2月3日日曜日、大阪の桜橋交差点の近くにあるカフェで、今月の彩ふ読書会@大阪が開催された。今日はその模様を振り返ろうと思う。

 大阪の読書会は、毎月概ね第1日曜日に行われており、①午前の部、②午後の部の二部構成となっている。①午前の部は、参加者がそれぞれ好きな本を持ち寄り紹介し合う「推し本読書会」であり、②午後の部は、予め課題本を読んで参加し感想などを話し合う「課題本読書会」である。今回僕は午後の部のみの参加だったので、この振り返りでも午後の部についてのみ述べることになる。なお、午前の部を含む全体のレポートは彩ふ読書会公式HPにあがるはずなので、興味のある方はぜひチェックしていただきたい。

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 今回の課題本はこちら。
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 木皿泉さんの小説『昨夜のカレー、明日のパン』である。

 木皿泉さん。本屋に行くたびに名前を見かけていて気になっていた作家さんだが、作品に触れるのは今回が初めてだった。てっきり女性作家だと思っていたのだが、夫婦で脚本家をしている方の共同ペンネームと知って、まずそこで驚いた。それはともかく——

 物語の中心にいるのは、7年前に夫・一樹を病気で亡くした28歳のテツコと、一樹の父でテツコにとっては義父にあたる〈ギフ〉(本名は作中後半で明らかになる)。一樹が亡くなった後も同じ屋根の下で暮らし続ける2人が、テツコの現在の彼氏である岩井さん、一樹の幼馴染で隣家の住人でもある小田宝、親戚の虎尾など、様々な人と関わりながら、一樹の死と向き合っていく姿が、作品全体を通して描かれている。全体は8つの章からなり(文庫版は書き下ろしが追加され9章構成)、章ごとに中心人物が入れ替わりながら、物語は展開していく。死の否定からその受容へ向けて直線的に進む物語ではなく、それぞれの人の日常を淡々と追いながら、彼/彼女らのうちに一樹の面影がぽつりと現れ、その心を掻き乱しながら、次の視界を切り開く様を描いた断続的ないし断片的な物語である。

 さて、課題本読書会は13時40分に始まり、15時過ぎまで続いた。参加者は全部で15名で、A・Bの2グループに分かれて話し合いが行われた。僕はBグループで、進行役を務めながら話し合いに加わった。メンバーは7名。うち初参加の方は2名で、1人が女性、もう1人が男性であった。その他のメンバーは、1月から続けて参加された男性が2名、9月以来の参加となった男性が1名、そして、昨年5月の初参加以来読書会皆勤という記録を現在も更新し続けている女性が1名であった。

 まず自己紹介を行ったのち、全員に簡単な感想を言っていただく。その後はひたすら、作品の印象に残ったところやわからないところについて自由に話し合った。今回は話の脱線が少なく、ずっと本の内容について語り読みを深める濃密な会であった。先に僕が進行役を務めたと書いたが、今回は旗振りをするどころか考えに耽って黙り込む場面も多く、これでいいのかと内心ドキドキだったが、評判は決して悪くなかったのでホッとした。

 それでは、その濃密なグループトークの内容を、これからじっくり振り返っていくとしよう。なお、本編のネタバレをふんだんに含むので、ネタバレNGの方はこのままそっと画面を閉じてください……
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◆お気に入りの言葉たち◆

 トークが始まってまず印象的だったのは、簡単な感想を話した際に、どの方もこの作品を〈温かくて、優しくて、ほっこりする作品でした〉と振り返ったことだった。課題本読書会では、本に対する好みが参加者の間でくっきり分かれることもある。僕は経験したことがないが、最近もそのようなことがあったため、今回はどうだろうと内心ドキドキしていた。しかし、フタを開けてみれば、今回はどの方も作品に好印象を持たれているようであった。

 この感想の中で、印象に残った話(章)や、お気に入りのフレーズについて話してくださる方が多かったので、トークが始まって暫くの間は、このテーマに沿って話を進めることにした。

 まず、お気に入りの言葉として挙がったものを幾つか振り返ることにしよう。一番多く挙がったのは、「世の中、あなたが思っているほど怖くないよ、大丈夫」という言葉だった(p.192)。これは、一樹の母である夕子にまつわる章に出てくる言葉で、夕子が会社の先輩の加藤さんから贈られたものである。感想を話す中で、ある男性が「この本は、そっと背中を押してくれる、そして忘れていた当たり前に気付かせてくれる、そんな本だと思います」と言っていたが、それを象徴するかのような、力強い言葉である。

