お待たせしました。週末の記録を始めましょう。

 2月17日・日曜日、京都・北山にあるSAKURA CAFEというところで、3回目の彩ふ読書会@京都が開催されました。これから暫く、この読書会の模様を振り返ることにいたしましょう。

 京都の読書会は先月から、「午前の部」「午後の部」「夕方の部」の3部構成になりました。①午前の部は、各自好きな本を披露する推し本読書会、②午後の部は、事前に読んできた課題本について語り合う課題本読書会、そして、③夕方の部は、実験的経験会と呼ばれる、毎回テーマの変わるイベントタイムです。2月の夕方の部は、推し本読書会の派生企画・推しマンガ読書会でした。

 僕は今回初めて3部連続で参加し、全ての部で、代表ののーさんと一緒に総合司会を担当させていただきました。事前に用意された原稿に沿って進めればよいようになっていたので、緊張することなく、むしろ楽しく司会させていただきました。一方、各テーブルの進行役は他のサポーターさんが務めてくださったので、トークの間はむしろ気楽にしていました。

 というわけで、これから読書会の模様を、各部ごとに1記事ずつ使いながら振り返っていきたいと思います。まず今回は、午前の部を振り返ることにしましょう。なお、いずれの部の振り返りも、僕が参加したテーブルの話に絞ってお送りしたいと思います。

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 午前の部は10時40分に始まりました。参加者は19名で、3つのテーブルに分かれておすすめの本を紹介し合います。1時間ほど経ったところで、全体発表に移り、1人1人、本の内容やおすすめのポイントを簡単に紹介。そうして12時を少し過ぎる頃に会が終わり、フリートークの時間になりました。余談ですが、この日は京都マラソンが行われており、SAKURA CAFEの前の道がちょうどコースになっていたので、次々やって来るランナーを見ながらの読書会となりました。

 さて、これまで午前の部の振り返りは本の紹介に限定していたのですが、今回僕のいたテーブルではちょっとしたハプニングが幾つか起こったので、その話も交えつつ記録をつけていきましょう。最初のハプニングは、読書会が始まって間もなく起こりました……

◆のっけからハプニング

 僕のいたテーブルは、男性3名、女性3名の計6名。僕の他に、京都サポーターの男性、大阪サポーターの女性、謎解き部でご一緒したことのある男性がおり、あとの女性2人は初めてお会いする方でした。この初対面の女性のお一人が、最初のハプニングの立役者となるのです。

 司会の挨拶が終わり、各テーブルで自己紹介が始まろうという時でした。その女性が突然席を立ち、「先に始めててください」と言い残してトイレに入ってしまわれたのです。仕方のないこととはいえ、これまで起きたことのない事態に、一同はポカン。とにかく、やはり1人置き去りにして勝手に始めるわけにはいかないので、暫く待っておりました。が、その間にも、あちらのテーブル、こちらのテーブルから聞こえてくる、声、声、笑い声。

 「やっぱり、そろそろ始めましょうか」という話になり、一同少し姿勢を正しました。

 しかし、ここで続けて第2のハプニングが起きます。始めようと言ったのに、なぜか沈黙が続いたのです。たまらず僕らはキョロキョロと顔を見合わせます。そして、大阪サポーターの女性が、進行役の男性の方をちらと見ました。

「✖✖さん、まず自己紹介の振りを……」

 その時でした。

「あ、今日進行役僕か!」

 テーブル内の緊張が一瞬にして笑いに変わりました。今回の進行役は僕を京都サポーターに誘ってくださった大先輩なのですが、サポーターが3人も集結したために、進行役はあと2人のどちらかだろうと油断してしまったようでした。

 こうして、いつもと違う謎の空気に包まれながら、自己紹介が始まりました。途中で、抜けていた女性も席に戻られ、自己紹介の輪に加わります。そして、本の紹介が始まったのでした。

 と、いうわけで、紹介された本の話に移りましょう。

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◆梶谷真司『考えるとはどういうことか』

 進行役の大先輩の推し本です。大先輩、最近「哲学カフェ」というものにハマっており、既に各地のカフェを遍歴されているのですが、この本も、哲学カフェならぬ「哲学対話」に関する本とのことでした。もっとも、「哲学カフェ」も「哲学対話」も同じようなもので、要は、何人かでテーブルを囲み、身近だけれど普段あまり話さないこと、例えば、〈友だちとは〉〈お金と幸せ〉などのテーマについて、互いに話し合うイベントのようです。

 著者は東大の教授にして、哲学対話の実践者。本の中では、まず哲学対話の意義が、効率が重視される世の中で、じっくり考える機会を持つことと説明され、続いて哲学対話の具体的なルールや参加方法などが解説されるそうです。

 そんな話が続いていると、ある方から、「哲学の話って、横文字ばかりで難しい」という意見が出ました。が、哲学対話が目指しているのは、専門用語を使って難しい話をすることではなく、それぞれの経験や考えに即して、わかりやすく話すこと、そして、色んな人が色んな考えをもって生きていると知ることだと言います。実際の対話では喋らずにじっと話を聞くだけでもいいそうです。門の前で身構えず、対話の場に身を置くのが肝要なのでしょう。

