前回に引き続き、2月17日に京都で開かれた彩ふ読書会の様子を振り返ろうと思います。前回は午前の部・推し本読書会の模様を、テーブルトーク中のエピソードも交えながら紹介いたしました。今回は午後の部・課題本読書会編をお届けしましょう。

 今回の課題本はこちら。
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 高野和明さんの小説『幽霊人命救助隊』です。

 昨年12月29日、彩ふ読書会忘年会の席上で、2月から4月までの課題本を決めるための投票が行われました。その投票の際、堂々の1位に輝いたのが、この『幽霊人命救助隊』でした。当時この本を全く知らなかった僕も、票を投じた覚えがあります。タイトルを聞いただけで、なんだか面白そうと直感したのかもしれません。

 簡単に言えば、自ら命を絶った4人の幽霊——大学受験に失敗した裕一、北海道のヤクザだった八木、小さな会社の経営者だった市川、生きなくていいと思い飛び降り自殺した美晴——が、天国へ行くために、49日で100人の自殺志願者の命を救うという神からの課題に挑む物語です。こう書くとどこかエンタメチックに響きますが、作中では、100人がそれぞれ自殺を考えるに至る経緯がつぶさに描かれており、ブラック上司、心中未遂、いじめ、借金地獄など、思わず「うっ…」となるシーンも少なくありません。その全てが、今なお残る自殺という問題、更には、命を大切にすること、生きるということについて問いを投げ掛けてくるような作品でした。もっとも、個性的な4人の幽霊の活躍に魅入ったり、自殺志願者が再び生きることを選んでいく姿に、最後には勇気づけられたりする、そんな作品でもありました。

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 さて、課題本読書会は13時40分に始まり、1時間半ほど続きました。参加者は全部で11名で、2テーブルに分かれて、本の感想や考察について話し合いました。会の最後には、それぞれのテーブルで出た意見を共有するため、各テーブルの代表者が、話の内容について紹介し合いました。

 僕はBテーブルでトークに参加しました。メンバーは5名。僕のほか、進行役を務める京都サポーターの男性、大阪の読書会や謎解き部の活動でご一緒したことのある男性、謎解き部でご一緒し後でブログの感想を寄せてくださった女性、そして、高野和明さんの大ファンで『幽霊人命救助隊』を最初に推した女性が、このテーブルにおりました。

 それでは、トークの内容に入って行きましょう。

◆印象に残った場面たち

 テーブルトークは、それぞれの大まかな感想や印象に残った場面を共有するところから始まりました。

 真っ先に出た感想は、満場一致で、「分厚さの割に読みやすく、面白かった」というものでした。実はこの本、文庫で600ページという大作なのです。僕は、本屋へこの本を買いに行って見つけた瞬間、「分厚っ! 読めるかっ!」と、読みもしないうちから諦めてしまいました。ところが、いざ読み出すと止まらないんです。するすると読めてしまう。先へ先へとページをめくってしまう。これはそんな本でした。そして、他の方も、僕と同じように、本の厚さに恐れおののきつつ、本を開いてからはあっという間に読んでしまうという経験をしたようでした。

 この感想が出たあとは、それぞれの印象に残った場面の話になりました。順番に見ていくことにしましょう。

 進行役の男性は「医療関係の仕事をされているので、医療系のシーンが印象に残る」と話されていました。特に印象深かったのは、作中で最初にうつ病とは何かが解説されるシーンだそうです。このシーンでは、自殺しようとしていた人の奥さんと精神科医が話し合っており、さらに、そこへやって来た、自殺を考える原因であるブラック上司を追い払っています。進行役の男性は、現実を受け容れ、さらに、ブラック上司に立ち向かう奥さんの強さ、そして、奥さんを後ろから支える精神科医の姿に身震いしたそうです。「主人公の救助隊だけじゃなく、精神科医もヒーローなんだというのがいい」と、おっしゃっていました。