 他に挙げられたお気に入りの言葉にはギフのそれが多かった。例えば、物語の終盤に登場する、「人は変わってゆくんだよ。それは、とても過酷なことだと思う。でもね、でも同時に、そのことだけが人を救ってくれるのよ」という言葉(p.253)。それから、物語の序盤に登場する「自分には、この人間関係しかないとか、この場所しかないとか、この仕事しかないとかそう思い込んでしまったら、たとえ、ひどい目にあわされても、そこから逃げるという発想を持てない」という言葉(p.23)。これらの言葉もまた、加藤さんの言葉と同じく、そっと背中を押してくれる言葉たちなのだと思う。終盤の言葉を紹介された男性は、「自分も年々変わってしまうけれど、それでもいいと思うことができた」と話していた。

◆印象深い章たち①~パワースポット~◆

 続いて、印象に残った話(章)として取り上げられた箇所を振り返ることにしよう。よくタイトルが上がったのは、「パワースポット」と「一樹」の2章であった。

 「パワースポット」は、隣の家に住む一樹の幼馴染・タカラ(小田宝)に焦点を当てた章である。タカラは、一樹の死と前後して何をしても楽しくないという心の病にかかり、CAの職を休職、さらには退職し、家に引き籠る。そんなある夜、外を歩いていたタカラは、流星群を眺める一樹の父(ギフ)に出会う。星を眺めているうち、タカラは泣き出し、かつて自分を見守ってくれた一樹に向かって「ずっと見てるって言ったくせに」と言葉を絞り出す。一方のギフは、「死んだら星になるって言うでしょ? あれ、ボク、信じられないンですよね」「一樹はね、手品みたいに消えたの」とぽつりぽつりと語る。

 ギフの言葉を聞いていたタカラは、突然、一樹の形見が欲しいと訴える。そして、テツコから送られてきた雪だるまのキーホルダーをCAの後輩である黒河内に託し、「あんたがフライトの時、これ持って行って欲しいんだ」と頼む。数日後、タカラはギフを連れて、一樹の形見の乗った飛行機を見に行く。するとギフは叫ぶ。「おーいッ! 一樹ッ!」「オレ、ここにいるぞぉッ!」この一件の後、タカラは再出発に向けて動き出す——という話である。

 僕もとても好きな章なので、つい振り返りが長くなってしまった。

 この章については、初参加の女性の方がこんな考察を寄せてくださった。「登場人物の中で、タカラだけが病気になっていて、この章は異質な感じがするんですけど、それは、一樹の死を一緒に受け止め悲しむ人がいなかったからで、ギフが傍で一緒に悲しんでくれたことで、タカラは立ち直れたんじゃないかなと思います」この解釈は、僕のそれとはまた違っていて、同じ章が印象に残ったとしても受け止め方はそれぞれ違うのだということに改めて気付いた。

◆印象深い章たち②~一樹~◆

 もう1つ、印象に残った章としてよく名前が挙がった「一樹」は、単行本の最終章を飾る話であり、文字通り一樹が生きていた頃の話であり、小説のタイトル『昨夜のカレー、明日のパン』につながる話である。

 ある雨の日、母・夕子の言いつけでパンを買いに出た一樹。すると、彼のさす傘の中に小学校低学年くらいの女の子が子犬を抱えて飛び込んでくる。彼女からカレーの匂いがしたので、一樹が「今日のお昼、カレーだったの?」と尋ねると、女の子は「ゆうべのカレー」と返す。一方、女の子に、手に抱えているものの名前を尋ねられ、一樹は「明日のパン」と答える。別れ際、女の子は一樹に、犬の名前をパンにしていいかと尋ね、走っていく。この出来事を、一樹はずっと覚えていた。

 時が流れ、一樹が17歳の時、夕子が亡くなる。それから家にいたくなくなり、遊び暮らしていた一樹は、ある日、傘の中の女の子と再会する。一樹は彼女を追いかけ、犬のことを尋ねる。「パンは生きてるよ」と返事がくる。その時、一樹は「自分は、今、間違いなく生きている」と感じる。

 この話が印象に残った理由について、トークの中でさらに深い話が出ることはなかったのだが、僕なりの見解を述べるなら、一樹の死を巡る物語の最後に、一樹が生きている時の、その生が最も確かに感じられた時の話が登場するというのが、心の深い部分に刺さるのではないかという気がする。ちなみに、ラストの1ページ前には、「動くことは生きること。生きることは動くこと」という夕子の言葉が出てくる(p.265)。これもお気に入りの言葉として挙がったものの1つである。

◆幾つかの疑問たち①~タイトルに隠された意味~◆

 印象に残った話やお気に入りの言葉についての話がひと段落したところで、トークは次第に、それぞれが本を読んで疑問に思った点についての話し合いへと移っていった。意図的にそうしたというよりも、気付いたらそうなっていたというくらい、自然な流れだった。

