今日も今日とて京都の話。前回・前々回に続き、文学フリマ京都探訪記を綴ろうと思います。歌人・なべとびすこさんのブースへ歌集を買いにきたMさん(読書会の大先輩)と僕は、せっかくなのでと、なべとさんにお題を出して即興で短歌を詠んでいただきました。するとそこへ横から刺客が現れて……というところで前回は終わっておりました。今回はこの話の続きから初めて、フリマ探訪を終えるところまで一気に書いていこうと思います。

◆即興短歌合戦

「こちらでも、1つ即興で詠みましょうか」

 そう言ったのは、隣のブースにいた男性作家だった。「え、いいんですか?」と尋ねると、「もちろんです」と返ってくる。

「じゃあ、私はお題・不登校で」

 Mさんはお題を変えなかった。一方僕は、さっきセンター試験をお題にして「重い」とツッコまれたので、

「じゃあ僕は初詣で」

 とお願いした。「おー」という感嘆が返ってきた。

 短歌ができるまでに2、3分ある。その間、Mさんはずっと話をしていた。

「2人はグループで活動されてるんですか?」
「あ、いえ、僕らは別々の出展で。ただ、なべとさんのことは前から知ってました」
「前から短歌作られてたって感じですかね~」
「いや、実は僕結構変わった経歴を持ってまして。中学生の頃から小説とか書いてたんですけど、高校生の時に縁あって川柳に目覚めて。ただ、なんか違うなと思って、ちょっと前から短歌やってるんです」
「へえ~すごいですね」
「いやもう、飽きっぽいというか、どれも中途半端というか」
「いやいや、わかりますよ。私も中学生の頃自分で小説作って回してたんで」

 などなど言っているうちに、短歌が仕上がったようだ。まず、不登校の短歌が、続いて初詣の短歌が、それぞれ一筆箋にしたためられ、僕らの手に渡される。初詣の短歌は次のようなものだった。

  五円玉がないことを気にする人と
  人ごみにいて、僕も気になる
           もりもとa.k.aにゃん

 わかる、めっちゃわかるという一首だった。僕も神社のお賽銭は5円がいい人であるが、事前に用意するのは忘れがちなのだ。「気にする人」にも「気になる僕」にも、親近感が湧く。

 そんなことを思いながら一筆箋を眺めていた時だった。

「よかったら、初詣で詠んだやつがあるので」

 なべとさんからだった。「いいんですか?」と尋ねると、「サービスです」と告げられた。「ありがとうございます!」と喜んでいただく。

  賽銭を投げて祈って目を開ける
  隣で友はまだ祈ってる
          なべとびすこ

 これもわかるなあという一首だった。お祈りの長い人は必ずいる。何をそこまでと思うのだけれど、同時に、自分の不熱心さへの不安も湧き出す。そんな場面を詠んだ一首だと思った。

 それにしても、と僕は思う。初詣という言葉自体は使わずに、参詣の道中やお参りの瞬間を切り取って、こうも鮮やかに表現できるものなのか。

 それから暫く会話を続けた後、僕らは別のブースへ向かうことにした。

◆日常エッセイに弱い男

 前回の記事で書いた通り、文学フリマの日、僕は活字が読みたくないという場違いな気分に苛まれていて、文字数の少ない歌集を中心に買いたい本を絞っていた。しかし、1冊だけ例外があった。「ひとくちギョウザ」さんという方の『おもしろきこともなき よをおもしろく』という本だ。

 この本が気になったのは、Mさんと合流する前、一人で会場を回っていた時である。ブースの前を通った時、POPに書かれた「日常エッセイ集」という言葉に目が釘付けになった。僕はこの言葉に弱い。無条件に弱い。自分が日記書きだから。そうである以上、活字フォビアという目下の艱難を排しても、この本だけは買うと決めていたのだ。

 Mさんに「どうしても買いたい本があるんです」と言い、2人でブースへ向かう。350ページある分厚いエッセイ集が、机の上にドンと積まれている。向こうに座っているのは、肉付きの良い身体がほんわかと丸い男性だった。

「中身拝見してもいいですか?」

 見なくたって買うのに、僕はまずそう言った。

「どうぞどうぞ、ぜひ」

 そう言って勧められるままに、ビニールコーティングされていない1冊を手に取る。そんな僕の横で、Mさんは早速話し込んでいた。さっきからずっとそうだが、この人の相手の懐へ飛び込んでいくスピードは尋常じゃない。

「ひとくちギョウザさん、っておっしゃるんですね」
「あ、はいそうです」
「ギョウザお好きなんですか」
「そうではなくて……私耳が小さいんで、こうやって丸めると」
「あはは、ホントですね!」

