鳥類学者・川上和人氏のエッセイ『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(新潮社、2017年)を読み終えた。前々から本屋で見るたび気になっていた一冊で、今月初頭、遂に意を決して購入した。本は大抵積読してしまい、数ヶ月、場合によっては数年放置してしまうのが私の常だが、この本に関してはすぐに読んだ。よほど気になっていたのだろうか……ともあれ、感想をつけるとしよう。

 名は体を表す。本書はまさに、鳥類学者が書いた、鳥類並びに鳥類学に関する本だ。そして、これもタイトルの通り、決しておカタい本ではない。小笠原諸島での実地調査をはじめ、氏自身の研究をたくさん紹介しながら、鳥類と鳥類学者の生態について、ユーモアたっぷりに書かれたエッセイだ。それホントかと訝しがる疑り深い方のために、冒頭の一節を引用しておこう。なお、私が本書にハマるには、この一節で十分だった。

 おにぎりを食べていると、しばしば愕然とさせられる。なんと、梅干しが入っているのだ。ウメはアンズやモモの仲間、紛れもない果物だ。フルーツを塩漬けにして、ご飯に添えるなど、非常識にもほどがある。私が総理大臣になったら果物不可侵条約を可決し、梅干しを禁止、フルーツの基本的権利を守ることを約束する。ついでに酢豚からパインを排除しよう。
 と、おにぎりに話しかけながら、24時間の船旅を過ごし、小笠原諸島に向かう。これが私の仕事である。
 無論、私はおにぎり屋の跡継ぎではない。鳥類学者だ。
(p.1)

 本書のテンションは一貫してこんな感じである。うっかり気を抜くと所構わず吹き出しそうになる。キケンな本である。

 しかし、テンションに惑わされてはいけない。上っ面を突き破って一歩踏み込むと、この本は非常に味わい深い。鳥類学の知見や調査方法、鳥類学者の仕事ぶりや思わぬウラ事情まで、ありとあらゆる知見がちりばめられている。「チョウルイガク」のチの字も知らなかった私だが、この本を読んだお陰で幾つかの知見を得ることができた。単純な話だが、知識が増えるのは楽しいことだ。

 特に面白かったのは、鳥類の進化論的説明である。例えば、本書最初の一節にメグロという小笠原諸島固有の鳥が登場するが、絶海の孤島に暮らすこの鳥は、天敵やライバルがいないため、飛ぶのをやめてしまったうえ、地面だろうが木の上だろうが恐れを知らず闊歩するという。生物種は生息環境に応じて様々な進化を遂げる。メグロの例は余計な機能を省くものだが、本書にははんたいに、よく似た鳥との識別を図るため頭が赤色になった鳥のように、必要な機能を追加する例も登場する。いずれの例でも重要なのは、鳥の見た目にしろ生態にしろ、それぞれに理由があって今の姿になっているのがわかるということだ。このように、論理的に知識が紹介されるものだから、納得しながら賢くなれる。こういう経験は楽しい。

 そればかりではない。本書の中には考えさせられる話も登場する。分けても、固有種の保護と外来種の駆除を巡る話は印象深い。例えば、小笠原諸島に本州のウグイス(文中では亜種ウグイスと表現されている)が飛来し、小笠原固有のハシナガウグイスの生態が脅かされているという話の中には、次のような一節が登場する。

 亜種ウグイスに罪はない。聟島でのハシナガウグイス絶滅も、外来種の野生化も、外来種駆除も、全て人間の仕業だ。しかし、罪の有無と、在来の鳥に対する影響への配慮は別の話だ。ひとたび個体数が増えるとその対処は格段に難しくなる。場合によっては、増加前に駆除する英断も必要とされる局面である。もちろん、これも自然の推移と現状を見守ることは容易である。しかし、それが模範解答とは限らない。
 自然を管理するなど、傲岸不遜かもしれない。それでもなお、人の影響を受けて目の前で変容していく生態系を、見ない振りはできない。
(p.38-9)

 これに類する話題は本書の中で繰り返し登場する。小笠原諸島で外来種のヤギを駆除した際の話の中では、ヤギを殺すことに対する反発が挙がったことが述べられている。また、アカポッポという固有種を守るために島のネコを駆除するという話の中では、苦難の末に東京都獣医師会の協力で里親を見つける体制が整えられたことが語られている。こうした現実が生々しく語られているのも、本書の特徴だ。このテーマについては私も幾らか考えを進めたが、まだまだ取っ散らかっている。感想文も長くなってきたので、ここで書くのは控えよう。

 ともあれ、肩が凝ることもなく、知識を蓄え、あれこれと考えを巡らすことのできる本だ。タイトルにウケて軽い気持ちで手に取ったが、意外や意外、爪痕の残る本だった。もちろん、そこまで生真面目にならずサクッと読むのも面白いと思う。気になる方はぜひ。