前回に引き続き、1月20日に訪れた文学フリマ京都の話を書いていこうと思う(文学フリマについては前回の記事をご覧ください)。文学フリマの探訪はこれで4度目であるが、今回、読書会の大先輩・Mさんが駆けつけてくださり、初めて、誰かと一緒にフリマを堪能することができた。Mさんのパワーで、自分一人ではためらっていたであろうことにも挑戦でき、フリマの新たな楽しみ方を開拓できたように思う。その詳細を、これからじっくり書いていくとしよう。

◆今日は歌集の気分です

 Mさんが来られたのは14時前のことだった。みやこめっせの入口へ向かうと、Mさんはショーケースに収められた工芸品を撮っていた。撮影が終わったところで挨拶を交わし、会場である第2展示室へ向かう。パンフレットを受け取って、部屋の中へ入ると、405のブースがズラリと待ち構えていた。何度見ても、熱気溢れる光景である。

「なんか懐かしい。私昔よくコミケとか行ってたんですよ」

 通路を進み始めてほどなく、Mさんが言う。Mさんは僕に負けず劣らずよく話す方で、おまけに頭の回転が早いので、次から次へと話題が飛び出してくる。コミケの話は、いつの間にか、中高生の頃自作の小説をノートに書いて回していたという話になっており、さらには、同じクラスの男子にその小説の内容にケチをつけられて激怒した話に繋がっていた。Mさんは今も、非常に熱の入ったブログを書く方である。一連の話に耳を傾けていると、その原点が見えるようで楽しかった。

 あまり寄り道をせず、会場をまっすぐ奥まで進んだ後、見本誌コーナーへ向かう。気になる本を探すなら、やはりここが一番だ。

「なんかオススメあります?」

 そう尋ねられて、

「今日は歌集が気になってるんですよね」

 と答えた。実を言うと、この日僕は調子が上がらなくて、事前に見本誌をパラパラとめくりながら、「あー活字読みたくねえ」と、何しにここへ来たと言いたくなるような感想を抱いていた。そんな僕でも落ち着いて読めたのが歌集だった。普段本屋で歌集を手に取ることはないのだけれど、ここでは違った。いざ読んでみると、1つ1つの歌の中に情景や書き手の思いがギュッと詰まっていて、文字は少ないが読みごたえはむしろ十二分だった。

 既に気になる歌集も絞っていたので、それをMさんに紹介する。と、Mさんはその隣にある本を指して、「これも気になる!」と言った。『百人一首で京都を歩く』という本だった。

「あ、それ、僕去年買いましたよ」

 覚えている。参考文献一覧を見た時、量の多さに作り手の熱意を感じて、絶対に買うと決めた本だ。そのことを話すと、Mさんは買う決意を固めたらしかった。最初に向かうブースが決まった。

◆Mさん、作家さんと話す

 『百人一首で京都を歩く』を売っているブースは、会場を一巡した時に一度見ていた。だいたいこの辺という記憶を頼りに向かうと、すぐに見つかった。ブースには、ふんわり豊かな白髪が美しい小柄な女性が腰かけていた。去年と同じ作家さんだ。

「1冊ください」

 Mさんはブースの前に立つと、はきはきと申し出た。

「ありがとうございます」

 作家さんはそう言って、ゆったりと頭を下げ、本を差し出した。その本を受け取りながら、Mさんは言葉を続ける。

「皆さんは普段から何か活動とかされてるんですか。先生を呼んで話を聞いたりとか」

「あの、私たちは京都で勉強会を開いたり、それから、京都には百人一首ゆかりの場所がいくつもあるので、実際に回ってたりします」

「そうなんですね! 私あの、娘がいま百人一首勉強してるので、家で一緒に読もうかなと思います」

「ああ、それは、ありがとうございます」

 何か買うわけではないからと、遠慮がちに突っ立っている僕の横で、あれよあれよという間にそんな会話が展開していて、ビックリしてしまった。

 これは後でわかったことなのだけれど——Mさんは「こういう場では相手や作品への思いを率直に語った方がいい」という考えをもっていて、その考えの通りに振舞っていたらしい。そういえば、このブログにも時々Mさんからコメントが寄せられる。いいものをいいとハッキリ伝える。それが自然にできるMさんはやっぱりすごいと思いながら、僕はやっぱり突っ立っていた。

◆即興短歌にムチャブリする

 百人一首のブースを離れたあと、僕らは次に、見本誌コーナーで気になると話し合った歌集を買いに行くことにした。この歌集を扱っているブースにはもう1つ気になることがあった。

「Mさん来る前にちらっと見てきたんですけど、数百円で、即興で創作しますっていうのをやってるみたいなんですよ」

「それすごいですね! 作ってもらうんですか?」

「せっかくなので」

 といったことを話しているうちに、ブースに着いた。作家さんは「なべとびすこ」さんという方で、「#tanka」という文字の入った黒のパーカーが印象的だった。

 探していた歌集は『ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる』という。一発で目を惹くタイトルである。表題作の短歌も哀愁が漂っていて印象深い。

  ふるさとと呼ぶには騒がしすぎる町 でもふるさとを他に知らない

 歌集を買っている間に、Mさんは色々話し込んでいた。

「短歌詠もうって、昔から思われてたんですか」

「いや、社会人になってから思い始めて。穂村弘さんの歌集とかが好きで」

「そうなんですね。——何か目指してるものとかあるんですか?

「——めっちゃ売れたいです!」

「いいですね! そういうこと言える人好き!」

 そんな話を暫くしたところで、話題は即興創作に移った。

「なんかあれですよね、その場で短歌を詠んでくれるっていう」

「あ、はい、やりますよ」

「折角なので、お願いしていいですか?」

「もちろんです。ありがとうございます」

 それからMさんは一瞬ためらいがちに、「難しいお題でもいいですか」と断った。「何でもいいですよ」となべとさんが寛大に応える。

「では、不登校で」

 本当に凄いお題を持ってきたものだと僕は思った。

 が、続いて即興短歌を頼んだ僕も、Mさんのテーマ設定につられてしまった。

「じゃあ僕はセンター試験で」

 即座にMさんからツッコミが入った。

「ちょっと! もっと軽いお題はないの!?」

「いや、その……妹がちょうど受けてたんで」

 もっとも、妹のセンターは1日だけで終わったらしかった。応援メッセージを送り損ねたことを後悔し、土曜日になって電話したら、これからマンガを買いに行くと言ってあっさり電話を切られてしまった。まあ、おそらく、試験は上手くいったのだろう。

 そうこうしているうちに、短歌ができた。お題を言われてから2、3分でできるらしい。驚くべき早業である。なべとさんは、即興でできた短歌を短冊に清書して渡してくださった。右上には、僕の名前が添えられていた。

  ひじきさま
  雪は降る 何年経っても白く降る
  センター試験の日を忘れても
           なべとびすこ

 正直言って、その場では解しえなかった短歌だった。が、今になって漸く、センター試験の記憶が何度もリフレインされる様子を詠んだ歌なのだと気づく。白い雪が降るという表現が、そのリフレインに情景を添える。重さ、冷たさ、美しさ、その全てが一堂に会する情景を。それはともかく——

「ありがとうございます」

 そう言った時だった。

「こちらでも、1つ即興で詠みましょうか」

 そう言って名乗りを上げたのは、隣のブースにいた方だった。

◇     ◇     ◇

 そろそろ一旦区切りましょう。次回、一気に最後まで書き上げようと思います。

 なお、Mさんに贈られた短歌は前回の記事に貼ったリンクの中で紹介されています。