 続いて僕が話しました。上のシーンを引き継ぐ形で、「この上司もそうですけど、イヤなヤツが登場して、ひどいことをやっている、その描写がここまでハッキリしているのは凄い」ということを話しました。他に例として挙げたのは、小学校でのいじめのシーン。いじめの親玉が繰り出す仕打ち——仲間に入ろうとしたところで顔にボールを投げつける、自分たちのことを教師に言いつけた女子をいじめの標的にするため、既にいじめている子に手を握らせる、など——が悉く酷くて、読んでいる最中に胸がつかえてしまいそうになった箇所です。印象に残った感動シーンも幾つかあったのですが、他の小説ではあまり見たことのないイヤな描写の克明さがショックだったので、こういう話をしました。

 僕の話を引き継ぐようにして、謎解き部でご一緒していた女性が話し始めました。上述の子どもの話が印象に残ったこと、そして、51人目のおばあちゃんの話がとても印象的だったことを話してくださいました。51人目のおばあちゃんというのは、末期癌にかかっていて、もう十分生きたと思い苦しみながら点滴の針を抜こうとしていた人です。4人の救助隊が寿命までこの人を生きさせるんだと決意し救助に成功した直後、おばあさんは亡くなります。そして守護霊となって、子や孫たちを見守るようになるのです。劇的な展開もさることながら、〈どんな人であれ、寿命を全うするまで生きさせる〉という救助隊の姿勢が明確になるシーンで、印象深いとのことでした。

 4番目に話されたのはもう1人の男性の方でした。この方は、麻美の話が一番印象に残ったといいます。麻美はかなり情緒不安定な女性で、人をすぐに激しく好きになるが、嫌われるのを恐れる余り、掌を返すように一瞬でその人を嫌いになり、口汚く罵ってしまうという人物です。そして、男に捨てられるショックと、男に捨てられるよう仕向けてしまった自分への嫌悪感から、リストカットを繰り返しています。男性は、麻美の話を読みながら、「キツイ」「イライラする」と思ったこと、けれどもその話がとても印象的だったことを話してくださいました。男性の話の後、それを引き継ぐように、「麻美のような女性もいるし、意外と少なくない」、或いは「麻美ほどではないけれど、自分というものが分からなくてぶれてしまう気持ちはわかる気がする」といった意見が出ました。

 最後に、『幽霊人命救助隊』をイチオシする女性が話をしてくださいました。この方は、まず「御都合主義的なキレイな話は好きになれないけれど、この話はとても好き」と話したうえで、キャラの立つ4人の幽霊たちがとても好きだということ、中でも、〈ヒステリックで気怠そうだけれど実はとても優しい美晴〉が一番好きだということを話してくださいました。また、救助される人の話では、救助第一号となった小杉さんの話が好きだと言っていました。小杉さんは、孤独感に苛まれて自殺しようとしていたのですが、自殺に失敗した翌日、レジ打ちのおばさんに声を掛けられたことを機に生きるエネルギーを取り戻します。シンプルなことでも人は救われると教えてくれる話、だから好きと、この女性はおっしゃっていました。

 ここまで、テーブルメンバー5人の印象に残ったシーンを振り返ってきました。ぽつぽつと語り合っているような印象がありましたが、改めてみてみると、前に出た発言を引き継ぐようにトークが展開していることも多いということがわかって面白いですね。

 実は、次のトピックへの展開も、最後の女性の感想を引き継ぐようにして起こりました。

◆家族、近しい関係、そして、言葉をかけるということ

 上述の感想を引き継ぐように、4人の救助隊員の魅力について話し合っていた時でした。

「でも、私、裕一については『あァン?』と思うところがあって」

 と何やら不穏な言葉づかいで話し始めたのは、謎解き部でご一緒していた女性の方でした。実はこの方には、救助隊の一人で物語の主人公でもある裕一と同じ歳の男のお子さんがいらっしゃったのです。

「19歳って、大人だけど子どもっていう年ごろで、一人前になったような口をきいてるけれど、食事や家事で親の世話になっていることを全然わかってないなって思うんです。裕一がまさにそんな感じで」

 僕を含め、他の参加者は親になるという経験がありません。今の自分が持ちえない経験から紡がれる率直な言葉に、圧倒されながら耳を傾けておりました。

 そこで言葉を継いだのは、進行役の男性でした。

「親子の関係って難しいですよね。大人は子どもの横に立ってサポートしているつもりだけど、子どもの方は、親の期待や重圧が上からのしかかってくると感じてる」

 なんでそんなことが分かるのか、と言いたくなるほど鮮やかな、親と子それぞれのものの見え方の解説でした。それにしても、よくわかるという感じがします。特に子どもの側が、親の思いや考えを、上から覆いかぶさってくるものとして捉えてしまいがちだということが。