 まず話題に上ったのはタイトルのことであった。上で述べた通り、『昨夜のカレー、明日のパン』というタイトルの伏線は最終章で回収されるのだが、逆に言えば、そこまでタイトルの謎は明らかにされないわけで、誰もが「なんでこのタイトルなのだろう」という疑問を一度は抱いたからである。

 さらに、タイトルの謎を深める仕掛けが、本書の序盤に登場する。最初の章「ムムム」の中に回想の形で登場する、テツコとギフが一樹の見舞いに行った際に立ち寄った、夜のパン屋である。ここで「夜」と「パン」というキーワードが出てくる。が、本書のタイトルは『昨夜のカレー、明日のパン』語の結びつきが逆なのだ。

 そんな話をしていると、9月ぶりに参加された男性が次のような読みを披露してくださった。「僕はそこそんなに違和感がなくて。最初に登場するのは”昨夜のパン”だけれど、最後に登場するのは”明日のパン”。その2つを対比することで、テツコさんたちが過去にわだかまっていたところから未来に向けて進み出そうとしている様子を表しているんじゃないかなと思ったんです」

 この話が出た時、グループ内では「あー」「なるほど」という声が次々に漏れた。そして、男性に促されるように、「その未来を向くための話が、時系列的に過去の話だっていうのも面白いですよね」など、色んな話が飛び出した。

 この男性、木皿泉さんのファンだそうで、午前の推し本読書会でも木皿泉作品を紹介していたようである。その男性による一同を驚かせた読解を続けてもう1つご覧いただくことにしよう。

◆幾つかの疑問たち②~テツコと岩井さんのお付き合い~◆

 最初に感想を言っている頃から疑問に上っていたことの1つに、テツコが岩井さんと付き合っているのは、そして、一緒に生きていこうと決めたのはなぜか、というものがある。僕も本書を読みながら疑問に思っていたことの1つだ。

 岩井さんは、結婚する気のないテツコを前に結婚する前提で話を進め彼女を辟易とさせたり、結婚詐欺で500万円取られたという噂を聞きつけ真相を確かめに来たテツコを前に、実は小学生の女の子を助けたんだと他人事のような調子で得意がってみせて怒りを買ったりしている。一見、二人の会話はずっとすれ違っていて、なんでこんな男と付き合っているのかほんとうにわからない。

 そんな疑問を前に、最初に口を開いたのは、初参加の女性であった。「テツコさんはずっと暗い淵を覗き込んじゃう人なんですよね。一樹の死を引きずったり、実家があまり好きじゃなかったってことを思い返したりで、家族にいいイメージを持ってないですし。でも岩井さんはずっと前を向いていて、家族のことはいいイメージをもってから考えようとかって言ってあげられる人なので、実は2人はバランスが取れてるのかなって思います」

 なるほど、と思う。ついつい岩井さんの腹立たしい場面にばかり気を取られていたが、彼にもいいところがあって、要所要所でテツコにもそれが見えているのか。——実際、女性の発言に続けて、実は岩井さんはしっかりしているし、ユーモアもあって面白い人なんじゃないかという読みが、幾つかの場面を拾いながら展開された。

 その話の中にすっと入ってきたのが、例の男性である。

「最初のところで、ギフが、自分にはこの人間関係や場所しかないと思ったらそこから逃れられなくなるっていう話をしたときに、『呪いにかけられたようなものだな。逃げられないようにする呪文があるのなら、それを解き放つ呪文も、この世には同じ数だけあると思うんだけどねぇ』って言ってるんですよね。で、その後に出てくる、岩井さんが女の子を助ける話で登場するのが魔法のカードなんですよね。じぶんを解き放ってくれる呪文をずっと探していたテツコさんだからこそ、魔法のカードを持っていた岩井さんに魅かれたんじゃないでしょうか」

 ビックリするくらいの名読解に、グループ内は「あー!!」の声で埋まった。先月から続けて参加している男性がふとつぶやく。

「本に書かれてることって全く無駄がないんですね! よく考えて作られてる。すごいなあ」

 この男性は先日謎解き部にも参加されていたが、テキストに無駄なしとは、まさに謎解き部張りの感想であった。

◆幾つかの疑問たち③~割られる銀杏の謎、そして挿絵の意味~◆

 男性の名推理のあとも、色んな話がぽつぽつと出て、気付けばグループトーク終了の10分前になっていた。その時である。

「この銀杏を割るっていうのも、なんか意味あるんですかね?」

 そう言ったのは、皆勤賞の女性であった。ほんの思い付きだったというこの発言が、グループトーク最後のヤマ場を作ることになる。

 女性がこの疑問を抱いたのには幾つか理由があったようだ。1つは、テツコとギフが家で銀杏を割る描写が作中で繰り返し登場すること。また1つは、銀杏を割る道具の絵が目次にあったり、そもそも表紙に銀杏の木が描かれていたりと、銀杏にまつわる挿絵がやたらに目立つこと。そしてさらに1つは、銀杏もパンやカレーと同じく食べ物であるということだ。