 余談ですが、最近まで学生だった僕からすると、いまや研究者の間でも、知を専門家たちの間に閉じ込めておくのは問題で、より分かりやすく効果的な方法で、広く知を共有し、ものの見方や考え方を養おうという認識は広く共有されているように思います。それぞれがシンプルに自分の言葉で考えを語るり、ものの見方を自由に共有する場が、これからもっと増えるといいですね。

◆村上春樹『遠い太鼓』

 「好きな作家は村上春樹と小野不由美」だという女性からの推し本は、村上春樹の旅行エッセイ。村上春樹は40歳になるまでの3年間、奥さんと共に世界各地を回っていたそうで、このエッセイは、遍歴の途中、ギリシャとイタリアにいた頃の話をまとめたものとのことです。

 紹介された方曰く、エッセイには2つの国の風物が仔細に描かれており、読んでいるだけで自分がそこに住んでいる気持ちになったり、行ってみたい・旅したいという気持ちになったりするそうです。また、この旅の後に描かれた『ねじまき鳥クロニクル』の中に、ギリシャのクレタ島の占い師が登場することから、旅の経験が村上作品に反映されるのが分かって楽しいのだそうです。ちなみに、村上春樹はこの旅の途中に『ノルウェイの森』を書いたのだとか。あれ、ノルウェイで書いたわけじゃなかったんですね。

 トークの中では村上春樹自身のことや村上作品の面白さなどが話題に上っていました。普通の人とは違う目線や考え方を持っていて凄いという話、現実と夢の境目が分からなくなる話の展開がとにかく面白いという話、他にも色んな話が出ておりました。でも、好きな作家の話となると、語り足りなかったかもしれません……

◆松本清張『砂の器』

 僕の推し本です。1月に謎解き部に参加した際、「ミステリー読むときはトリックよりも動機に目がいく」という方が何人がいらっしゃったことから、動機もトリックも凄いミステリーを紹介しようと思い、実家から引っ張り出してきました。

 国鉄蒲田の操車場で、顔を潰された扼殺死体が発見される。手掛かりは、被害者の東北訛りと、犯人らしき男との会話で出た“カメダ”という言葉のみ。警察の捜査が難航する中、第2・第3の事件が起こる。果たして、犯人の正体は。そして、被害者の顔を潰さなければならなかった動機とは何か——ネタバレせずに書けるのはこれが限度でしょうか。

 とにかくネタバレせずに魅力を伝えるのが大変だったというのが今回の感想です。話したのは、①松本清張は社会派推理小説の草分け的存在で、動機を通じて社会に問題提起をしていたということ、②数度映像化されているが、原作の動機がデリケートな問題に触れていたため、近年の作品では動機が変更されていること、③トリックを完全に再現した映像化作品はないということ、などでした。③の話をしたところで興味をもってくれた方がいて、嬉しくなりました。

 最後に、隣に座っていた女性から、「『砂の器』っていうタイトルにも意味があるんですか」と尋ねられました。実はこれ、僕にとっても長年の謎でした。作中に砂の器なんて出てきた記憶がないからです。が、最近になって親戚からその意味を聞く機会があり、思わずハッとしたので、そのまま紹介しました。曰く、「砂で器は作れない」——この言葉の意味は、ぜひ実際に読んで確かめてみてください。

◆フランクリン・コヴィー・ジャパン監修『まんがでわかる7つの習慣』

 謎解き部でご一緒していた男性からの推し本です。コヴィーのベストセラー『7つの習慣』をまんがでわかりやすく解説した本。名著なるものは往々にして難解ですが、まんがだと分かりやすく読めるというのが、紹介の最初の一言でした。

 原著『7つの習慣』は、真の成功を得るための人格形成に必要な習慣について説いた本なのですが、まんが版ではその習慣がストーリー仕立てで紹介されます。舞台はバー。ストイックな性格のマスターが『7つの習慣』に興味を持っており、お客さんたちの悩みや相談を聞きながらその内容に触れていくようです。設定に無理がないうえ、色んなお客さんが登場するので自分を重ね合わせて考えることができていいと、紹介された方はおっしゃっていました。

 さらに紹介者の方は、本の中で印象に残っている言葉や、本から学んだことなども教えてくださいました。印象に残った言葉は、「対応に迷うことがあったとしたら、お客さんを笑顔にする方法を選べばいいだけの話だよ」、そして、本から学んだ考え方は、win-winの関係とのことです。この2つ、どちらも、自分も他人も幸せになる方法に関わるものだと僕は感じました。そう気付くと、紹介された方が素敵だなあと思えてきますね。

◆リチャード・マグワイア『HERE』

 フリーダムな行動を取られた女性からの推し本です。2016年に出版されたアメリカのコミックですが、現在はアマゾンの中古でも7,000円以上する入手困難本。だから持ってきたのだと、得意気に話されていました。