 その時、僕はふと思いました。親も子も、それぞれ、自分は相手のことをどう思っているのか、相手のことがどう見えているのかを、きちんと話していないのではないかと。それは、裕一、更には、裕一より6つも上の僕のように、十分言葉で話し合える歳になっても同じことです。だから、両者の食い違いが、深まりこそすれ、縮まることがない。

「なんていうか、言葉が足りないっていう感じがしますね」

 僕は思う。家族であれ、友人であれ、(僕にはわからないことだけれど)恋人であれ、相手と親密な関係を築いていて、距離が近しいからと言って、互いのことがよくわかるわけではない。関係が近しければ近しいほど、意外と大事な話をせずに、くだらない話に興じてしまうのが僕らなのだ。そうでありながら、近しい間柄なんだからお互いのことなんて黙っててもわかって当然でしょと思ってしまうのが、僕らなのだ。

「だから、距離が近いからわかり合えるっていう、なんていうか、その、思い込みを取り払って、言葉で伝えることってとても大切じゃないかなって思うんです」

 いつの間にか、話は、どうすれば僕らは自殺しないか、互いに身をすり減らさずに生きていけるかというテーマに着地していました。距離感と言葉の問題については、皆さん納得してくださったようで、一様に「うーん」と頷いておられました。

 テーブルトークの中ではこの後も、親の気持ちを語ってくださる女性の方にリードされて、家族や親子関係に関する話が度々出てきました。例えば、この方はトークの終盤で、「若い頃は自分の存在感が揺らぐような経験もしたものだけれど、子どもが生まれてから、虚しさは全て忘れた」「母親になると思った途端に、迷いはなくなった」と話してくださいました。僕はこの方の覚悟に圧倒されると共に、親になることの意味や、親の強さ、優しさについて思いを巡らせたものでした。

 また、「お腹から生まれた子どもは分身のような存在」という言葉も、この方の言葉の中でとても印象に残るものでした。親が自分の夢や憧れを子どもに実現させようとして、それがきっかけで親子の軋轢が生じるという話を聞くことがありますが、親がそうしたくなる理由が初めてわかった気がしたのです。何しろ、子どもは全くの他人ではなく、自分の分身なのですから。とはいえ、もちろん、話をされた女性は「度が過ぎると問題ですけどね」とおっしゃっていました。

 余談ながら、この分身問題をきっかけに、いかにも読書会らしい話が飛び交ったことをご紹介しておきましょう。それは、自分が読む本には、親の本の好みが影響しているという話です。例えば僕は、本を読み始めたばかりの頃、井上靖の小説をはじめ、歯切れのいい短文であっさりと書き進められる男性的な文章を、母に勧められるままに読んでいました。他にも、同じような経験をした方がいらっしゃったようです。「そうやって話の合う子に育つと、親が嬉しいんですよね」などと言いながら、僕らはフフフと笑っておりました。

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 課題本読書会の記録はまだまだ続くのですが……ちょっと長いな、こりゃ。というか、まあまあ長いな、こりゃ。

 今まで、読書会の振り返りは、午前の部、午後の部、それぞれ1本の記事でまとめるようにしていました。が、今回同じようにやると、午後の部の記事がたいへんなことになってしまいそうです。

 決めました。今回、2/17の午後の部の振り返りは、2回に分けさせていただきます。

 いやね、ホントは分けるの怖いんですよ。そんな長ったらしい文章付き合ってられんわって、離れて行ってしまう人がきっといらっしゃいますからね。でも、これ以上1つの記事を長くするのも、それはそれでどうかと思うし、何より、「また書き切れなかった」っていう思いを積み重ねたくない……あ、つい本音が。

 というわけで、すみませんが、もう1回午後の部の振り返りを続けます! 皆さま、何とぞお付き合いくださいませ。

 ……これもう日記じゃねえよ。ああ、またいらん本音が……