 ともあれ、この新たな謎に、僕らは一斉に取り掛かった。が、トーク開始から既に1時間が経過し、頭もそれなりに使っている。流石に話が脱線した。もっとも、脱線の主犯は僕である。「改めてみると、各章のイラストも面白いですね」と、銀杏の話を挿絵の話にすり替えてしまったのだ。

 とはいえ、そこは怪我の功名。それまで文字を追うことに集中していたので、挿絵に注目すると、新たな発見もあった。特に印象的だったのは、「一樹」の章のそれ。章のタイトル「一樹」にかぶさるように、傘の絵が描かれている。一樹は傘の左側にいて、右のスペースは空いている。誰もがその意味を一瞬で理解し、「これはすごい」と口を揃えた。

 そうやって挿絵を追う間に、「夕子」の章の絵が銀杏の木であることに気が付いた。銀杏の意味を知る手掛かりは、この章にあるにちがいない。

 パラパラとページをめくる。夕子が初めてギフの家に行く場面で、銀杏が登場したことを確認し、さらにページをめくったところで、「あっ」となった。

「こんな記述がありましたよ。『結婚をした次の年に、男の子を産んだ。庭にある一本の樹のように、いつまでも変わることなく人に安らぎを与えられる人になれるようにと、一樹と名付けた』」

 そう読み上げると、「ああっ!」という声が上がった。つまり、表紙の銀杏は一樹であり、テツコたちの食卓にあった銀杏は一樹のかたわれだったのである。

 その時、初参加の女性の方から、「同じ章の最後のところに、夕子さんと銀杏の木の境目がなくなっていく描写がありますよ」という話が出た。急いでページをめくる。「私は、ここに来てよかったんだよね。夕暮れの中、すっくと立つ銀杏に聞いてみる。今や、銀杏の木と自分に境目は、なくなりつつあった」(p.212)。

 銀杏は一樹であり、夕子でもあった。それに気付いた時、母と子をつなぎ、家の庭から屋根を越す高さまで伸びる銀杏の木は、家族のつながり、或いは、一家が積み重ねてきた時間の象徴のように思えてきた。本作の隠れたテーマに、最後の最後に出会ったような気分だった。

◆全体発表~隣のテーブルの意外な話題~◆

 グループトークの振り返りはこれで終わりなのだけれど、最後にもう1つ話しておきたいことがある。それは、グループトーク後の全体発表のことだ。今回から、課題本読書会では各グループの代表がトークの内容をまとめて紹介することになった。これにより、自分のグループ以外でどんなことが話し合われたか知ることができるのだ。

 こちらがずっと本の読解を生真面目に進めていた以上、向こうも同じようなものだろうと想像してしまう。しかし——

「えー、最初に感想や疑問などを言い合った後、男性には、女性登場人物の中で誰と結婚したいか、女性には、男性登場人物の中で誰と結婚したいか、というのをそれぞれ聞いてみました」

 えー!!

「そんな話してたんですか⁉」

 思わず発表中にツッコんでしまった。考えてみれば、それぞれの読み方を知ることのできる上手い方法であるが、それにしても、こちらとの温度差は隠しようがない。

 ちなみに、人気を集めた女性キャラはタカラの後輩黒河内、男性キャラは岩井さんだったそうだ。こちらのテーブルでは、岩井さんは途中まで目の敵にされていたし、黒河内に至っては話題に上ってすらいない。同じ本をもとに話しても、こんなに違うものなのかと、驚きは止まらなかった。

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 長い長い振り返りになってしまいました。ここまで付いて来てくださった皆さん、本当にありがとうございます。

 長い割に何が言いたいのかわからない記事になってしまった気もします。実際、ここで紹介した読みの数々は、いずれもそれなりに深いけれども個々バラバラでまとまりのないものです。ただ、1つの作品を様々な角度から深めることができたのはいいことだったように思いますし、作品を様々に味わおうと思えば、むしろ、それぞれの読みは安易に束ねたりまとめたりできないのかなと思います。言い訳かもしれませんが。

 ちなみに、後で初参加の男性に感想をうかがったところ、「面白かったです。みんなで本を読むってこんな感じなんだと思いました。あと、最初からアウトプットを意識して読むと見方が変わるんだなと」とおっしゃっていました。僕も読書会に参加して、色んな人の話を聞くうち、本の読み方が変わったと感じているので、この方も何か掴んでくださると嬉しいなあと思いました。

 といったところで、レポートを締めくくりたいと思います。ありがとうございました。