11月の終盤に、書きたいことは沢山あるのに、疲れがドッと出て全然書けないでいるという悲鳴を上げたことがある。その時書けなかった話の1つを、今更ながらしたためるとしよう。

 11月25日。勤労感謝の日から始まる3連休が終わるこの日、僕はまた1つ新たなコミュニティに参加することになった。そのコミュニティの名は、森見オフ会という。簡単に言えば、森見登美彦ファンの集まりである。

 ここではあまり素振りを見せていないが、好きな作家を訊かれれば森見登美彦という程度には森見ファンである。もっとも、読み始めは映画公開直後の『夜は短し歩けよ乙女』、それから1年半しか経っておらず、読んだ作品も6冊程度であるから、コアファンには程遠い。しかし、その作品には、頭でっかちで自意識過剰、プライドは高いが引っ込み思案で行動力に欠ける阿呆男子学生の様が赤裸々に描かれていて、僕はそれに感動を覚えて森見作品に傾倒した。森見作品は言い回しもとにかく面白かった。一時はその独特の言い回しを会得したくてたまらなかったくらいで、僕が今書いている文章にも、当時ののめり込み具合が多少爪痕を残しているんじゃないかという気がしなくもない。

 そんな僕に目を付けたのが、ベテラン森見ファンであるとある先輩だった。9月末のある日、ここで書くには幾分長大な諸般の事情を経て、僕は先輩から「銀木犀をテーマに、森見登美彦風で1本書く」というお題を与えられた。僕は困惑しながらもこのお題に挑んだ。そして、京都府立植物園へ実際に銀木犀を見にいき、その時のことを1万5千字の紀行文にしたためて先輩に送った。

 今にして思えばテンポの悪い旅行記であったが、先輩は面白がってくださった。

 それから程なくして、先輩からラインがきた。「実は森見登美彦ファンのオフ会に入ってるんやけど、良かったら来ない?」しゃかりきになってムチャブリに応えた僕は、先輩の目に“見込みのある青年”として映ったらしかった。

 かくして、僕は森見オフ会の門を叩くことになった。

 初めて参加したオフ会の内容は、青春闇市こと京都大学の学祭を回り、吉田寮の見学ツアーに参加し、それから河原町に出て飲み会をするというものであった。

 主催者が背中におぶっていた緋鯉のぬいぐるみに大笑いし、ゴリラの絵のタテカンの制作現場で写真を撮る。キャンプファイヤーのあるグラウンドで昼間からビールを飲み、落研のコントライブで爆笑する。中庭にいた寝袋にくるまって立つ怪しげな学生に興味を示し、医学部生たちのモツ煮の屋台で見かけた「君の臓物を食べたい」の文字に不覚にも吹く。

 そうやって学祭を満喫した後、一同で吉田寮の見学ツアーに参加した。お世辞にも綺麗とは言えない場所で、住んでいる人も一癖・二癖ありそうな雰囲気だったが、その一癖・二癖を受け容れ、醸成するに足る独特の風土と年季が籠った場所だということは感じ取れたし、その場所を愛し、守ろうとする人たちの思いはひしひしと伝わってきたものだった。

 河原町の話についてはもうよかろう。盛況した飲み会ほど語るに値しないものはない……というのは言い過ぎだが、飲み会というのは往々にして内輪話のごった煮のようなものになるから、こういうところで書くには不向きなのである。

 そんなこんなで森見オフ会デビューを果たしたわけだが、実はこの話にはちょっとしたオチがある。

 11月25日、僕らが京大・吉田寮・河原町を放浪し、酒宴に興じていたその時、かの森見登美彦氏本人が京都にいたことが、後日判明したのである。

 この日、出町柳の駅から5分ほどのところにある出町座という映画館で、森見作品の1つで今年8月に映画化された『ペンギン・ハイウェイ』の再上映が開始され、監督・脚本家らのスペシャルトークが行われた。原作者・森見登美彦氏は、それに合わせて劇場へひっそり足を運び、写真撮影に応じ、かつ興じていたという。

 ツイッターでこの事実を知った僕は、口をぱくりと開けたまま黙り込んだ。数日後、かの銀木犀先輩に会った僕は、悔しさをたっぷり滲ませてこの話を打ち明け、理不尽にもご本人に会い損ねたことへの恨み節を述べ立てた。そして、最後にこう言い添えた。

 責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。

◇     ◇     ◇

 さて、察しのいい読者は、僕が突然この話をした理由にとうに気付かれていることだろう。

 12月30日、僕は森見オフ会の忘年会に参加していた。

 夕方までのんびりと独房の大掃除をしてから、電車で京都を目指す。四条木屋町の小路に面した会場の店は、こじんまりとしているが熱気があって賑やかだった。席に着くと、既に鍋が置かれていて、追加の具材と取り皿を置くとテーブルはもういっぱいいっぱい。しかし、出てきたぶりしゃぶはたいへん美味で、量も多く、腹が実に満たされたものであった。

 繰り返しになるが、盛り上がった飲み会の話というのは、こういうところで書くには不向きである。したがって、これ以上は深入りしないことにする。大事なのはただ、自分の中で楽しい場の記憶を積み上げていくことだ。そうして、笑いながら今年を締め、笑って来年を迎えることだ。