 コミックと言っても、いわゆるストーリー仕立てのマンガではありません。この本は、作者自身の部屋のある場所を定点カメラで写すようにして、紀元前30億年から紀元後2万年までの間に、その場所で何が起こったのかをずっと描いていく作品なのだそうです。興味深いのは、1枚の絵の中で、一画だけが四角く切り取られ、そこに別の時代の絵が挿入されていること。例えば、絵全体は1990年代の作者の部屋を映しているのに、その一画だけ枠で囲われ、原始時代の男女のやり取りが描かれているというように。

 正直言って、何が描かれているのか、何を訴えかけようとしているのかといったことは全くわからなかったのですが、とにかく表現方法が斬新という印象を受けました。

◆チョン・セラン『アンダーサンダーテンダー』

 大阪サポーターの女性からの推し本は、韓国の小説。映像美術の仕事に携わる主人公を中心に、その友人や家族の物語が、彼/彼女らが30代である現在と、10代の高校生であった過去の2つの時点を行き来しながら明かされていく作品とのことです。

 紹介された方がこの作品にハマったのは、1つは、作者が紹介者と同い年で、そのため、作中で登場する小物や映画などが悉く懐かしいからだそうです。そしてまた、登場人物たちの心情に、自分の気持ちがどこか重なるからなのだそうです。紹介カードの中には、「10代を過ごすというだけでも大変なのに、世紀末に10代を過ごすというのはいっそうきつい経験だった」という一文が引用されています。僕にはどう足掻いてもわからないことなのですが、紹介された方にとっては、怖いくらいにピタッと当てはまる何かを含む一文なのかもしれません。

 作品が登場人物たちの成長物語としての側面を持っているのも魅力的だと、紹介された方は言います。彼/彼女らはそれぞれに何かしら問題を抱えており、そのうち数人は人間関係のもつれから死んでしまいます。ですが、残された人たちは、決して仲良しではないけれど、仲間の死を機につながり続け、それぞれに前をみて生きている。その姿に力を貰える小説なのでしょう。

 ところで、韓国の小説の難点は、登場人物の名前がやたらと似ていたり、名前から性別が判断しづらいことにあるそうです。そこで、紹介された方が登場人物の相関図を持ってきてくださいました。先に挙げた写真をよく見ると、ドクロの絵が描かれた赤い本の横に、白い大きな紙がありますよね。これがその相関図です。ネタバレ覚悟で準備された大仕掛けに、皆さん見入っておりました。

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 以上、テーブルで紹介された本について振り返ってきました。改めて書き出してみると、今回は、僕が普段決して触れないタイプの本ばかり紹介されたような気がします。僕は海外小説を滅多に読まないし、仮に読んだとしても欧米系の作品ばかりなのです。また、海外を舞台にした作品も滅多に読みません。アメコミは縁がないし、まんがでわかるシリーズは手に取ったことがない。新書ももう随分長い間ご無沙汰しています。

 全てに手を伸ばすことはできないし、自分の好きは自分の好きで大切にしていきたいけれど、やっぱり、本のジャンルは多い方がいいのかなあという気がしてきました。とりあえず、近々久しぶりに新書に手を出してみようと思います。ちょうど読んでみたいテーマも見つかっているので。

 といったところで、推し本読書会の振り返りは終わるんです。普段なら——

 皆さんもうお気付きでしょう。ここまで紹介した本は6冊、しかし、最初の写真には7冊の本が写っているんです。では残された1冊は何なのか。ここでいよいよ、午前の部最後の、そして最大のハプニングが登場します。

◆最後のハプニング

 各テーブルで本の紹介が終わり、全体発表に移ろうという時でした。司会担当の僕は席を立ち、原稿をもって会場の中央へ向かっておりました。他の方は、本に添えるメッセージカードを書き終え、発表に備えておりました。その時でした。

「私、こっちの本が紹介したい」

 そう言ったのは、あのフリーダムな女性の方でした。先述の通り、この方はテーブルでは『HERE』という本を紹介してくださったのですが、別にもう1冊本を用意されていました。その紹介していない方の本を、全体発表で取り上げたいというのです。

 未だかつてない衝撃の申し出に、一同はカチコチに固まってしまいました。

 暫くして、最初に口を開いたのは、進行役の大先輩でした。

「まあ、いいんじゃないでしょうか」

 続けて、大阪サポーターの女性が、

「そうですね。私たちも2冊聞けておトクですし」

 こうして、テーブルで紹介されなかった本が全体発表されるという、史上初の出来事が実現しました。この本こそ、残る7冊目の正体です。最後に、この本について、簡単にご紹介しましょう。

◆ハン・ガン『すべての白いものたちの』

 韓国の作家による純文学作品です。少ない文章で濃密な世界が表現されているのが印象深い作品とのことでした。

 この本のもう1つ面白いポイントは装丁です。1冊の本が、5種類の違う白さの紙を束ねて編まれているうえ、ページがきちんと裁断されておらず、切り口がギザギザのまま残っているのだそうです。紙からして、「すべての白いものたち」を表現しようということなのでしょうか。何はともあれ、文章ではなく本そのものが作品になり、僕らに何かを訴えかけてくるということを、とても斬新に感じる1冊でした。

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 といったところで、今度こそ、ハプニング続きの午前の部のレポートをおしまいにしたいと思います。次回は午後の部のレポートをお届けします。どうぞお楽しみに。