で、僕の投げ掛けた問いについて、言葉を返してくださる方もおりました。物語の中で、4人の幽霊はそれぞれ、自分が自殺した時と同じような境遇に置かれた人たちに出会い、辛い現実から目を背けようとしながらも、その人たちを助けることで、救助隊として成長しています。それぞれの成長のきっかけとなったエピソードを挙げてくださる方もいて、僕も頷いておりました。ただ、僕が気になっていたのは、また別のことだったのです。

「読んでると時々、100人助けて天国に行くっていうのが、ゲームでミッションをクリアするような感覚に聞こえることがあって。そこから、もっといろんな人を助けたいって思えるようになるまでの転換点ってどこだったのかなっていうのがわからないんです」

 そう言うと、皆さん一様に考え込んでしまいました。終了時刻間際にとんでもない話題を振ってしまったわけですが、僕も必死だったので、そこまで気が回りませんでした。

 本というのは、深く読み出せばキリのないもので、結局、尽きることなく疑問が湧いて出ることを確かめ合ったところで、テーブルトークは終了となってしまいました。ただ、僕の投げた問いを巡って、1つ印象に残る発言があったので、ご紹介したいと思います。それは、謎解き部でご一緒したことのある男性の言葉です。

「期限が決まっている以上、ゲーム感覚は最後まで多少あったんじゃないでしょうか」

 男性が「期限」という言葉を口にされたのは、この日2回目のことでした。よほど何かに追われていたのでしょうか、という詮索はともかく、この言葉が印象に残ったのは、ひとりの人間の中に複数の感情が同居する可能性を僕が忘れてしまっていたことに気付いたからでした。ゲーム感覚と、人を助けたいという真心は、互いに排他的なものではなく、ひとりの心の中に同時に存在しうる。そう考えてみることはきっとできると思うし、むしろそう考えることで、人の心の機微というものを、より丁寧に掬い取れるのではないか。この発見は、今後の読書にぜひ活かしたいと思います。

◆全体発表

 この長いレポートも漸く終わりが見えてきました。最後に、全体発表の内容をもとに、隣のテーブルでどんな話が出ていたのか、ちょっとだけ覗いてみることにしましょう。

 隣のテーブルには、精神医療を専門にされている方がいらっしゃり、うつ病をはじめとする心の病のことやそれらへの対処法のことが話題にのぼったそうです。自分の苦悩を簡単に語りだせないでいる自殺志願者たちの姿は、現実をよく捉えているとのことでした。

 また、死についてずっと考えていたことがあるという方がいらっしゃっり、その方は、自己肯定感の低さが自殺につながるのではないかと話されたそうです。他にも、命は助かっても生きていくのは大変だといった感想や、それでも生きているだけで尊いのだという意見、さらには、自殺は許されないというスタンスが本作を貫いているという考察などが出たとのことでした。実際のトークの中では、身近な方の死に触れる場面もあったそうです。

 伺っていると、僕らのテーブルと似ている部分もあれば、違う部分もあると感じました。誰もが課題本を読んでよかったと思っていたことや、生きているだけで尊いと感じたことなどは共通していると思います。一方で、自己肯定感については、僕らのテーブルではあまり話題に上らず、はんたいに、言葉のやり取りをはじめとするコミュニケーションの問題は、隣のテーブルでは注目されなかったのだなと感じました。もちろん、どちらの読みが正しいということではなく、それだけ沢山の読み方があるということであり、また、誰と話すかによって触発される感想も違うということなのだと思います。

 などといった感想を抱きながら、読書会は終了となりました。

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 話し終えるのが名残惜しくて、フリートークの時間になってもまだ読書会が続いていたのを思い出します。流石にこれ以上書くのは控えますが、印象深い話もいくつか出ていました。学生時代、フィールドワークの授業を受講した際に、先生から、「レコーダーを切ってからの方が面白い話が聞けることが多い」と言われたことがあります。読書会は本編も面白いのですが、アフタートークはまた違った味わいがあっていいなと思いました。

 最後にも書きましたが、課題本読書会の醍醐味は、違う人の感じ方・考え方がわかること、そして、自分の考えが変わっていくことにあると思います。『幽霊人命救助隊』を激推しされていた女性が、帰り際に話しておられました。「皆さん私が気付かなかったことをたくさん話されていて、とても面白かったです」その本を好きか嫌いか、何度読んだかといったことを超えて話が展開するのは、とても面白いことだと、僕も今回改めて実感しました。

 といったところで、2回にわたり長々とお送りしてきた午後の部・課題本読書会の振り返りを締めたいと思います。さて、読書会の振り返りはあと1回、夕方の部・推しマンガ編が残っております。どうぞ寛大なるお心をもって、もう1回お付き合いいただけたらと思います。