 顔を上げ耳元を見てフフフと笑う。僕はそろそろ、自分がここへ来た理由を話さねばと思った。

「さっきブースの前を通りかかった時に、日常エッセイって言葉に魅かれたんですよ」
「あー、ありがとうございます」
「僕も日記ブログをやっているので」
「そうなんですね」
「あと、こちらの方も毎日ブログ更新されてるんですよ」

 と、僕は話をMさんに振る。

「あの、アメブロでね、読書ブログを書いてまして、時々読書以外のことも書くんですけど」

 そして、行動力の化身Mさんは早速、自分のブログを紹介している。後塵を拝した僕は、「そのブログからリンクで飛べるんで探してみてください」とこっそり言い添えた。

 ところで、僕はずっと気になっていたことがある。

「実は僕何回か大阪・京都の文学フリマ来てるんですけど、お見かけしたことないなと思って」

 すると、

「そうですね。実は今日が初めてです」
「あーそうなんですね」
「創作は中学生の頃からずっとやってたんですけど、本を出すのは初めてで。それでいろんなところで本を売ろうと思って。文学フリマも初めて参加で、今日名古屋から来ました」

 その時僕は心のどこかで、机のこちらとあちらに見た目以上の距離を見ていた。

◆アンバサダー登場

 ひとくちギョウザさんとのやり取りはまだまだ続く。話しているのは主にMさんだ。

「こういうの書く時って、誰かと一緒にやったりとかするんですか?」
「いや、特に誰かとっていうのはないですね」
「そうなんですね。実はなんですけど、私たち京都で読書会やってまして、読書仲間なんですよ。よかったらどうですか」

 明らかに流れが変わったのを感じた。買い手の”好きなもの”への情熱が、売り手のそれを凌駕しにかかっている。

 何を隠そう、Mさん、読書会でサポーターズからアンバサダーの称号を贈られた、読書会最強の宣伝部員なのである。なんだったら、僕が書き損ねただけで、なべとびすこさんにも読書会の宣伝をして、午前中に読書会で貰ったチラシをそのまま渡していたりする。

「あーそうなんですね。読書会、気にはなってるんですけど行けてなくて」
「京都と大阪で毎月やってて、私今日も午前中出てからこっちへ来たんですね。京都には名古屋から来てくださる方もいるんですよ。ですから」
「へーすごいですね。それはちょっと、ぜひ」

 それから暫く「好きな作家さんはいてはるんですか」といった話が続いていたが、突然、Mさんが言った。

「ごめん、まだまだ話足りないと思うんやけど、私そろそろ帰らなくちゃいけなくて」

 それで僕は急いで本を1冊購入した。

◆戦利品

 それから僕らは会場を出て、右手の階段を降りたところにあるロビーに向かった。そして、人のいない場所を見計らって、戦利品の撮影をした。ブロガー歴の長いMさんは、写真映えを意識し、本の配置にもこだわっていた。時間がなくても手は抜けない。でも、その気持ちはよくわかる。

 会場を回っている間、何度か言われたことがある。

「私とひじきさんって、結構似てるとこあると思うんですよ」

 バタバタしながらこだわりぬくところとか、確かにそうだなあと思う。ただ、僕とMさんはやっぱり違う人間で、僕にないものをMさんは沢山持っている。会話のとっかかりの引出しだったり、切り返しの妙だったり、相手を褒める言葉だったり。

 僕はその1つ1つを反芻しながら、自分もこうなりたいなあと思う。と同時に、お陰様で、今日は今までと違う文学フリマ経験ができたなあと思う。作家さんとこんなに話したことはなかったし、僕一人だったら、どんなに興味があっても、即興短歌には手を出していなかったと思う。他愛もない感想を言い合ったり、創作歴を聞いたりするのも楽しかった。

「秋に大阪でもあるんですよね」とMさんが言う。

「あります。9月8日に」僕は答えながら、待ち遠しくてやってられないと思った。

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◆それから

 Mさんが帰った後、僕はもう1冊欲しかった本を思い出して買いに行った。それは、『OL・アラサー・山頭火』という実に尖ったタイトルの自由律俳句集だった。見本誌コーナーでパラパラめくってみて、何かグッとくるものを感じたのがきっかけだった。

 ブースを見つけて探しに行く。15時を回った会場では撤収準備が始まりつつあったが、このブースではまだ買うことができた。ただ、「ありがとうございます」という以上の言葉は交わさなかった。

 それから僕はもう一度、ひとくちギョウザさんのブースへ向かった。長話のお礼をしつつ、読書会のホームページを伝えた。最後に、「読むの遅いんでずっと後になると思うんですけど、感想送ります」と言う。「ああもうゼンゼン。お待ちしています」。

 そうして僕は会場を後にした。

◇     ◇     ◇

 といったところで、文学フリマ京都の記録を締めようと思います。長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。